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第35期棋王戦▲山崎隆之七段-△佐藤康光九段

2011年08月29日 | Weblog
【第1譜】▽朝の尾行
 朝、将棋会館に近い駅のホームに降り立ったとき、他の通勤サラリーマンとは雰囲気が違う後ろ姿が目に入った。やや前かがみ、髪は逆立ち、時折り思索にふけるような素振り。間違いない、佐藤康光九段だ。

 こういうとき、目が合えば挨拶をするのだが、おそらく先方は気付いていない。ふと記者の心中に悪戯心が芽生えた。探偵よろしく、将棋会館までの道のりを尾行してみようか。
 記者がいつも会館に向かう道とは違う方向に進んでいく佐藤。やや遠回りに思えるが、その足取りに迷いは感じられない。見失わないように早足でついていったが、会館までもう少しというところで完全に姿が見えなくなってしまった。まさか気付いて走り出したのだろうか。いや、角の小さな商店に入っただけだ。対局に備え、近隣ではそこにしか売っていない炭酸水を買うようだ。

 そこでふと思った。佐藤は序盤で独自の工夫を凝らすが、他の棋士から合理的ではないと評されることが多い。しかし佐藤にとっては、指したい手や構想に向けて必要不可欠なもの。遠回りは目的の商店に行くため。そしてその商店には買いたいものがある。佐藤にとっては合理的なのだ。
 指了図の△4二銀は新手。本局も佐藤が工夫を見せてくれた。

【第2譜】▽愛着ある相掛かり
 山崎は相掛かりという作戦に格別の思い入れがある。先手番になればほとんどの対局で初手に▲2六歩と突き、相掛かり引き飛車棒銀を選ぶ。相手によっては▲7六歩もあるが、基本的には相掛かりを主軸にしている。「はっきりダメだと分かるまでは、やり続けるつもりです」と山崎。

 指し始め図の△4二銀は過去に実戦例が無く、佐藤の新手。この一手前までは山崎も経験があり、後手番の羽生善治名人は△9五歩と仕掛けて来た。その対局を経て、山崎は「自分なりに考えて、△9五歩なら先手やれる」の認識を持っていたという。
 佐藤は新手について「△9五歩は、いかにも待ち構えているところで行きにくい。△4二銀は一手待って相手の態度を聞く狙いです」と説明した。

 指し始め図から、山崎は25分考えて▲5八金を選んだ。「代えて▲6九玉は、△9五歩と仕掛けられて損。玉が戦場に近づくことになります。ただ▲5八金も飛車交換に弱い形なので…」
 ▲5八金の他には▲2六銀も有力だった。△4二銀は「やや2筋が薄くなります。とがめられるとしたら、▲2六銀と出てこられる順かな」と佐藤。▲2六銀以下、△4四角▲2五銀△3三銀▲7六歩。この変化でも後手が戦えるのなら、佐藤の新手は成立しているといえそうだ。

【第3譜】▽妥協妥協で……
 指し始め図の▲7七銀は、初形の7九銀から6八~5七~6八~7七のルートでやってきたもの。一回▲5七銀と上がらなければ、先手は▲6六歩から矢倉に組めない。

 山崎は局後に嘆いた。「妥協、妥協でこの局面。こういう将棋にしたくないから相掛かりを指しているのに……」。
 先手の3六銀が半端な位置におり、攻防ともに働いていない。先攻の権利を持っているのは後手で、いつでも△6五歩から動くことができる。加えて先手は手損。ここは、はっきり佐藤の作戦勝ちとなっている。
 ただ、次の△4三銀では先に△4一玉が優った。飛車を渡して攻める展開を視野に入れるなら、△4二銀型のままで仕掛けたほうがいい。後で飛車を一段目に打たれたときに、△5一銀と引いて受けることが出来る。
 また先に△4三銀と上がったのなら、△4二玉から△2一飛のような順を選ぶべき。佐藤は局後に、このあたりの指し手を悔やんだ。

 山崎は指了図の△3一玉を見て「しめたと思いました。これで作戦負けを跳ね返すことが出来そうだと…」。
 山崎の判断自体は正しかった。が、問題はその先にあった。

【第4譜】▽手拍子の疑問手
 指し始め図の△3一玉について、佐藤は「総攻撃の下準備。すぐに△6五歩と仕掛けていくよりも、▲7九玉と寄らせたほうが攻めやすい意味もあります」と話した。

 例えば△3一玉に▲7九玉なら、△6五歩▲同歩△7五歩▲同歩△6五桂▲6六銀△6四銀の要領で攻めたときに、次の△7七歩の叩きが厳しくなる。しかし逆に考えれば、6九玉型のままならスムーズに攻めることが出来ない。後手からの攻めが来ないのなら、遅れ気味の右辺に手を掛ける順が間に合う。
 △3一玉を見た山崎は「意外だった。ありがたい」と感じたという。玉を2二まで持っていかれても、後手玉はそれほど堅くなっていない。序盤は失敗して冴えなかったけれど、これでどうにか持ち直せそうだ……。山崎は好転を予感、気分は高揚し、そのままわずか1分で▲1六歩。皮肉にもこれが更なる疑問手だった。端に手を掛けるよりも、攻めにも受けにも働かない4七の銀に活を入れるのが先。ここは▲3六歩から▲5八銀と引き付けておくべきだった。

 なぜ相手の疑問手がアンテナに引っ掛かったのに、手拍子でチャンスを逃してしまったのか。ここに山崎の甘さが出てしまっている。
 以降は佐藤ペース。指了図からの一手は急所の中の急所。差が開いた。

【第5譜】▽勝ち方と負け方
 指し始め図からの△8八歩が厳しかった。▲同銀は△4四角と出る手がピッタリ。▲6七歩は△6五歩だし、▲7七銀なら再度の△8八歩がきつい。本譜の順は見ての通り、玉の逃げ道を塞ぐ壁金になってしまった。▲3四歩からの攻め合いも、先に△3七歩▲同飛と呼んである効果で△2五桂が飛車取り。佐藤に抜かりなし。

 脇息にもたれかかった山崎は、指し始め図から▲8八同金と取って、うらめしげに自陣を見つめている。なぜこうなってしまったのか。局後の言動を見るに、ここまでの疑問手は把握していたはず。
 問題なのは、当然勝つつもりで大阪から出て来たのに、早々にその気持ちが削がれてしまったこと。山崎の敗戦後の感想戦は決まって「序盤でダメにしてしまって…」「手拍子でした」「ここからは形作りです」といった反省の弁が並ぶ。

 プロの将棋は勝ち方にばかり目が行きがちだ。勝ち方は相手の対応次第で変わるが、負け方は自分で選ぶもの。苦しくても最後まで頑張る棋士。綺麗な棋譜を残すため、相手の読みに乗る棋士。一概に良し悪しを論じることは出来ないものの、山崎はまだ大きな勲章を得る前なのだから、もっとガムジャラになってもいいはず……というのは傍観者の戯言。本人の葛藤は誰も知る由がない。

【第6譜】▽将棋と違う感動
 今期の佐藤は、11月に本局を迎えるまで11勝14敗と負け越していた。このうち持ち時間が4時間以内の対局は10勝7敗。5時間以上、すなわち夕食休憩のある将棋は1勝7敗と大きく負け越しており、持ち時間が6時間のA級順位戦では勝ち星を挙げられずにいる。

 佐藤は6月初旬に待望の第一子を授かり、直後に京都府八幡市で行われた佐藤康光杯将棋大会では、「将棋とは違う感動を受けた」と話した。
 何事にも真剣に取り組む佐藤のこと、子供が生まれたことで生活のペースが変わり、長い時間の対局に向かなくなっているのかもしれない。そんな推測が浮かんだが、すぐに打ち消した。誰であれ、盤の前に座るだけが人生ではない。目の前の佐藤は頭を掻きむしりながら、一手ずつ精魂傾けて駒を進めている。その姿を応援し、その姿に胸を打たれる人がいる。全部ひっくるめて佐藤康光の棋士人生だ。

 記者室で今日の譜まで並べていた勝又清和六段は何度も頷きながら、「これは差がついています。郷田真隆九段、羽生善治名人に圧勝して、今日もこの内容。今期の棋王戦の佐藤さんは強すぎる」。
 そして、指了図からの三手一組が本局の決め手と断言して去っていった。山崎を完全に諦めさせた、その手順とは?

【第7譜】▽それぞれの
 指了図からの△4七歩成から△4三歩が手堅い決め手。これで後手玉に迫る手段が無くなり、大勢は決した。
 最後に▲8六角と打ったのは「観戦記を読まれる方に分かりやすい局面にしようと思って」と山崎。

 着手の直前に棋譜用紙を見て、今日一番大きなため息を吐き出した。ここまでの消費時間は2時間16分。そのとき山崎は改めて自分と向き合ったのだろう。背筋が凍りつきそうなほど冷ややかな目つきだった。投了図は▲8八同玉と取るしかないが、△8七金と頭から押さえていけば詰む。

 感想戦が終わり、山崎は足早に会館の外へ。佐藤は関係者と近場に繰り出した。その席でまだ生まれて半年の愛娘について聞かれ、「うふふ、かわいいと言わないとね。世話しだしたら時間が無限に掛かります。だからどこかで区切らないとしょうがない」と、目尻を下げる。話したくてしょうがないといった感じだ。
 その言葉を頭の中で繰り返しすうちに、ふと佐藤が将棋について話しているような錯覚を覚えた。大変だけど大事なもの。時間がいくらあっても足りない。限りがあるから真剣に向き合う……。

 店を出るときに、ヒュルッと冷たい風が差し込んできた。人一倍寒がりの山崎は、ちゃんと暖かい場所にいるのだろうか。
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