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第33期棋王戦本戦▲森内俊之名人-△三浦弘行八段

2008年01月03日 | Weblog
【第1譜】▽戦闘準備

 先に特別対局室に入ってきたのは森内。ゆったりと上座につき、盤側の筆者に「ブログ見ましたよ」と悪戯っぽく笑って見せた。始めて間もない、しがない一記者のブログをどこで見つけてきたのだろう。以前、何でも知っている森内と羽生には秘密の情報網があるのではという話があったが、あながち冗談ではないかもしれない。

 しばらくして入室した三浦は、一礼したあと押し入れに大きな荷物を押し込んでいた。そして、荷物の中から少し大きめのトートバックを持って下座につき、その中からミネラルウォーター、小銭入れ、時計、扇子、眼鏡ケースなどを取り出していく。これは三浦の戦闘準備のようなもので、心得ている森内は微笑を浮かべ眺めている。

 一段落するのを待って駒箱を開けた森内は、散らされた駒から一枚取った。王ではなく玉。もう一枚を確認したがどうやら双玉の駒だったようで、今度の表情は苦笑という感じ。
 振り駒は歩が三枚で森内の先手となった。過去の対戦は森内9勝、三浦6勝。棋王戦では初めての対局となる。



 途中図△2三歩の局面での三浦の戦績は13勝3敗。ただでさえ作戦的に苦しい後手番で、これだけの成績を挙げているのは賞賛に値するだろう。森内の初手▲2六歩にすぐ△8四歩と応じたのも納得できる。
 指了図の△7四歩は急戦含みの構想。次に△7五歩と角を封じ込めれば、早くも一本取った格好だ。
(途中図は10手目△2三歩、指了図は26手目△7四歩まで)



【第2譜】▽気遣いの伝統

 指し始め図の△7四歩に▲7六歩は、角の働き口を確保する大事な手。それに対し三浦は早くも△7五歩と突っかけた。これは駒の進出をスムーズにする潤滑油のようなもので、一時的には歩損になるが後で取り返すことができる。

 ▲4五銀は△6四銀を牽制する指し方。後手の飛車の横利きが止まれば▲3四銀から2筋を突破する含みが生じる。▲4五銀の局面の実戦例は過去に2局あり、いずれも先手が勝っている。
 ▲4五銀を見た三浦は、悶えるように脇息にもたれかかった。森内は険しい表情で眉間を指でつまむ。どちらも記憶を絞り出しているのだろう。それは過去の実戦例か、それとも独自の研究手順か。25分の考慮で△7二金。やおら席を立つ三浦の手には湯呑みが握られている。
 対局中は記録係に注文すれば、いつでも熱いお茶をいれてもらうことができる。しかし暗黙の了解として、相手の手番のでは自分の都合で記録係に席を立たせることはしない。その間に相手が指し手を決めても、記録係が戻ってくるまで着手ができないからだ。こういった細かい気遣いは、上位になればなるほど自然に、おそらく無意識に行われているように感じられる。

 △7五銀に対する▲5五銀は柔らかく厚い指し方。以下、銀交換から▲4六角と据えた局面で、森内は自分に流れが来ていると感じていた。
(指了図は47手目▲4六角まで)



【第3譜】▽3時のおやつ

 15時頃の控え室。行方八段と松尾七段が真剣な表情で練習将棋をやっている。開け放たれた窓からは涼やかな風が入り込み、蝉の声を運んでくる。のどかな8月下旬の、午後のひと時。

 ふと部屋の入り口に目をやると、キョロキョロと中の様子を窺う三浦の姿があった。まだ自分の将棋が検討されてないことを確認したのだろう、おずおずと入ってきて隅に十枚ほど重ねてある座布団にちょこんと座り、持参のお菓子を無表情のまま頬張る。どうや3時のおやつのようだ。笑点を思わせる構図だが、不思議と違和感はない。

 指し始め図の▲4六角は35分かけて指された。これに対し節約して△7三桂と跳ねるのは、▲7五銀から桂頭を狙われて後手が苦しくなる。
 △8二歩とへこんだ歩を打たせ、自分は▲3五角と歩得するのが先手の主張。長引かせれば得が生きるのは将棋の理であり、森内が最も得意とする展開となる。ここでの両者の見解は先手やや良しで一致していた。

 角を追う△3四銀に▲7五銀打を入れたのも森内らしいソツの無い指し方と言える。ただ△8五飛に▲6八角と引いたのは、やや消極的だった。利きを強く残して▲4六角とし、以下△3三桂▲9七桂と飛車を攻めていけば更なる優位が築けた。
 図の△3三桂は三浦最強の頑張り。1筋は薄くなるものの、あえて弱点を作ったことが森内の指し手を狂わせる要因となった。
(指了図は56手目は△3三桂まで)



【第4譜】▽一撃
 指し始め図からの▲8六歩は踏み込みを欠いた。森内は1筋のキズに目を付け、ゆっくりと指して▲1五歩を間に合わせるつもりだったのだが…。
 ここでは局後に三浦が指摘した▲9七桂が優った。以下△8三飛▲7四銀△8四飛▲7五銀△7七銀▲8四銀の順で「どこで攻め合われても明快な一手負け」(三浦)
「2枚並んだ銀を見ているうちにやる気が無くなって。こうやるべきでした」(森内)。

 対局中の三浦は読みを確認する際、中空をにらみ心ここにあらずといった表情を見せる。森内の「並んだ銀を見ているうちに…」という発言も、脳内で作った盤面を眺めていたことが窺える。
 棋士なら誰でも頭に将棋盤を持っているが、その形や駒の動き方は様々だという。これは個人的な見解だが、三浦のようにソラで考える棋士は、部分的な読みの正確さや突っ込みの深さに長けているように感じる。
 ある人は「盤を見て読みを進めると、頭の中の盤と目前の盤の駒の位置が違うのでやりにくい」とも言っていた。このあたりの棋士の脳の使い方は、現在進行している「将棋における脳内活動の探索研究」のプロジェクトで明らかになってくるだろう。

 本譜、森内は歩得を生かして緩やかに局面を進める方針を貫いた。ブレが無いのは強みだが…。 指了図の△7七銀。三浦は狙っていた。森内は見えていなかった。
(指了図は62手目△7七銀まで)



【第5譜】▽強い将棋指し
18時を過ぎ、控え室が検討陣で賑わいだした。ここまでの棋譜を見ていた中田宏樹八段は、△7七銀に「すごい手。▲同桂しかないけど、△同歩成▲同金…なら△8八角が厳しいか」。

 対局室の森内は見たことがない光景を前にしていた。一手前▲6五銀の局面は何度も読みの中で目にしただろう。が、眼前には△7七銀と打たれた盤面、目つきが変わった三浦。想定外だった。

 森内は残り45分うち22分を使って▲7七同桂と応じる。怖いのは局面なのか、対戦相手なのか、それとも結果なのか。強者はそれを冷静に判断する。前棋王の森内が選んだのは△5七桂に▲5九玉と頑張る、安易に妥協を選ばない順。
 歴代1位の28連勝記録を保持し、ギリギリの踏み込みが持ち味の神谷広志七段をして「強い将棋指しだ…」と唸らせた。控え室は▲7九玉△4九桂成▲6六角くらいで仕方ないのではと見ていたのだ。
 △6九角は△4七角成、△7八角成~△8七金、単に△8七金の狙いを秘めている。一度に受けるのは難しそうだが、残り9分まで考えた森内は▲5九桂の解を出した。
 順に検証しよう。△4七角成は▲同桂。△7八角成▲同飛△8七金は、▲3三角成△同金▲2八飛。8七の金が重すぎる。すぐ△8七金も▲3三角成△同金▲6八金。全て受かっているのだ。
 本譜△5七金の張り付きに▲7四銀直。最後の直線に入った。
(指了図は73手目▲7四銀直まで)



【第6譜】▽5秒前の世界
「▲7四銀直と攻め合ったのは危なかったですか」と森内は振り返った。代案の▲6八金も森内らしいが、見ている側としては火の出るような叩きあいの方が面白い。
 △7三桂の活用は盤上この一手。残りは森内5分、三浦23分。形勢は先手有利だが、一手争いになればこの差が響く可能性が高まる。

 ▲2一飛と打ち込んだところで、森内の残りは2分になった。三浦の△6五桂は、7三に逃げ道を作りながら駒を補充する一石二鳥の跳躍。非常に大きな手だが、先手玉は飛車の横利きが強く一手の余裕がある。森内、やるなら今しかない。

 19時を過ぎた特別対局室に秒読みの声が響く。森内の目は赤みを帯び、顎の先だけ小刻みに震わせている。▲6一銀を決めてから駒を補充しにいく▲6八金は、いわゆる駒寄越せ戦術。三浦は虚空をを見つめ、動きを止めた。このタイミングでの▲6八金を見落としていたのだ。△8七角成に12分。残りは2分。ここでの撤退は苦しいが、駒は渡せない。

 △5七桂成と馬の利きを通しながら先手玉に迫ったところで三浦が1分将棋に。森内も慎重に最後の1分を使い、自玉が詰みろでないことを確かめた。
 投了図からは△3三同玉▲3一飛成のときに後手の合駒が悪く、即詰みとなる。終局直後、森内はすぐには言葉が出なかった。秒に追われ詰みを模索した5秒前の世界から、そう簡単には戻ってこられない。
(投了図は▲3三角成まで)



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