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第34期棋王戦本戦▲深浦康市王位-△行方尚史八段

2009年04月13日 | Weblog
【第1譜】▽郷土の誇り
 青森県出身の行方は、9月に行われた第10回記念青森県将棋まつりの席上で、佐藤康光棋王と目隠し将棋を戦った。
 目隠し将棋とは、文字通り目隠しをして将棋を指すこと。盤も駒も見えず、自分の頭の中で駒を進めなければならない。佐藤棋王はこの目隠し将棋を得意にしており、5人同時に相手にしてしまうような達人なのだ。
 地元のファンが見守るなか、達人であるところの佐藤棋王に行方は勝った。佐藤棋王が花を持たせたわけではない。そんなに器用なタイプでもない。その証拠に、目隠しを取ったときの佐藤は、心の底から口惜しそうな表情だったという。
 一方の深浦の出身は長崎県佐世保市。先ごろ羽生善治名人の挑戦を退けて王位のタイトルを防衛した際、地元長崎新聞は「佐世保の誇り」と祝福した。青森と長崎、北と南で離れているが、どちらも故郷の応援を背に受けて戦っている。
 振り駒は歩が三枚で深浦先手。5手目▲6六歩に対して行方が12分使ったのは「あたためていた作戦があったので、それを使ってみようかと」思ったから。▲7七銀なら普通の相矢倉にするつもりだったという。途中図△5二金右は、いかにも何か用意していますという駒組み。指了図で昼食休憩に入った。

【第2譜】▽膝を抱える
 過去の対戦は行方7勝、深浦5勝。二人は年齢も近く、付き合いも長い。春に仲間内でアメリカに旅行したときは同部屋だったそうだ。
 指し始め図は昼食休憩の局面。深浦は一礼してすぐに部屋を出たが、行方は定刻を過ぎても席を立たず、呻いて膝を抱えている。すでに失敗を自覚していたのだ。
 後手番矢倉は概ね2通りに分かれる。ひとつは定跡手順に追随し、丁寧に受けに回る手法。もうひとつは後手が自ら駒組みを主導し、ペースを握りにいく手法。行方が選んだのは後者だった。しかし…「この作戦は用意してきたものなんです。それなのに、なぜかこっちばかり時間を使わされて、局面も冴えなくなっていて…」。休憩明けに△9四歩が指された時点で、消費時間は深浦27分、行方1時間46分。
 △9四歩は△9三桂と裏口から使う狙いだが、やはり「間に合わせ」の感は否めない。
 本来ならば△7四歩から△7三桂と活用し、7筋も突き捨てて攻め味を広げたいところだが、本譜のように角を3七に持ってこられて仕掛けが難しくなる。かと言って、悠長なことをやっていれば▲3七銀からの棒銀が間に合ってしまう。
 指了図からの次の一手で、深浦の作戦勝ちがはっきりした。


【第3譜】▽師匠の写真
 昨年、仕事の関係で深浦邸にお邪魔する機会があった。その仕事はとても単純で、つまるところ自分はただ座っていただけなのだけれど、今もその時の事を鮮明に思い出すことができる。
 研究部屋に入ったこと、奥様に駅まで車で送っていただき、お土産まで渡されたこと。そして何より脳裏にこびりついて離れないのは、部屋の奥に飾られていた花村元司九段の写真だった。
 小学1年生で将棋を覚えた深浦は12歳で上京し、花村門下として奨励会に入会した。中学卒業後に一人暮らしを始め、19歳のときに四段になった。最近のインタビュー記事によると、家にいる大半の時間を研究部屋で過ごし、寝る場所も同じだという。深浦には、将棋の虫だった少年が性根を曲げずにそのまま来たような雰囲気がある。
 指し始め図からの▲3七桂で先手作戦勝ちがはっきりした。9三桂が庇(ひさし)に隠れた日陰の桂なら、好位置の3七桂は太陽の光を真っ直ぐに浴びた、ひなたの桂。行方の桂はいずれ出て行かなければいけないが、深浦の桂はそこにいるだけで十分な価値がある。
 指了図まで行方攻勢、深浦守勢の流れ。▲5七銀は後手からの強襲を許しそうで怖いが…深浦は背筋を伸ばし、胸を張って着手。

【第4譜】▽負けたくない
「12歳で単身上京してきたのも一緒だし、四段になったのも同じ19歳。深浦さんとは似通った部分も多いだけに、負けたくない気持ちがある」後日、そう語った行方は泡も冷えも消えたビールにゆっくりと口をつける。
 少し前に鈴木大介八段に聞いた「ナメちゃんは東京に出てきた頃、50円の賭け将棋で負けて、払うのが嫌でトイレに長い間こもって出てこなかった。地方から出てきた人は根性が違う」という話を思い出した。負けたくない。負けたくない。負けたくない。
 指し始め図から△5五銀▲同銀△同角▲同金△7七銀の強襲は、▲7九玉△6七飛成▲5八銀△6六歩▲4五角の受けで耐えている。
 本譜はグッと堪えて△6三飛だが、引き場所としては△6一飛が優ったようだ。行方は▲8六歩を気にしていたが、それは△6四金▲8五歩△5五金で攻めが繋がる。
 深浦の読み筋は△6一飛に▲6五歩と打ち、△9五歩▲8六歩△9七桂成で先手容易ではないというものだった。
 とはいえ△6三飛▲6五歩に△6四歩と打った手はいかにも行方らしい芯のある手。△6四歩、△6五歩、△6六歩と伸びていく様は雪を割ってでも伸びようとする雑草の息吹が感じられる。が、形勢は先手優勢。深浦は自陣を見つめている。

【第5譜】▽ヒーロー
 夏に行われた深浦と羽生名人の王位戦七番勝負は非常に印象に残るシリーズだった。深浦が3勝1敗とリードしたが、羽生が追い込んでフルセットに。将棋界は羽生の七冠ロード再びと沸き、最終局は羽生が勝つとの予測が大方を占めたが、勝ったのは深浦だった。
 何人かの棋士に、なぜ深浦は羽生に勝てるのかと聞いた。答えは皆同じだった。「深浦さんは鈍いから、羽生さんの強さがわからないんだ」。
 棋士を志した頃は誰しも、自分が絶対無二のヒーローになると信じている。しかし奨励会の荒波に揉まれ、プロになり、大人になる頃にはすでに疲弊している人も少なくない。絶対無二のはずが、せめてタイトルを一つくらい、せめてA級に、せめて…いつしか、あれほど鮮明に描けたはずのヒーローはどこにもいなくなっている。
 深浦の強さは、自分はまだヒーローになる過程だと信じられる点にあるのかもしれない。危うい変化に堂々と踏み込める自信、自身の読みをとことん信じられる心の強さは、そこから来ているのではないだろうか。
 指了図△8九飛成は△6五桂以下の詰めろ。局後に行方は「どうにか形になってよかった」と不器用な笑みを作った。
 この局面、行方の玉に即詰みが生じている。

【第6譜】▽午前1時過ぎ
 ▲2三桂不成を利かせてから逆モーションで▲4三桂。これがうまい手順だった。投了図以下、△3五同歩▲同馬△2三玉▲2四歩△3二玉▲2三金△4三玉▲5三銀成までの即詰みとなる。
 行方は、しきりに序盤を悔いていた。「朝からずっと、嫌気が差していた。2二角が残るんじゃ将棋としてまずい」。
深浦は終始笑顔。行方の愚痴をいなしながら検討を進めていた。
 2日後に、とある酒場で行方に会った。薄暗い照明とほどよい喧騒に、行方はしっとりと馴染んでいるようだった。
「あの作戦は1年前に阿部光瑠二段と指して、うまくやられたので使ってみたんです」。阿部二段は青森県出身の13歳。周囲の評価も高く、将来を嘱望されている。「そりゃ対局中も阿部君の顔が浮かびましたよ。冴えない将棋になって申し訳ないなぁと」
 話を聞きながら、ふと深浦のことを考えた。時刻は午前1時過ぎ。今頃、研究部屋に敷いた布団で、花村師匠に見守られながらヒーローの夢を見ているのだろうか。
 「君、酒好き?じゃあ酒子だ。酒子乾杯」
 ふと我に返ると、行方は初対面であろう女性と話をしている。深浦にはこういう芸当は出来ないだろうなと思い、少し可笑しくなった。
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3 コメント

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コメント失礼します (aka-ts)
2009-04-22 09:08:31
連載中は朝の電車の中でごとげんさんの観戦記を読むのをちょっとした楽しみにしています。
第6譜の締め方がごとげんさんらしい締め方ですね。

今回読んでいて、今の時代、新聞への連載終わった観戦記を、
携帯小説とか携帯コミックみたいな感じで
メルマガで流すというのも面白いかもしれないとふと思いました。
Unknown (ごとげん)
2009-04-24 16:16:07
aka-tsさま

そうですね。観戦記はもっと多くの人に気軽に見てもらいたいと思っています。
蛇足ですが、自分は観戦記の推敲に携帯電話を使うことがあります。目に入る文字数少ないので、パソコンのモニターや紙での推敲とはひと味違ったテイストになったりします。
棋譜の無い観戦記。 (袖山@協和)
2010-02-02 20:41:20
観戦記の本文だけ読んで、楽しめるというのがびっくりです。
棋譜も出力して、ノートに貼り付けます。
朝日杯は楽しく読んで貼り付けています。
40年前には、十段戦を、コクヨのスクラップブック(A4サイズ)に貼り付けて勉強していました。
コクヨのA4は、完全に大山先生の真似です。

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