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第35期棋王戦予選▲佐藤慎一四段-△石川陽生七段

2010年04月13日 | Weblog
【第1譜】▽佐藤慎、棋王戦初登場
 佐藤は昨年10月に四段になり、3戦土付かずのまま本局を迎えた。細身のスーツと、あごに薄っすらと生やした髭。目の前に将棋盤が無かったらロックバンドのギタリストにも見えそうだが、一方で剣客のような研ぎ澄まされた雰囲気もある。一枚一枚を慈しむように、丁寧に駒を並べていく。
 対する石川は昭和61年に四段になった。プロ生活は22年。丁寧に読みを重ねる慎重な棋風だが、その根本にあるのは確かな構想力。したがって勝局は堂々の押し切りが多い。また、その博識ぶりから将棋博士のあだ名がついたこともある。
 振り駒は、と金が3枚出て佐藤先手。戦型は▲7六歩△3四歩からの相矢倉となった。
 途中図の△7五歩は積極的な動き。ほとんど先後同型だが、先手が▲2六歩型、後手が△8三歩型のため先に仕掛けることが出来る。
「こうなれば指そうと思っていた手。自由度が高く好みの形」と石川。過去に2回採用して2勝と、相性のいい局面を持ってきた。
 佐藤は一回▲4六角と出てから▲5七銀。中央に厚く構え、△6四角のぶつけには柔らかく▲6七銀と引く。しなやかな駒捌き。どうやら考慮中に扇子をいじるのが癖のようで、デビュー4戦目にしては随分と使い込まれている。

 【第2譜】▽個性派の師匠
 石川の師匠の(故)高田丈資七段と、佐藤の師匠の劒持松二八段は(故)荒巻三之九段の弟子。「ほぼ同門のようなものですが、佐藤さんとはあまり話をしたことがないですね」と石川。
 そんな石川から面白い話を聞いた。「以前将棋世界誌ではじめて棋士の年度勝率ランキングをやったときに、劒持先生が編集部にクレームを付けたんですよ。なぜ俺の名前が無いのかと。まだ始めたばかりだから不備があったのかもしれないと、編集部員が慌てて調べなおしたら…劒持先生は負け越しだったそうです」。劒持八段は羽生に勝つと宣言して本当に勝ってしまったこともある。強気で鳴らすユニークな棋士だった。
 そんな師匠を持つ佐藤だが、対局姿はクールそのもの。指し始め図の▲4八飛で「ここはうまくいったかな」と思ったそうだが、表情には全く出さない。
 一方の石川は▲4八飛を読んでいなかった。今は歩の下に飛車が潜る格好だが、次に▲6五歩と突く手がある。△4六角と取らせ、▲4六同歩から▲4五歩と伸ばしていけば立派な攻撃形になるのだ。
 昼食休憩を挟んだ石川の次の一手は△7六歩だった。狙いは指了図△7七角のぶち込み。さあ、佐藤はどう対応するか。

【第3譜】▽遅れてきた新人
 昨年9月、四段昇段を決めた直後の佐藤と話す機会があった。場所は新宿、時間は深夜。もちろん酒も入っている。
「自分の強みは奨励会に長くいたこと。その経験を生かせなきゃ意味がないと思うんです」。
 佐藤の奨励会入会は平成6年。同期に渡辺明竜王、橋本崇載七段、阿久津主税六段ら俊英が揃う。この3人の中でプロになったのが一番遅いのは佐藤と同門の橋本で、平成13年に四段になった。佐藤は橋本を見送ってから7年、平成20年に年齢制限ギリギリで三段リーグを抜けた。奨励会には14年あまり在籍していた。
 客観的に見て、奨励会に長くいたことが技術的な強みになるとは思えない。ただ逆境で育った心の強さは、いざというときに佐藤を助けてくれるかもしれない。
 また子供スクールなど将棋教室の講師を長く務めたのも、先に走っていった彼らとは違う佐藤だけの足跡。胸を張って、自分の道を歩いていけばいい。
 指し始め図からの▲7一角がうまい対応。馬を作りながら後手を歩切れに追い込み、攻めを切らせてしまう構想だ。
 が、指了図の△7三桂も玄人好みの活用。いっぺんに攻めに厚みが加わった。「この局面をどう見るかでしょうね」は局後の石川の弁。

【第4譜】▽不思議な棋士
 本局の数日前、石川に観戦記を担当する旨を伝えると、「わかっていますよね?私じゃなくて佐藤さんが中心ですよ」とニヤリ。新四段と対戦するから観戦記がつくのでしょうと暗に言っているのだ。記者が「プロの厳しさ見せてやってくださいよ」とおどけると、石川は一度うなずいた後に「でも向こうは三段リーグの厳しさを教えてやると来るでしょうね」。
 石川の物言いはいつもこんな感じで、熱心に活動している海外普及について聞くいても「あれは単なる趣味です」とバッサリ。照れ屋なのか、それとも確固たる信念があるのか。いまいち掴みきれない不思議な棋士だ。

 指し始め図の△7三桂は、瞬間的に飛車の利きは止まるが、局面に深みを与えている。「全ての駒に喜びを」の金言を思い出させる一手。
 △7三桂に▲6七金。代えて▲8二馬も考えられるものの、「攻め合いは勝てない」と佐藤。▲6七金は次に▲6六銀と上がれば磐石だが、渋く△8一飛▲7二角△7一飛とされて困った。次は△6五桂の筋があり、形良く▲6六銀と上がっても△7四桂がある。石川がさりげなく作った、8三馬の利きが変わると7二角が浮くという秀逸な仕組み。佐藤は42分使って▲7六金としたが、これは予定変更。

【第5譜】▽終盤での考え方
 指し始め図が大きな分岐点となった。△6五桂右は飛車の利きを通す、一見は味の良い手。しかし石川は局後に「△6五桂は左で跳ぶべきでした」と悔やんだ。本譜は△6五桂右に▲7三歩とされ、飛車を角を取ると、と金が出来る形になった。7三にスペースを作ってはいけなかったのだ。
 △6五桂左なら佐藤は▲6一角成と勝負に行くつもりだったが、△同飛▲同馬△5七金で後手十分。▲8一飛と打ち込まれても△7一歩が固い。また△7七歩では△3一玉が優った。どこかで△2二玉と入る選択肢があるのは大きい。

 ▲6一角成は決断の一手。24分の考慮で大まかな道筋は立っていたが、佐藤には一つだけ読み切れない変化があった。時間はあるのだから、ここで読み切ってしまおうという考え方もある。局面を進め、相手に指し手を決めてもらう実戦的な考え方もある。佐藤が選んだのは後者だった。持ち時間の少ない三段リーグには、効率よく割り切るような「勝ちやすい戦い方」が求められる。ただ持ち時間が長いプロ棋戦で、そういったやり方がいつでも通用する保障はない。先輩たちがそうだったように、佐藤もこれから少しずつ、自分の形を模索していくことになるのだろう。

【第6譜】心から求める
 指し始め図からの△5三銀が敗着。▲6五桂と打たれて大勢決した。ここは△5一銀が優り、佐藤は以降の変化に確信が持てていなかったという。
 結論から言えば△5一銀には▲8一飛で先手勝ち筋。そこで△6七金は▲7六銀がうまい手で、先手玉は詰まず後手玉に詰めろが掛かっている。また▲8一飛に△6七銀も、▲5九桂がピッタリの受けでやはり勝ち。ただ本譜より紛れが多く、石川も「こちらを選ぶべき」と話していた。
 △5三銀を見た佐藤は扇子を口元に引き寄せ、パッと開いた。一瞬だけ名前が目に入る。一昨年に亡くなったその棋士の扇子は初めて見た。
 感想戦終了後に佐藤に尋ねた。「ええ、真部一男九段の扇子です。子供スクールの講師をしている繋がりで、真部門下の小林宏六段に頂きました。三段リーグはこれを使って勝てたので、対局で使おうと思って」。
 佐藤が見せてくれた扇子には欣求棋道と揮毫されている。「ごんぐきどう…ですね」と石川。さすがの博識だ。欣求とは、心から喜んで求めること。棋道は読んで字のごとし。なんと棋士に合った言葉だろう。くたびれた扇子を宝物のように大事にしまう佐藤が少しだけうらやましくなった。
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