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瞋恚・怒りのこころ 2

2010年09月21日 | 仏教
「一緒に腹を立てないようにしよう」
という訓戒があります。
最初は意味がよくわからなかったのですが、
やがてつくづく「なるほどなぁ(+_+)」と思い知らされ、
今振り返るに、自分は、どれだけ人生の中で、
この訓示に救われてきたことか。。。と思うのです。
この「一緒に」というところ、ポイントです。

もしこれが
「一緒に腹を立てないようにしよう」
ではなくて、
「腹を立てないようにしよう」
だとしたら、
これは一握りの道心堅固な修行者、
清廉潔白な聖人君子しか
とても守れない訓示、
ということになりますが、
怒り多き私達も、
「せめてお前でもこれだけを心がけなさい」
というのが
「一緒に腹を立てないようにしよう」
です。


腹を立てるときというのは、
決まって【自分が正しい、相手が悪い】
と思っている時だと
お釈迦様は説かれます。


「オレがこんなにちゃんとやっているのに、
なんだお前のそんな態度は(`×´)」
と腹が立つのです。


自分のほうが間違っていると思ったら、
腹は立たないでしょう。


「相手のほうが正しくて、
俺は完全に間違っているんだけど、
ここは一応腹を立てておこう。ムキ~ッヽ(`Д´)ノ」
ということはありません。


腹を立てているときのあなたの心は
相手の非を責める心いっぱいになっているはずです。

これは相手も同じこと。
【相手が腹を立てているとき】というのは
【相手も「自分が正しい」と思っているとき】です。
したがって、一緒に腹を立てている状況とは、
双方ともに正しいと思っている時だから、
これはもうケンカです
正しいから、
「負けるわけにはいかない」
「ゆずるわけにはいかない」
と、引けなくなってくるんです。
【ケンカは二人の正しい者のぶつかり合い】
「正義」は躊躇しないから怖いのです。

一人が非を認める場合は、
ケンカにはなりません。

「戦争には正義と悪魔があるのではない。
 二つの正義がぶつかっている」
といわれるのも
このことをいわれているのです。

相手が腹を立てているな、という場面では、
こちらも相手に対して
怒鳴ってやりたい気分であっても、
「一緒に腹を立てないようにしよう」
と思い出したいものです。

そのときは一時的に忍耐して、
相手の言い分を聞いたらいい。
「自己の正当性を主張するのは、
この人の怒りが収まってからでも遅くない。」
と自己に言い聞かせてみることです。


「こちらが腹を立てるのは、
この人が腹を立て終わってからでいい。」
といったん矛先を引っ込めることです。


この実践で、どんなにか人生における様々な惨事を避けられるだろう。
そんな教訓を込めた言葉が
「一緒に腹を立てないようにしよう」
です。


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