毎日のできごとの反省

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プラモの効用

2019-11-09 17:05:40 | プラモコーナー

 このプラモの写真うち真横から写したものは、ソ連崩壊前のプラモ雑誌に載った、ある写真の機体を再現したものである。写真のキャプションにはこうある。

 「1945年4月、東部戦線のソ連包囲下を逃れ、イタリア北部・ファルコナラの米軍占領飛行場へ投降してきたクロアチア空軍所属のG-10。」

 G-10とはメッサーシュミットBf109G-10のことである。当時の日本人には「クロアチア空軍」はてな?だったのである。ソ連崩壊がした今でこそ歴史教科書をひもとくとクロアチアとは

 クロアチアは第一次大戦後、オーストリア・ハンガリー帝国から独立して独ソ戦を戦うが、戦後ユーゴスラビアの1地方とされ、ソ連崩壊によって再度独立を勝ち取った。

 とまあ、要約すればこんなことになる。ところが、ソ連崩壊以前ならめったやたらに歴史の教科書にクロアチアなどという名前がのることがなかったであろう。ところが小生はプラモマニアだったために、ソ連時代には、ユーゴスラビアの一地方に過ぎなかったクロアチアという名前を、こんな訳で知っていたのである。

 それに大抵の日本人には、ソ連崩壊後、何故か突然に、ソ連から独立したのではなく、ユーゴスラビアから独立したことは奇妙であったのに違いない。しかしかつてクロアチア空軍なるものがあったのをプラモから知っていた小生には、意外でも何でもなかった。しかもクロアチアは、ナチスドイツとともに独ソ戦を戦い敗れたのであった。

 そして亡命したG-10のパイロットは、ソ連の魔手を逃れんとして、米軍占領地まで逃げたのである。いかに当時からソ連は東欧の人々から恐れられていたかが分かるエピソードである。クロアチアの物語はソ連圧政の象徴であるが、バルカン半島の野合分裂の象徴でもある。

 

 プラモの効用はそればかりではない。昔の左翼の人たちは、何とソ連を平和主義の国とみなしていたのである。ところがソ連軍用機のプラモ情報を知りたい小生にとっては、ソ連東欧圏は特に軍事に関しては徹底した秘密主義で、民需品そっちのけで、こっそり高度な軍事技術に予算を傾注していたのを知っていたから、平和主義など嘘八百だと知れたのである。

 そのため東欧のプラモなどというものは、キット本体はともかく、説明書に使われている紙と印刷の質の悪さは驚きである。今でも保管しているが、戦時中の日本の本の質よりもさらに劣っていたのではなかろうか。曲げるとポキリと折れてしまう。わら半紙より劣る。プラモマニアであったが故にソ連幻想を免れた、という次第である。

 ただし東欧の国々の名誉のために言うが、ソ連時代の東欧のプラモメーカーのソ連軍用機のプラモのデッサンは、同時代の日本のメーカーのものより優れていた。昔、某東欧メーカーのMiG-19をモールドを全て彫り直し完成させたが、基本形が優れているので、苦労のしがいはあり、今でも見劣りはしない。

 プラモのことを忘れていました。キットは30年よりもっと前のレベルの1/48である。確かK-4型として再販したものをG-10として作ったものである。当時はクロアチア空軍のデカールなどなかったから、国籍標識や4の番号も含めて、細かいステンシル以外は全て手書き。胴体側面が真っ黒に汚れているのも、亡命機の写真に似せた。国籍標識が当時のドイツ空軍の鉄十字に似ているのが、空軍開設がドイツ空軍の協力によった影響と推察する。

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