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書評・やがて哀しき憲法九条・加藤秀治郎

2019-12-31 16:04:48 | Weblog

 タイトルに惚れ込んで衝動買いしてしまった。GHQにより日本国憲法が制定された過程について、従来の本とは別な視点で説明を加えている。これを読んでも狂信的憲法九条護持論者の意見は変わるまいが、まともな理解力を持っていれば、日本国憲法なるものが、いかにインチキで日本に有害か分かる。

 GHQが言論の自由と民主主義を唱えながら、戦前より徹底して厳しい検閲をしていたことは、江藤淳らの研究により、広く知られるようになった。皮肉なのは昭和天皇がマッカーサーを訪問した写真のエピソードである。かの写真は翌日掲載されず、二日後掲載された。(P18)それは外務省が掲載差し止め命令を出し、日本政府の検閲に気づいたGHQが外務省に抗議して掲載されたから遅れたのである。

 「不思議な話はさらに続きます-その間の事情を知らなかった日本政府の情報局が、なんと写真を掲載した朝日、毎日、読売の三紙を発禁処分にしたのです。もちろん新聞社側も黙っていません。GHQに事情を説明して、救済を求めると、GHQがすぐに日本政府の発禁処分を取消すように命じた、というのが顛末です。」という情けない話である。

 情けないのは新聞社がGHQに頼った、ということばかりではない。日本政府が差し止めすれば掲載を止め、GHQに命じられれば掲載する、という姿勢が第一である。そればかりではない。新聞社の営業に関係のない指示には、外務省にでもGHQにでも唯々諾々と従うが、発禁処分という営業の死活問題となると、なりふりかまわずかつての敵国のGHQに泣きつく、という新聞社の姿である。

 検閲されようが、掲載を強要されようが、真実はどうでもよい。ただ新聞の営業が第一なのである。まさに緒方竹虎の言う「新聞は生きていかなければならない」のである。

 戦後、検閲が廃止され自由になった、という感想の例証として高見順の「敗戦日記」が挙げられる。(P18)GHQが政府の検閲を廃止したことを知り、昭和20年9月30日に「これでもう何でも自由に書けるのである」と書いていることを示す輩が多い。ところが高見はそのすぐ後の10月3日には、米軍の非行を批判した「東洋経済新報」が没収になったことを知り「アメリカが我々に与えてくれた『言論の自由』はアメリカに対しては通用しないこともわかった」と書いている。

 護憲派の主な人士は、高見のGHQによる検閲批判を知っていて無視し、米軍の検閲がなかったかのように振る舞っているのは、自己欺瞞も甚だしい。しかし彼ら護憲派の自己検閲は「紫禁城の黄昏」の翻訳で、溥儀が自ら強く清朝復活を望んでいた箇所を大量に削除して出版したなどの事実を知れば、彼らの考え方と違う事実を隠ぺいする悪癖があることは知れる。

 しかし、小生は、根本的に高見は軽薄であると言わざるを得ない。結局のところGHQが日本政府の検閲を廃止したことを手放しで喜んでいるからである。これではGHQが作っても日本国憲法は内容が良いから改正すべきではない、という護憲派と同様である。

 日本国憲法は芦田修正によって、自衛権を放棄しないことになった、という通説も本書によれば真相は複雑である。マッカーサーノートには、「自己の安全を保持するための手段としての戦争をも放棄する。」という文章があったが、マッカーサーの部下がGHQ草案をまとめる際に削除した。(P45)これをマッカーサーも黙認しているから、芦田修正以前にGHQ草案は自衛戦争を認める意図があった、というのである。

 「前項の目的を達するため」という芦田修正を提案していた時点では、実は芦田には自衛戦争肯定という変更になる、という含みは考えていなかった、というのである。(P59)ところが、この文言を見た法制局官僚が、自衛戦争肯定という変更になるという考えを持ち、芦田に話したところ、それを認めて憲法公布の際にその解釈を公にした、ということだそうである。

 結局のところ芦田修正は、GHQの意図を明示したに過ぎない、ということになる。芦田は自らの発案で芦田修正をしたのではなかった。後に吉田首相は、軍隊絶対不保持の見解を示しているからややこしい。

 かの白洲次郎は、昭和27年の文芸春秋に再軍備の問題で「・・・憲法制定当時の米国の対ソの見通しは、日本に関する限りまちがっていた」としアメリカ人らしく「率直大胆に政策の失敗を認めて貰うわけには行くまいか」と書いているそうである。直言居士と言われる白洲らしい発言である。

 ところが実は米国は白洲が書いた翌年、明白に謝罪している。(P67)当時のニクソン副大統領は「もし非武装化が1946年(制定の年)においてのみ正しく、1953年の現在、誤りだとするなら、なぜ合衆国はいさぎよくその誤りを認めないのでしょうか。・・・私は合衆国が1946年に過ちを犯したことを認めます。」と演説した。

 演説は来日した際に日米協会で行われた。演説の原文は「日米関係資料集」に掲載されている。ところが「定訳がないらしく、そこにも日本文はありません。・・・ただ当時はそれなりに知られていたようでして・・・丸山眞男が同じ年の講演でこう語っています。ニクソンが『戦争放棄条項を日本の憲法に挿入させたのはアメリカの誤りであった、という有名な談話を発表した』と」あの丸山の言だから不思議なものである。当然護憲派はこのエピソードを知っても無視するであろう。

 なお、国会図書館で、「日米関係資料集」を確認したら間違いなく、ニクソンの演説の原文があり、内容は筆者の指摘通りであったことを付言する。

 ただ本書では西ドイツの「憲法」が再軍備を想定していた内容となっていたことについて、制定が遅れて米ソ冷戦が起きてからの作業であったこと(P65)と書いているのは単純すぎる。さらに憲法改正への関与を米国は日本には検閲で隠したことについて、ドイツではもう少し穏便にやっていたとして「ドイツについては法治国家の伝統がありますから、そういう小手先の方法は通じない(P27)」という判断だとしているのもいただけない。日本を法治国家と認めず、検閲も強引にしていて、憲法も強制した、ということについては、日本人に対する人種偏見という観点もあることが欠けているように思われる。要するに日本に対するのと異なり、西独に対しては、対等の文明国として対処していたのである。

 納得できない点をもうひとつ。侵略戦争の定義である。(P40)筆者の言う通り国際法の問題として考える。すると「侵略はインヴェイジョンだと思うでしょうが、・・・アグレッショョンだという」というところまではいい。「単純化して言いますと、侵略戦争は領土などを奪うため、他国に攻め入る戦争です。」と述べているのはいただけない。

インヴェイジョンではない、と言いながら「領土などを奪うため」という道義的判断を使っている。アグレッションは文字通り「先制攻撃して開始された戦争」のことを言うだけであり、意図とは何の関係もないのである。「不戦条約」の侵略戦争の概念の反対の自衛戦争とは当事国が自衛か否か判断する、という留保がつけられている、有名無実なものであることはよく知られていることを付言する。

さらに「交戦権が認められ、捕虜となった場合、人道的待遇を受けることができる(ゲリラなどはそうではない)。(p87)」と書かれているが、これも間違いである。1977年のジュネーブ条約の追加議定書で現在はゲリラも、武器を公然と携行することを条件として捕虜となることが認められている。

すなわち同議定書第四三条の1に「紛争当事国を代表する政府又は当局が敵対する紛争当事国により承認されているかいないかを問わない」とされている。(出典:国際条約集、有斐閣)正規軍と非正規軍との区別をなくしたのである。これは条件付きであるが、ゲリラも捕虜となる資格のある戦闘員とみなされると解釈されている。侵略の記述といい、これだけの知識のある筆者がこのことを知らないという事は不可解である。正確に言えば、正規の政府軍に対する、反政府軍も、条件さえ満たされれば、交戦法規が適用される、と言うことは立作太郎氏によれば、戦前から慣習として認められていたのである。

面白いのは人の変節である。安保法制の議論で立憲主義に反する、として反対論を展開した小林節慶応大学名誉教授は護憲派学者として有名になったが、平成8年頃「憲法守って国滅ぶ」と言う本が改憲論として出された。(P88)この気の利いたタイトルで護憲派を揶揄したのが、小林節氏だったのである。

ドイツの憲法学者のヘッセの「憲法は、平常時においてだけではなく、緊急事態および危機的状況においても真価を発揮すべきものである。憲法がそうした状況を克服するための何らの配慮もしていなければ、責任ある機関には、決定的瞬間において、憲法を無視する以外にとりうる手段は残っていないのである」(P94)と書く。

至言であるが護憲派は、日本が侵略戦争をはじめない限り「危機的状況」すなわち戦争は起こらない、と考えているのである。瀬戸内寂聴氏はクェートに侵攻したイラクを撃退しないと、クェートはイラクに併合されるがいいのか、と質問されると答えは、かまわない、とのことであった。その理由はソ連に併合された東欧諸国も、現在は独立をしている、ということであった。彼女にはソ連に併合された東欧の辛酸と、未来にまで残る東欧の苦しみに思いをはせることはできないのである。小生は湾岸戦争に賛否はあっても、東欧の例を引く彼女の無神経は信じられない。

日本の共産党の便宜主義は昔から有名である。元々共産党は憲法九条改正派であったが、今は護憲派のごとく振る舞っているのに、天皇制廃止論はあくまで捨てていない。ご都合護憲である。日本の共産主義の大御所だった向坂逸郎氏は、非武装中立論を唱えていた。ところが雑誌「諸君」でのインタビューで、社会主義政権でない間は非武装でいくべきか、と質問され、イエスと答え、本音は軍備を持つべきだが、当面は非武装でいくべき、という本音を言った。(p143)

共産党と同じ便宜主義である。向坂氏は恐ろしい人である。昔小生が見たテレビのインタビューで、共産主義政権になると政治思想がひとつだから、共産主義以外の思想を持つ人がいたらどうしますか、と言う質問に対して向坂氏は「弾圧する」と断言したのが忘れられない。共産主義者の本音である。共産主義国家の思想弾圧は、共産主義の本質からきていることの証明である。


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