ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

脳梗塞などで半身不随になった体を2週間の入院で改善する磁気刺激治療法

2010-03-15 06:47:56 | 
 昨日、テレビで脳梗塞や脳溢血で半身不随になった体を、脳に磁気の刺激を与えることにより、不自由になった手が瞬く間に、治っていく映像が映し出されていました。

 慈恵医大のリハビリテーション科の阿保雅博医師が取り組まれている治療方法で、面白いと思ったのは、ダメージを受けたほうの脳に刺激を与えるのではなく、よいほうの脳に磁気の刺激を与えることでした。

 よいほうの脳に刺激を与え、よい脳の活動を停止させることにより、悪いほうの脳が活性化してくるという治療方法なのです。 何年も動かないで諦めた人でも効き、通常2週間の入院治療で、手の運動の改善が進むという実際の患者さんを映していました。

 足のほうの刺激は脳の深層部にあり、磁気を当てにくく、まだ研究の余地は残されているようです。 半身不随になって半ば諦めている方が多い中で、嬉しいテレビ番組を見ることが出来て、よかったなあと改めて思いました。

 呼吸法によって体の中の気の流れを良くし、経絡に沿ってある神経の線を刺激することにより、半身不随を改善する方法もよいのですが、直接、脳に磁気を刺激する治療方法も、よりよいかもしれません。

「無」とは全く何もないことなのか無限大の意味なのか

2010-03-14 10:38:22 | 座禅
先日、仕事仲間の一人が、月に数回都内のほうで座禅会に参加している方と、座禅について話をしました。 そのときに「無」とは全く何もないということなのか、あるいは無限大を意味するのかということでした。

 私自身は座禅の時に、時々吐く息をゆっくり吐きながら、大宇宙の中で自分ひとりが。ぽつんといるというイメージを、行なうことがあります。 宇宙衛星から地球を見ます。 テレビや新聞報道で、私達はその映像を見ることが出来ます。

 青い海があり茶色い台地が見え、白く浮かぶ雲が見えます。 そのような映像を思い出しながら、吐く息をゆっくり吐きながらイメージします。 大きく見えた地球から少しずつ離れていきます。 大きく見えた地球は、バスケットボールぐらいの大きさになってきました。 更に離れていくと、ソフトボールぐらいの大きさになってきました。 更に離れていくと、ピンポン玉の大きさに。 更に離れていくと点しか見えなくなります。 更に離れていきますと、もう何も見えません。 気がついてみると、果てしなく拡がる大宇宙の中に、自分ひとりがいます。

 そのようなイメージができますと、不思議なことに耳がキーンとしてきます。 これが「無」のイメージです。 無限に広がる宇宙に比べれば、私自身の体はほんの点でしかありません。 そんなイメージをしながら座禅を行なっていますと、「無」と「無限大」が表裏一体のような気がしてくるのです。 

 「ゼロ」の概念をつくった古代インドでの話を思い出しながら、限りなくゼロに近いという感覚が、逆に無限大という反意語とが重なり合っているようにも感じるのです。 静かに呼吸法を伴いながら座禅を行っていると、そんな感覚に自然になってくるのです。

知人が前立腺ガンの手術をすると聞いて

2010-03-12 14:26:26 | 
 男性は、一定年齢以上になると前立腺が肥大し、場合によればガン化してしまいます。 先日、知人から近ぢか前立腺のガンの手術をすると話してくれました。 手術でガン化している部位を切除するのはいいのですが、目に見えない小さなガンは、体のあちこちに血液など通して、散らばっていると考えたほうがよいのです。

 実はがん細胞を切除することが、ガンに向き合う先ず第一歩なのですが、ややもすると私たちは、切除してしまえば、もう済んだと思いがちなのです。 ガンに対して有効な手段ではない、抗がん剤の使用や放射線の治療は、決して私達の体を、健康な体には戻してはくれません。 それよりも、違う方法を考えたほうがよいのです。

 私はまだゲルソン療法という食事療法を行なったことがありませんが、毎日食する食事の考え方を見直すということは、とても大切なことであるように思います。 ゲルソン療法の基本的な考え方は、がん細胞の嫌いな(栄養源にならない)食材を食べ、食材の本来持っている生命力をいただくという考え方です。

 精米や精白した砂糖、パンは極力食べない。 玄米や精白しない砂糖や、パンを食べます。 出来るだけ塩分は控え(塩分はガン細胞の好物のようです)、油も摂取してよい油以外は摂らない。 肉食をやめ魚を摂取し、野菜を豊富に摂ることが大切です。 出来ることなら日本食を原則とします。

 ゲルソン療法を自身がガンに罹り、たまたま知ったゲルソン療法で治った人々の記録をつづった本を読み、奥さんの協力を得て実践し、治癒までこぎつけた星野仁彦医師がおります。 私はその方の講演のテープを聴いて、これは本物だなと思ったのでした。 

 星野医師によれば、いい加減な食事をしてきた人ほど、がん細胞にはてきめんに効くということでした。 勿論、逆腹式呼吸も、自分の意志さえあれば出来る、自己免疫力が高まる方法ではあります。

胎息は私達みんなが胎児の時に行っていた呼吸です

2010-03-11 07:21:10 | 胎息
 胎息という呼吸があるのを知ったのは、座禅(静功)行なってから1ヶ月も経たないころです。 その本には、具体的な呼吸の仕方については、何も書いてありませんでした。

 私は座禅をはじめた当初、何も分からないままに、吐く息を出来るだけ長く、イメージで体の中へ吐きながら、吐く息だけに意識を集中しながら、真っ暗な部屋の中で1時間の座禅を、行っていました。

 吐く息が体の中へ入っていくのを、自分自身で実感するために、吐く息が聞こえるように、吐いていました。 座禅の声かけをしてくれた大学の級友とともに、1週間に1回の座禅会に行っておりましたが、3回目の座禅会が終わった後で、級友からもう少し静かに座禅をしろよと、注意を受けました。

 次回からは、殆んど吐く息が聞こえないように、吐きました。 それ以来、日常的に我が家で行なう1時間の座禅も、息音を出さない静かさの中で、行っていました。 

 座禅を行い始めて何年か過ぎたある日、胎息という言葉を思い出し、そのころになると、吐く息も殆んど息をしているかどうか、分からない状態になっていましたので、ひょっとして息をしなくても済むのではないかと考えました。

 早速、息を止めたのですが、感覚的には、これが胎息なのかと分かったのです。 息を止めてしばらく座禅を行い、肺呼吸を行おうとすると、苦しい感じがしました。 そのとき、胎息を行って肺呼吸に切り替わる時に、胎児がお母さんのお腹の中から出てくる時に、「おぎゃー」という泣き声は、その呼吸が切り替わる時に出てくる泣き声なのではないと感じたのです。

 私達は、生来、意識しなかった呼吸を意識し、吐く息を出来るだけ長く吐く事によって、胸式肺呼吸から腹式呼吸へ、腹式呼吸から胎息へ、遡って胎息が出来るように、なるのではないかと感じた時でした。

 胎息を皮膚呼吸という言い方をする方がおられますが、基本的には下腹にある臍下丹田が活性化し、心臓のように鼓動をはじめ、気の呼吸が当たり前のように行われて、初めて行なえる呼吸法ではないかと、思っております。

 胎息とは、肺呼吸を伴わない気の呼吸なのです。 

座禅時間1時間の脳内時計があるわけではありませんが

2010-03-08 14:05:37 | 座禅
 吐く息を出来るだけゆっくり吐きながら、吐く息をイメージで体の中へ吐きながら、胡坐を組んで座禅を行います。 禅宗のお寺では、座禅時間は30分が一般的なようですが、30分の座禅時間では、座禅の真の意味での良さを、感得することは出来ません。 野球で言えば30分の座禅時間では、肩慣らしをしたぐらいしか、ならないからです。

 私は10数年前に座禅をはじめて以来、1時間を基本に考えています。 時間の経過とともに、体の中を流れる気が脳を刺激し、その感触がしだいに滑らかになってきます。私の感覚では45分を過ぎたころから、硬かった感触がゆったりと滑らかになってくるのです。 

 吐く息だけに意識を集中していますと、時間はあっという間に過ぎてしまいます。 座禅をしながら、そろそろ時間ではないと時計を見ることがあるのですが、脳内の感触からおおよその推定どおりの1時間に、なっていることが多いのです。

薬を服用しているならお酒は飲まないほうがよいに決まっていますが

2010-03-07 17:10:01 | 
 知人に糖尿病の薬を服用しながらも、お酒を飲んでいる方がおります。 たまにの飲酒なら構わないのですが、アルコール中毒気味になっているのは、人ごとながら、ちょっと心配してしまいます。 また糖尿病が進行し、足を切断した方もおられます。 

 健康診断するときに、糖尿病の境界にかかるようになると、最近のお医者さんは薬の服用を勧めたがります。 今の医療業界の厳しさを反映しているのかもしれませんが、我が家では断固として薬の服用を、避けるようにしております。 安易に薬を服用することによって、自分自身の生活習慣の改善が、ないがしろになってしまうからです。

 現に、親しくしている友人は、運動不足はさておき、まったく薬だけで血糖値のコントロールをしているだけなのです。 定期的に検診し、採血し、薬の量が次第に多くなってしまいがちです。

 糖尿病はすい臓の機能の低下が、その原因の大部分のようですが、風呂の入り方を半身浴にして、眠れる臓器の活性化を促し、吐く息を出来るだけ長く吐きながら、吐く息を体の中へ吐くようにイメージしながら、胡坐を組んで座禅を行い、すい臓の活性化を念じることも、よいのではないかとふと感じるのです。

吐く息をゆっくり吐きながら病に罹った患部の治癒を念ずる

2010-03-05 07:31:04 | 
 体の調子が悪くなり、お医者さんに行って検診し、必要に応じてCTスキャンやMRI検査、場合によれば内視鏡検査をして、調べます。 大切なことは、体の中のどこの部分がどのようになって悪いのかを、自分自身が自覚することです。 また、どうしてそのような状態になったかを、反省することです。

 検査の結果を、お医者さんから説明を受けますが、必要に応じてお医者さんがスケッチしたカルテのコピーをもらいます。 それを元に、改めてネットで検索し、自分がどのような病に罹っているかを、再認識することです。

 自分自身で病の患部のイメージをしたうえで、胡坐を組んで座禅をしながら、あるいは上を向いて寝ながら、吐く息をゆっくり吐きながら、病に罹った患部の治癒を念じます。 手術する前からだけでなく、手術した後からも行ないます。 ひたすら吐く息をゆっくり吐きながら念じます。

 すると、患部が自分自身では分からなくても、体の中を流れる気がその患部に集まり、具体的にどこの辺りが、その患部であるかを感じるようになります。
あらゆる時間を使って、念じるようにします。 イメージを集中するために、目を瞑って行ないます。 

 この方法は、自分自身がその意思さえあれば出来ることです。 ぜひ試していただきたいことです

真向法の創始者の長井わたるさんが何故半身不随の脳梗塞が治ったのか

2010-03-04 15:22:57 | 
簡単な柔軟体操で有名な真向法の創始者である長井わたるさんは、40数歳の若さで現在の大成建設の呉支店長になりましたが、そのとき脳梗塞に罹り半身不随になりました。 生家がお寺であった関係で、目にした勝まん経というお経に中で「頭面接足礼」という言葉に出会い、これはどんな礼なのだろうかと調べました。

 それはお釈迦様のお話を聞いた時の礼であるということを知り、その礼から真向法の基本の第1体操をつくり、それから第2から第4までの体操を、考え
自ら実践しました。 真向法の体操を始めて数年後に、気がついたら半身不随の体が、治っていたといいます。

 私も友人から真向法の体操を聞き実践しましたが、右ひざが悪く途中でやめてしまいましたが、体を曲げる時に息をゆっくりと体の中へ吐きます。 すると、なかなか曲がらなかった体も、少しずつ曲がってくるようになります。

 私自身が逆腹式呼吸を行いながら座禅を行っていますと、体の中にある経絡を刺激し、経絡と絡み合うように流れているという神経の腺を刺激し、特に微細な神経が集中する脳を刺激します。 

 真向法のコツは体を曲げる時に、息を体の中へ吐くことにあるのではないかと感じたのです。 毎日繰り返し繰り返し真向法の柔軟体操を続けているうちに、自然と脳内の神経細胞を刺激し、半身不随の体が回復していったのではないと、思われます。

座禅の姿勢を時々チェックする

2010-03-03 07:18:36 | 座禅
 胡坐を組んで頭のてっぺんが天から引っ張られるような感じで、上体を維持しますが、時々、上体が正しい姿勢になっているかどうかを、チェックします。

 上体を真っ直ぐにして、背中の一番下のお尻を軸にして、そのまま前に倒します。 前に倒した上体を元に戻した姿勢が、正しい姿勢になります。 ややもするとすとんと、お尻が落ちてしまう姿勢になりがちです。

半身浴をしながら友人達の元気回復を念じる

2010-03-02 07:25:57 | 友人
 昨夕、近くに住む友人が、スーパー銭湯の帰りがけに寄ってくれ、40数年前に高校を卒業する前に、伊豆へ無銭旅行した話をしてくれました。 温かく何もいわずに迎え入れたくれたのは、キリスト教会であって門前払いをしたのは、臨済宗のお寺であったといいます。

 また、仕事を通してトラブル処理を積極的に引き受け、嫌なこともあったけれど、そこからの出会いもあり、今でも年賀状のやり取りが続いてる、お客さんもいるといいます。 そこでの出会いの中で感じたことは、人のことをさげすむような感じで対応したのは、総じて先生、医者、お坊さんであったといいます。

 あるお宅に伺った折、住宅の不具合があり、最後の支払いが済んでなかったのですが、泥んこになりながら床下に潜ってみたそうです。 その方が勤める会社は、日本でも有数の大手の建設会社でしたが、自ら泥んこになって建物の中を、調査したものがいなかったそうですが、友人はその不具合を感じ、お客さんの立場に立って、その後出来る範囲のことをしたそうです。 結果的に会社にはもらえない金額を査定し、最低限の金額しかもらわなかったということです。 勿論、今でもその方の交流は、続いているとのこと。
 
 そんな友人が、最近は4年ほど前から、朝湯の半身浴をしながら、体の具合の悪い友人達の、元気回復を願って念じていますと、話してくれました。 最後に、ちょっとだけ自分自身のことを願うとのこと。 なかなか他の人のことを、そのように考えることは出来るものではありません。 友人には、吐く息をゆっくり吐きながら行なうと、もっと思いは通じるかもしれませんね、とアドバイスしました。

 楽しいひと時でした。