ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

友人の著作 届けられなかったラブレター の改訂版の前編を読んで

2017-08-23 03:48:30 | 友人

私が8年間勤めた事務所を辞め、独立したばかりで仕事もないのに、あえて経済的に余裕がなくても精神的には余裕は持てるはずと、一念発起して朝の6時から9時過ぎまで、雨が降らない限り毎日、近くの市営コートで一緒に3年間テニスをやった友人が、数年前に学生時代に知り合った友人の妹さんへの、届けられなかったラブレター と云うタイトルで、本を書いて自分で製本して、読んで欲しいと云われて読みました。

その本を改めてフィクションも交えて、前編と後編に分けて作ったので、改めて読んで欲しいとと先日、久しぶりでお茶を飲みながら受け取りました。

前文では、全体として暗い印象はあったものの、恋した人へのひしひしとした愛情を感じながら、読ませて貰った記憶があります。 友人とは奥さんも含めて、気のおけない関係でおります。 何せ、当時は雨が降ってテニスが出来ない時には、自宅の固定電話で1時間も、とりとめないことについて長話をしていた仲でした。

2人とも初めてテニスをはじめたことも幸いに、練習して方法も自分たちで考えて行い、最後は必ずシングルスの戦いで終わります。 試合結果は6対4か7対3の割合で友人が勝っておりました。 友人は体が大きい割合に、柔軟性のある試合運びでした。

友人の改訂版を読み込んでいる内に、あれ、前文では話の展開は、こうであったのに、ちょっと違うなあと思いながら、その都度、友人にSMSを送りながら、やり取りをしておりました。

前文を読んでいなければ印象は違っていたかも知れませんが、友人の学生時代の経済的、時間的な厳しさから、あえて恋する人から遠ざかってしまう、暗いながらもひた向きさが強く感じられたものでした。

改訂版は、そのどうしようもない暗さはないものの、前文を読み込んでいた私にとっては、ちょっと違う印象を持つものに変わっておりました。

然しながら、恋人に対する想いの強さや、その表現力には改めて感心させらてしまいます。 創作とは云え恋人に対する恋心の強さを感じました。

私は決して「さようなら」と云う言葉は使いません。 友人は、さようなら と云う言葉を発してしまったのか、或いは心に持ってしまったのでしょうか。 ドイツ語では別れる時に、アウフ・ビーター・センと云い、その意味は、また会う日までと云うことを、高校時代に習っていたので、何時も、そのような気持ちで私自身は想っておりますが。

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2 コメント

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さようならについて (朝陽のぼる)
2017-08-30 00:47:55
龍之介様
本当にテニスでは仲間へ入れて頂きありがとうございました。私が勝てなかった人にも貴方は勝った。続けていれば私など足元にも及ばなかったと思います。ブログを拝見して「さようなら」についてですがメールのバトルではすまされなく、考え方に未だ距離感を感じます。さようならを「発してしまった、心へ思ってしまった」事柄は私の意図することとは随分かけ離れた解釈されていると思い、一筆書き添えさせて頂きます。龍之介さんは人格者であり、寛容な人と日頃から尊敬しています。龍之介の云わんとする「さようなら」も分かりますが、私が意図する「さようなら」はもっと重たく深い意味が込められた日本語のさようならです。彼女の幸せを願わんばかりの同じ道を歩まない決意を持って発信した分岐点のさようならです。決して言葉を発してしまったというような軽いもではなく、日夜苦悶した結果です。色んな意味のある「さようなら」の中で何を指しているかをご理解下さい。
貴方の恋人に対する恋心の強さは (龍之介)
2017-08-30 09:31:35
コメントを敢えてブログに書いたと云うことは、それだけ違うんだ、自分の気持ちは、そんな軽いものではないんだと云うことを、改めて訴えたいと云うことだと思われます。

私は、前文を読んで、そのことは十分、認識した上で、私は自分の場合は、どんなことがあっても、さようならと云う言葉は、決して使わないと思っております。

私は、前文を読み、貴方の恋人に対する恋心の強さは、当時置かれていたご自分の境遇や環境の非常なる厳しさから、敢えて「さようなら」と云う気持ちを持たざるを得なかったと云うことも、とても貴方の気持ちと同期して、認識、理解しているつもりです。

なおかつ、今回の改訂版の前編でも、創作を交えながら、彼女への恋心の強さを、繰り返し表現されていると思います。

そのようなことを十分理解した上でも、私は決して、{さようなら」と云う言葉は使わないし、使いたくないと感じているのです。

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