ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

ひとのお世話をさせて貰うようになったのも母の遺伝子があるからか-3

2016-08-26 11:08:15 | 自分

上野松坂屋の斜め前の北大門の家の跡には、パチンコ店が出来ていて、仲町の家は、大体この辺りと云う見当がつくも、建て直されていて分かりません。 茅町の家の跡には、開発されて飲食店ビルが建っています。 昨年はここで黒門小学校のクラス会が開かれました。 また姉のクラス会は毎年、10月の第3土曜日となっていて、昨年は同じ日にクラス会がありました。

 

大塚の家は、現在の北大塚3丁目辺りと思われ、20年ほど前に以前あった家まで、大塚の駅から歩いて行きました。 周辺は印象的には4mに満たないような道路で、家の北側にあった広大な空き地には、公的な建物が建っていました。

 

夏の夕方に、空一面に稲光が轟きと共に、かなり長い時間続き、今でもその雷の印象は、心に残っています。

 

姉と共に電車で御徒町にある黒門小学校に通ったことを思い出します。 茅町の家には七面鳥やニワトリがいましたが、あるとき突然、今まで飼っていた七面鳥などが食卓に並ぶとき、とても嫌な思いをした記憶があります。

 

大塚の家になったときに、母は柴犬の子どもを家に連れて来ました。 ボビーと云う名前で、姉は守谷に移り住んだときに、犬の名前を同じ名前にして、可愛がっていました。 動物は飼えば家族の一員となり、天に還ってしまうと、しばらくは放心状態になるものです。

 

我が家でも、ヒマラヤンの雌猫がいましたが、成年になって悶えるようになってからお見合いをし、面食いのためか上手くいかず、結局、本で見つけたブリーダーの家まで行って、雄の子猫を買って来ました。 

 

子どもを初めてお母さん猫が産んだときには、子猫も首をくわえて見て頂戴といわんばかりに、見せて歩いていました。 最後まで残った龍之介の名前をとって、私のインターネット上のハンドルネームにしております。