言葉のクロッキー

本とかテレビその他メディアから、
グッと感じた言葉・一文などを残してゆきたい。
その他勝手な思いを日記代わりに。

能楽師ワキ方 宝生閑 81歳

2015-07-11 | 語録
日本の芸能を誰が継ぐの。 日本の国がつなげてくれるか?
役者がやっぱりそういうところで、ちゃんと教わったものをつなげていかなきゃ、つながんないんじゃないの。

舞台にあがる人間はその時代の人間にならなくちゃなんない。
舞台をその時代にもっていかなくちゃなんないんじゃない。
だから最初に出た時にもう完全になりきる気持ちもないとね。なかなか持ってけないわけだろ。
習ったものを大事にして後へつなげていく心がないとつながっていかないわけじゃない。

お客さんがやっぱりなぐさめてくれなきゃ困るんだよ、舞台に立ってる人間は。
自分はどうなったっていいんだから。舞台で死んじゃったっていいんだからね。
いくら苦しくたって出なくちゃなんねえんだよ。
明日の稽古がうまくいくかどうか、そこまでもつかどうかだ もう。

死んじゃうかもしれないしな。ほんとこれは寿命だからわかんないんだけどね。
寿命を知っちゃって生きてるんだからね。 人間っていうのは。


                     耐えてなぐさめて生きる  NHK ハートネットTV

平成27年前期図書館借出

2015-07-06 | 読書 本
1  チベットに舞う日本刀
2  ジーン・ワルツ (名医というものは、倫理や道徳を越えたところに存在する。理屈ではない  海堂尊)
3  鷲と雪
4  蝉しぐれ
5  陰陽師・蒼猴の巻
6  パリの国連で夢を食う
7  秘剣・柳生連也斎
8  だからこそ、自分にフェアーでなければいけない
9  世阿弥のことば100選 (・・・たったこれだけの動作しか行われない能は、言葉の力を信じ、言葉が喚起するイメージを最大限に生かそうとする劇なのだ。 小田幸子)
10 立川談志鬼不動  
11 黒川能の里
12 信長私記
13 鬼の研究
14 能と唯識
15 花の翳 (いかほど激しく動いても、いささかも周囲の空気を乱すことのない整然たるもの。いかほど休みなく舞おうとも、瞬時も姿体の輪郭がぼけることのない厳格くなるもの。それが能の動きであり、それこそ、極致ではないだろうか。  金春信高)
16 横道萬理雄の能楽講座
17 私が愛した官僚達
18 外務省に告ぐ
19 至高の靴職人
20 飛狐外伝
21 謎の空海 (仏が示す化城のように、言葉によって幻影を見せることはできる。文殊菩薩が問い維摩が無言をもって答えるように、経典は言葉によって、言葉にならぬ奥義を示しているのだ。言葉によって言葉にならぬ真理を示す。それが仏教経典であり、言葉とはそれほどに重いものだ。それゆえにあえて言っておきたい。教えとは言葉だ。言葉だけが教えだといってもいい。言葉だけが実在であり、言葉にならぬものは無にすぎぬ。わしは言葉を信ずる。言葉だけを信じる  三田誠広)
22 僕って何
23 詐欺の帝王
24 柳生非情剣
25 足利義満
26 下町ロケット
27 泥の花
28 風の呪殺陣
29 見知らぬ海へ
30 努力とは馬鹿に恵えた夢である
31 影武者徳川家康
32 ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (医師の言う’(癌が完治する)確率’には数字で測れないものは入っていない。人が回復するかどうか予測できる確かな方法などないし、予測しようとすること自体が間違っている。それに予測には人から希望を奪う。希望は恐怖の唯一の解毒剤なのだ。  ランス・アームストロング)
33 天皇の料理番

映画「躍る旅人」

2015-07-02 | 映画 音楽
ロマではない。観世流能楽師・津村禮次郎の肖像である。能楽師というけれど津村は現職の日蓮宗の僧侶でもある。能楽師としてその立ち位置を確たるものにしておきながら、バレエやパントマイム・詩の朗読・バリ舞踊など様々な分野で活躍する若きアーチストと共演する。70をいうに越え、津村の子供とも言える年代の若い踊り手と共演を果たす。年の差もなんのそのという元気の良さだ。能楽師が共演をするというのは大抵、歌舞伎とか日舞とか日本の伝統芸能の先手の人びととが主だと思っていたけれど、津村は違うのだ。しかし70歳を超えてなお、なぜ新たな表現を求めて異なる分野の身体表現に挑戦するのだろうか。共演した演目で、能の表現をより際立たせようとするのだろうか。異分野と共演することで、新たな表現を作りだしたいというのであろうか。あるいは能楽師としてその表現を高めようというのだろうか。映画は110分。監督の三宅流は「フィルムは、約5年間、300時間を超えるフィルムを編集して作成した」という。答えはその中にあるのかもしれない。映像も音声も素晴らしい。でも古典と現代とのコラボというのはどうもすんなり理解できない。狂言ではないが、
古典は守って滅びても良いのではないのか。