建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

日本の建築技術の展開-18・・・・心象風景の造成・その3:妙喜庵 待庵

2007-05-04 11:37:53 | 日本の建築技術の展開

[文の表現修正、追加:5月4日6.45PM]

 利休がかかわったとされる茶室。1582年(天正10年)ごろにつくられたのではないか、とされる。二畳、と言っても一畳が大きいから、芯々約2m角(平面図)。
 秀吉が訪れた、秀吉がつくらせた・・・などといろいろ伝説があり、不明な点が多いが、利休の考えが表われているというのは間違いないのではないか。凛とした空気がただよう。

 この茶室「待庵(たいあん)」は、「妙喜庵(みょうきあん)」と名付けられた母屋:書院の縁先から、履物にはきかえ、茶室の壁に沿い畳石(延段ともいう)の露地をつたい、突き当りを左に折れ、にじり口へと歩む(図、写真参照)。

 縁先を下りるとき、木の間越しに、遠方の風景が見え、ことによると淀川の流れも見えたかもしれない。ここは天王山が淀川へ落ち込む斜面の中腹。川向こうには岩清水八幡のある丘陵も望めたはずだ。今は、宅地化の進んだ風景を隠すように、茂った生垣になって、風景は見えない(大分前に撮った8mmがあるはずなのだが、どこかに埋もれてしまって行方不明で参照できず)。
 そういった遠景から直ぐ目の前の建物の壁と足元にひろがる地面、石畳、樹木、苔・・、のつくりだす近景まで、そういった目に見え、体で感じられるものすべてが、歩みながら、心のうちに、刻々と変る心象風景を描きだす。歩を進めるにつれ、気持ちは心地よく茶室でのひとときへと変ってゆく。

 石畳は、目の不自由な方でも気持ちよく歩を進めることができるのではないか、と思う。なぜなら、足元を気にしないで歩いても、踏み外すようなことはなく、足の赴くところに石がある。これは、この時代の道や飛び石のすべてに共通していると言ってよく、最近の点字ブロックの無神経な設置とは雲泥の差。

 そして、にじり口から中へ入れば、ほんの6~7mしか歩いていないのに、つい先ほどまでいた母屋・書院ははるか向うにあった気分になっている。
 客人の気持ちを、徐々に(たちまちのうちにではなく)そのように導いてゆくために露地はある、と言ってよい。

 このような「操作・演出の技」は、古代以来、この国の独特の風土の中で人びと(公家、武家、庶民を問わない)の心の内に描かれてきた幾多の心象風景と、それを鋭敏に感じとるべく培われた感性によって(万葉集や古今和歌集などの詩の世界に表われている)、継承され、洗練され、鋭利鮮明になってきた「技」の一つの過程、一つの帰結と言えるのではないだろうか。
 簡単に言えば、環境・空間と人の関係について、すぐれた洞察力が培われていなければ、あり得ない。そして、このようなこの時代の人びとに(武家も商人も問わず)共通に在った「感覚」の存在が、「禅宗思想」に接近した理由であったのではなかろうか。


 この書院~茶室の間に生まれる心象風景を実感するには、実際に訪れるのが手っ取り早い。
 しかし、図面や写真からでも、図や写真が伝える「情報」から、その場、空間を頭に描き、その際生じるであろう感懐に思いを馳せれば、一定程度は理解できる。まして、一度実際に訪れていれば、図面や写真は、たちどころに実際を思い浮かべる手立てとなる。

 とかく、建築の図面や写真を、紙の上に示される形:パターンで見てしまいがちだ。図は空間を表示するための手段、写真は空間の一側面を切りとったにすぎない。つまり、それがそのまま空間を示しているわけではない。
 しかし最近は、紙の上の(最近ではディスプレイ画面上の)パターンの《恰好よさ》で決めた設計、あるいは写真写り(だけ)を気にした設計が多いように思う。
 おそらく、空間と人との関係についての認識が希薄になったのではないだろうか。分りにくく迷子になる建物や街、意味不明な形体の建物が増えているのは、多分、そのためだ。
  
  註 上の段落、修正・追記

 折角長い時間をかけて培われた「空間・環境は人びとの心象風景をつくりだす」という根本的な認識、そして「心象風景のために空間形体をつくりあげる」という技法:財産を、急速に失いつつあるように思うのは、私だけだろうか。

 平面図は「日本建築史基礎資料集成 二十 茶室」、配置図および書院広縁カラー写真と茶室内モノクロ写真は「日本の美術 №83 茶室」、露地と茶室内のカラー写真は「原色日本の美術 15 桂離宮と茶室」より転載。

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