まがいもの・模倣・虚偽からの脱却・・・・ベルラーヘの仕事

2006-12-08 01:57:54 | 設計法

 日本で建築の西欧化(近代化):西欧のいわゆる「様式建築」の習得:を目指した教育が始まり、伊東忠太が主導権をにぎり、西欧のどの様式を採り入れるか、などの論議に熱中していた1890年代(12月5日の「日本の『建築』教育」)、すでにヨーロッパでは一歩先へ進む動きが胎動していた。

 19世紀末のヨーロッパの建物は、言ってみればめちゃくちゃな様相で、過去の様式の適当な寄せ集めで表層を装う類が横行していたという。そして、今のヨーロッパの街並をつくっている建物の大半は、この種の建物だそうだ。

 同じ時代、このような風潮の建物づくりを、「倫理性の欠如」として、嘆き、批判し、弾劾する動きがなかったわけではない。もちろん少数派だ。しかし、発言し、行動した。
 その一人がオランダの建築家、ヘンドリック・ペートルス・ベルラーヘ(Hendrik Petrus Berlage,1856~1934)である。彼は、当時一般に流行していた建物を「まがいものの建築、すなわち模倣、すなわち虚偽(Sham Architecture;i.e.,imitation;i.e.,lying)」として弾劾し、「われわれも両親も祖父母も、かつてなかったような忌むべき環境(surroundings)に生活してきた。・・虚偽が法則(rule)となり、真実(truth)は例外となっている」と述べた。
  註 i.e.=that is:すなわち

 そのH・Pベルラーヘが設計したのが、上掲写真の「アムステルダム証券取引所(1898~1903)」。
 この建物からは、一見したところ、何ら新しい点は見出せない。材料は各種の石にレンガ、19世紀らしい材料は鉄とガラス、それとても他のそれらを使った同時代の建物に比べれば控えめだ。先のラブルーストの建物のように目を見張るようなところはない。

 ベルラーヘは、ロマネスクの建物に興味があり、中世の建物を地道に調べていたようだ。
 ロマネスク:通常区画される時代区分では数百年におよぶ。もちろんロマネスクという呼称は、後の時代の人が、いわば「勝手に付けた分類名」にすぎない。
 要は、中世、十字軍の派遣で荒廃、疲弊したヨーロッパ各地で、かつてローマ帝国が遺していった建物遺構に範をとり、ときにはそこに材料を求め、各地の名も無き人びとが、信仰の場を自らつくり上げていった、それら一群の建物、素朴にして、率直な、必要なもの以外、余計なもののないつくり、・・それらが通称ロマネスク建築。後のゴシックなどよりも数等心をゆるがす凄さ、人懐っこさがあり、私も好きだ。それは、日本を含め、各地の農山村に遺る住居や農作業小屋などの建物に感じる「何か」と同じである。  

 ベルラーヘは、「・・裸のままの(飾り物のない)壁をすべて、その滑らかな美しさの中に表すべきだ。・・角柱も円柱も、壁からとびだす柱頭など付けるべきではない。平坦な壁面に融合されるべきなのだ・・」と述べているという。
 柱頭:キャピタルは、本来、日本の斗や肘木に相当する役割を持っていた部分。その役割が必要なくなってからも、西洋では、飾りとして、形式として、柱の上に設ける《慣わし》が長年にわたってあったのである。これは、日本で、平安以降、桔木を使うようになってもはや不要になった斗や肘木を、形式的に付け続けたのと同じようなもの。
 ロマネスクの建物の多くには、そのような「飾りもの」はない。柱型は素直に壁に移る。おそらく、彼は、ロマネスクの建物に「本物」を観たのだろう。

 この考え方を実行に移したのが「アムステルダム証券取引所」である。たしかに、その表情には嘘偽りがない。力の流れが素直に見える。鍛鉄製のアーチ梁を受ける柱型、それの壁への取り付き方。すべて納得が行く。材料の使い方も素直にそれに応じる。だから、見ていて疲れない。心地よい。決して19世紀の先端を行くつくりではないが、それでいて「新しい」。
 
 かつて、横川の変電所の遺構に接したとき、そのつくりかたから受ける感じは、どこかで感じたのと同じだ、と思った覚えがある。その「どこか」が、「空間・時間・建築」で見た「アムステルダム証券取引所」だった。

 今、東京をはじめ都会に続々と建つ建物。都会に暮す人たちは皆、あの姿に共感を感じているのだろうか。
 倫理性の欠如、などと大それたことは言わない。節操がない。倫理性以前の話。

 写真は“Space,Time and Architecture"よりの転載。
 解説は、同書および近代建築史諸資料による。 
 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 閑話・・・・月に思う | トップ | 「実業家」・・・・「職人」... »
最新の画像もっと見る

設計法」カテゴリの最新記事