日本の建物づくりを支えてきた技術-21・・・・浄土寺浄土堂の「建て方」

2009-01-17 20:54:33 | 日本の建物づくりを支えてきた技術

[註記追加 1月18日 0.14][文言改訂追加 0.37][同 9.59]

「浄土寺浄土堂」の「建て方手順」について、「国宝 浄土寺 浄土堂 修理工事報告書」の報告を紹介するため、説明用図版編集作成に時間をいただきました。

その際、残っていた「頭貫」の納め方と「頭貫」とその周辺に取付く諸部材:「肘木」「斗栱(ときょう)」の納まりも同時に紹介するつもりで、その図版もつくったのですが、ただ、「頭貫」とその周辺に取付く「肘木」「斗栱(ときょう)」は、いわば軸組の「建て方」が終った後の段階の仕事です。
また、「建て方手順」と「頭貫」まわりを同時に紹介するとなると分量が多すぎます。
そこで今回は、「建て方手順」だけを説明して、「頭貫・肘木・斗栱」の取付きの様子、その解説は次回にまわすことにします。


上の上段の図は、「建て方」の順番を図に示したものです。「修理工事報告書」所載の図を転載・編集しました。

先回までに、各「貫」がどのように組まれているか、下から順に説明してきました(「頭貫」は次回です)。前にも触れましたが、それはあくまでも、いわば設計図的解説で、建て方の順番の説明とは無関係です。

「浄土寺浄土堂」の修理は、全体を解体しての修理という大工事です。
そして、解体にあたっては、どのように組み上がっているのか、修理後新たに建てるとき、どのような順番で建てたらよいかを考えながらの解体であったようです。

なぜなら、古代の寺院建築は、いわば「下から順に積んでゆく」方法ですから解体も建て方も簡単ですが、浄土堂のようないわゆる「大仏様」の建物は、単に積んでゆく方法ではないからです。

   註 以前に紹介した「東大寺鐘楼(しゅろう)」は、
      「大仏様」の建て方の手順を考えるには、
      建屋が小さく、しかもどこからも見ることができ、
      対象として好適です。写真だけでもよく分ります。
      下記参照。
      「東大寺鐘楼・・・・進化した大仏様」
      「東大寺鐘楼-2」 
      「日本の建物づくりを支えてきた技術-15」    

「浄土寺浄土堂」の場合、修理工事調査担当者は、いろいろ検討の結果、「柱」を立て、先ず「飛貫(ひぬき)」を通し軸組を固めることから始めた、と判断しています。

その理由は、四周全体に取付く「胴張り」付きの「飛貫」は、側柱内で「鉤型付きの相欠き(略鎌)」で継ぎ、しかも隅の柱内での仕口も「相欠き」であるため、柱を立てながら取付けて行かねばならない:つまり「建て込み」にしなければならないからです。
たしかに、「飛貫」が組まれると、軸組:柱列が固まります。これは、古代の寺院建築では考えられないことです。

   註 「足固貫」は、後から差し込むことができます。
      「胴貫」は数が少なく、「飛貫」とともに組めばよく、
      「頭貫」は、「貫」と言っても、柱を貫通してないので
      上から落し込めば済みます。

次に、どこから始めるかを考えるにあたり、調査者は、最後の「飛貫」を、どこに、どのように建て込むか、を考えています。
そして、正面の入口部で「飛貫」が「方立(ほうだて)」(建具:扉を納めるための縦枠)で二分されているので、ここで逃げられる、と判断しています。
更に、入口左側の[柱3]か、隅の[柱4]かを考えた末、「飛貫」が柱内で交叉する東南角の隅柱[柱4]柱から「時計まわり」:右まわりで進めるのが妥当、と判断しています。

   註 [柱1]から、「反時計まわり」で進めることも可能です。 

以下、順を追って、「報告書」の内容を、上図を参照しつつ、要約紹介します。

恐縮ですが、いちいち上図に戻るのは面倒かと思いますので、上図をプリントアウトしていただき、それを片手に読んでいただくのがよいかと思います。[註記追加 1月18日 0.14]
図中の赤い〇で囲んだ数字(ex①、①イ・・・)は、「建て方」の順番を示し、また①イ・・・は、①の工程の中の順番を示します。
その工程ごとの説明が、以下の①・・・に対応します。

第1工程

①・・・・[柱4]:東南隅柱を据える。
     この柱内で、「飛貫+肘木」が「相欠き」で交叉する。
       南側の「飛貫+肘木」が「上木」
       東側:正面側が「下木」
      註 1月8日の「飛貫」の分解図等を参照ください
         「日本の建物づくりを支えた技術-20」
      
①イ・・・南側の「飛貫+肘木」(上木)を[柱4]に差す。
①ロ・・・差した「飛貫+肘木」(上木)を1.05尺高の差口いっぱいに押上げ、
     その下側に東側の「飛貫+肘木」(下木)を通す。
     「上木」を落して「下木」に噛み合わせる。

    註 仕口は先に「下木」を据え、「上木」を噛ませるのが普通。
       「上木」を先行させる理由の解説図が、二段目の図です。

       普通「相欠き」の噛みあう部分:高さは「上木」「下木」同寸。
       つまり、噛みあい部の高さの1/2ずつにします。[文言追加] 
       ところが、この例では、
       「上木」の欠き込みは4寸、「下木」は3寸になっています。
       また、「下木」の差口が7.5寸×4.8寸であるのに対して
       「上木」の差口は、幅は「下木」と同寸ですが、高さは
       「飛貫」の高さ1.05尺のままになっています。
       通例どおり「下木」を先に据えると、
       「上木」差口の残りは6.5寸×4.8寸しかありませんから、
       高さ7寸の「上木」を差すことができません。
       それゆえ、「上木」を先に差し、高さ1.05尺の差口上端まで
       目いっぱい持ち上げ「下木」を差す、という手順になるわけです。

       欠き込み寸法を2等分ではなく差をつけたのは、おそらく、
       「下木」の欠き残りをなるべく大きくして、
       「下木」が欠き込み部分で折れる危険を避けるためではないか、
       と考えられます。
       「上木」側は、欠き残りが小さくても折れる心配はありません。
 
       正直のところ、欠き込み寸法の差の影響が分るまで、
       そして、「上木」側の差口が大きい理由、
      「埋木:楔」の高さが3.5寸もある理由が分るまで
       暫しの時間を要しました。 

              
②・・・・[柱5]を「飛貫」の継手分(1.6尺)定位置より西側に仮に立て、
     [柱4]からの「飛貫」を[柱5]に差しながら定位置に戻します。
     この場合、下に割竹を敷いて滑らします。
     別の方法として
     [柱4](東南隅柱)を、「飛貫」を通したまま継手分東に傾け
     傾きをもどしつつ[柱5]に「飛貫」を差す方法があります。
     これは、上木側差口の3.5寸の埋木の余裕を使う方法で、
     調査者は、これが「正統」の方法かもしれない、と見ています。
     たしかに、3.5寸の「余裕」の意味も分ります。

③・・・・「飛貫」を[柱4]に差します:①ロと同時の作業。
④・・・・ [柱3]を、[柱4]からの「飛貫」を差しながら据えます。
⑤⑥・・・「飛貫」を差しながら[柱6]を立てます。

 次の西南隅の[柱7]がやっかいです。
  [柱7]を定位置に立てたのでは南側最後の「飛貫+肘木」が差せません。

 そこで、
⑦イ・・・「飛貫」の[柱6]への挿入分(1.6尺)[柱7]を西にずらして仮に立て、
⑦ロ・・・更に図のように南側に少し回転させ「飛貫+肘木」を[柱7]に差し、
⑦ハ・・・回転して戻しながら[柱6]に「飛貫]東先端を差口にあてがいつつ、
⑦ニ・・・[柱7]を、「飛貫]を[柱6]に差しながら、定位置に戻し固定します。
     この作業は、[柱7]下に割竹を敷いて行ないます。
     なお、②で触れた「別方法」も可能です。
⑧・・・・これからは「飛貫」と同時に「胴貫」も建て込みになります。
     [柱7]へ「飛貫」を①イ、ロと同様の方法で差します。
⑨・・・・「胴貫」を[柱7]へ差します。
⑩・・・・[柱8]を、②の[柱5]と同じ方法で、[柱7]からの「飛貫」「胴貫」を
     差しながら立てる。
⑪・・・・次の間の「飛貫」「胴貫」を[柱8]に差す。
⑫・・・・⑩と同じ方法で、[柱8]からの「飛貫」「胴貫」を差しながら
     [柱9]を立てる。

 次は「柱4」と対称位置の隅柱[柱10」なので、①と同じ方法を採ります。
⑬イ・・・[柱10]を「飛貫」の継手分北側(右外側)にずらし仮立てし、
⑬ロ・・・はじめに北側面の「飛貫+肘木]を差します。
      「飛貫+肘木]を差したまま北側に回転させ、
     [柱10]に差した上木の「飛貫+肘木]を差口上端目いっぱいに押上げ、
⑬ハ・・・西面北の間に入る「飛貫」「胴貫」を、
     押上げてある[柱10]の「飛貫+肘木]の下に差し、
     「飛貫+肘木]を落し「飛貫」に噛ませます。
⑭・・・・北面、西面の各「貫」をつけたまま、回転を戻し、
     西面の「飛貫」「胴貫」を[柱9]に差します。
⑮・・・・[柱11]を、[柱10]からの「飛貫」を差しながら、定位置に据えます。
⑯・・・・[柱11]に、北側中の間の「飛貫」を差します。
⑰・・・・[柱11]からの「飛貫」を差しながら[柱12]を定位置に立てます。
⑱イ・・・[柱1]を東側にずらし、時計まわりに少し回転させて仮に立て、
⑱ロ・・・北側面の「飛貫+肘木」を[柱1]に差し、
⑱ハ・・・回転を戻し、
⑱ニ・・・全体を西に戻しながら「飛貫」を[柱12]に差し、
     [柱1]を定位置に据える。
⑲・・・・北側の「飛貫+肘木」(上木)を押上げておき、
     正面北の間の「飛貫」を[柱1]に差します。
⑳・・・・[柱2]を、[柱1]からの「飛貫」を差しながら立てます。

最後に、[柱2][柱3]の足元を左右に開いておき、「胴貫」を入れた後、「柱」を定位置に戻します。

第2工程

次の工程は、「頭貫」の据付けですが、これは落し込みでできるので簡単です(次回)。

第3工程

「内陣」については、この修理では解体をしなかったそうです。
「内陣」も建て直すとするならば、「内陣」から先に建てるのが普通です。
当初も、当然「内陣」を先行したと思います。
「内陣」は1間四方ですから「継手」はなく、どこからでも工事は行えます。
図上の順番は、一つの方法です。

第4工程

「内陣」の「頭貫」を据付。これも簡単な仕事です。

第5工程

「足固貫」を入れる。南面、北面の「下木」を先に、次いで東面、西面の「上木」を入れます。これは、「飛貫」に比べれば簡単です。
ただ、「足固貫」1本の長さが柱間芯々寸法より長いため、柱間に入れるとなると、材を柱径一つ分以上反らせなければ穴に入りません(通常の「貫」では、反らして貫通させています)。しかし、この場合は平角材ほどの寸法の材ですから、簡単には反りません。
「貫穴」が横にも広く開けてあるのは(横にも「埋木:楔」を入れてあるのは)、このことを考えたのかもしれません。

ところで、解体してみたところ、「足固貫」材は、ほとんどが湾曲していたため、柱間に通すのに都合がよかったそうです。
もしかしたら、意図的なものだったのかもしれない、と調査者も考えています。

   註 自然の収縮では、そんなには湾曲しないのでは、と思います。


以上、言葉で工程を説明するのは難しく、「報告書」に書かれていることも理解するには時間がかかりました。

それにしても、きわめてよく練られている「設計」です。
得てして現今の設計は、できあがりの姿に固執するあまり、その姿に至るにはどのようにするのかを考えてある例は、きわめて少なくなっています。
しかし、「設計」する以上は、「工程」まで考えられていて当たり前だ、と私は思います。

「浄土寺浄土堂」や「東大寺南大門」などの工事に当たって、どのような図面が用意されていたのか(それともなかったのか)分りませんが、建て方前、木材を加工する:刻む前に、ありとあらゆることが考えられていなければ、このような建物づくりを実行することは不可能です。
しかも、使われている継手・仕口は各1種類。その場所ごとでの応用で、すべてを律しています。これは凄いと言わざるを得ません。

そして、一人でこの仕事をしたはずがなく、協働者がいたはずです。
そのためには、「事前に考えたこと」つまり「設計内容」を、工人同士が「共有」していないと、仕事をスムーズに進められないはずです。
それを、どのように実現したのでしょうか。知りたいものです。

それにしても、工人たちの計画立案力の凄さは、まさに、「感嘆」の一語に尽きます。
[文言改訂追加 1月18日 0.37][同 9.59]


またまた長くなって恐縮です。お読みいただき、ありがとうございました。

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「上木」側が折れる心配の無い理由 (ARAI)
2009-01-19 19:21:22
丁寧な解説ありがとうございます。建て方のイメージをつかむことが出来ました。
 ”「上木」側は、欠き残りが小さくても折れる心配はありません。”とありましたので、その理由を考えてみました。下木を通すとその飛貫の上側には0.35だけ柱にかかる部分があるので、下木が挿入される向きに力が加わった場合は、上木に力が直接かからないため、上木の折れる心配はないのではないかと想像しました。
 しかし、下木が抜かれる向きに力が加わる場合は下木の力は上木に直接かかってしまうので少し心配です。もっとも下木が挿入される向きと抜かれる向きでは前者の方が力が大きいように思いますので後者の心配はあまりいらない気もします この考えで正しいでしょうか。
 また、単に上木と下木で力を直接伝えたくなくば、”日本の建物づくりを支えてきた技術-20の補足・・・・「小根ほぞ差し」「胴突(胴附)」”にあったように、大入れや胴附などの考え方を飛貫に応用して、飛貫の柱貫通部分を下側でなく真ん中にするとかして柱に力を逃がす方法は有り得ると思います。ですが、貫はむしろ全体に力を緩く伝えることを狙っているためにわざわざそのような工夫はせずに、下木が折れる心配には下木の欠きこみを小さくするに留めたのではないかと思いました。この考え方は的をはずしているでしょうか。
説明不足でした (筆者)
2009-01-19 20:03:54
コメントありがとうございます。

あの説明の文言、「万一の危険」と書いていたのですが、字数節約ではずした箇所です。
「万一」についての説明が不足でした。

あの部分、「相欠き」で納め、「上木」側の厚さ3.5寸の「埋木:楔」が打たれたならば、そしてそれが確実に効いていれば、問題はないのですが、施工の途中、あるいは万一「埋木:楔」が緩んだりすれば、「下木」側の「肘木」にかかる軒の重さで折れる危険性が高くなります。

一方、「上木」側は、欠き込みが下にあるので、そういう場合でも、欠き残り部分が飛貫へと続いていますから、その部分が折れ曲がりに対して引張ってくれ、折れ曲がるのを防いでくれるのです。

「下木」側には、そういう抵抗に「協力」してくれる部分がなく、いわば自前で抵抗しなければならない、それゆえ、多少でも欠き残り部分の高さを大きくしておこう、そういう判断が工人たちにあったのではないか、というのが私の理解です。
説明不足でした・補足 (筆者)
2009-01-19 22:03:45
もちろん、「上木」側の3.5寸厚の「埋木:楔」だけではなく、「下木」側の0.5寸厚の「埋木:楔」も同時に重要です。このことを書き忘れましたので追加補足します。
なお、現在「楔」というと三角形をしていますが、その場合、振動などが度重なると抜け出すことがあります(そのため点検が必要)。
その点、板状、角材状の材を使い、かなり奥深くまで打込んでいる「大仏様」では、その心配はほとんどないのではないか、と思います。
おそらく、ヒノキ材を使い、正規の厚みより5厘ほど厚いものを、先端だけ細め、打込んだものと推定します。柱の方よりも埋木側が締め付けられるのだと思います。
納得しました(肘木のことを忘れていました)+楔 (ARAI)
2009-01-20 03:17:05
 補足説明ありがとうございます。恥ずかしながら、肘木のことを全く考えておりせんで、的をはずしておりした。納得いたしました。
 楔の説明もありがとうございます。知り合いの大工さんによると、土壁の解体の時、貫の楔はことごとく緩んでいるとのことです。貫や楔を塗りこんでしまう仕様の土壁のときは、ご説明いただいた板状の「埋木:楔」がよさそうに思いました。

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