「形」の謂れ(いわれ)-2・・・・煉瓦の形状 と 軒蛇腹・再び

2011-06-15 10:33:22 | 形の謂れ
[文言註記追記 15日 10.36][リンク先追加 15日15.20][解説追加 16日 7,13][註記追加 16日 7.50][説明訂正 16日 19.24]

先回は、喜多方では珍しい「組積煉瓦造」の蔵の軒蛇腹を見てみましたが、
今回は、喜多方で最も多い「木骨煉瓦造」の蔵を見ることにします。
そのいわば代表的と言えるのが、
喜多方の煉瓦を焼成している樋口窯業の登り窯から北0.5kmほどの「三津屋」集落にある「若菜(わかな)家」の蔵です。
その外観が下の写真です。



正面がいわば納屋にあたる作業蔵(現在は観光レストランになっています)。右手は味噌蔵だったと思います。

よく見ていただくと、両者の煉瓦の「目地」が違うことが分ります。
正面の作業蔵は、煉瓦の長手の見える段の上下は、煉瓦の短手:小口が並んでいますが、味噌蔵の方は、各段とも長手が並んでいます。つまり、前者は、長手と小口が交互に並び、後者では各段が長手、ということです。

これは、《化粧》、つまり、《そういうように見せたい》ためにそういう形状の目地になっているのではありません。
これには「謂れ」があります。
その「謂れ」は、「煉瓦の積み方」です。

これが極めて重要なことなのですが、
「煉瓦の積み方」は、表面の見え方に大きく係りはしますが、その「見え方」のために「積み方」を変えているわけではないのです。
これらは、「どのように積むのがより良いか」、そう考えた結果の「見え方」なのです。
ここでも、滝 大吉 氏の説く「建築とは・・・・・、(材料を)成丈恰好能く、丈夫にして、無汰の生せぬ様建物に用ゆる事を工夫すること」が実行されているのです。
つまり、そのような「工夫」が、よい「結果」を生む、ということです。

   残念ながら、最近の建築の「見え方」には、こういう正統な「工夫」ではなく、
   例の水戸芸術館の宙に浮く花崗岩のように、
   「作家」の「かくかくしかじかに見せたい」ための、ただそう見せたいための(その理由は不明)
   《工夫》ばかりが目に付くように思います。
   私には、本末転倒に見えます。

作業蔵と味噌蔵の目地の違いは煉瓦の積み方にあり、
作業蔵は煉瓦「1枚積み」、
味噌蔵は煉瓦「半枚積み」なのです。

「1枚積み」、「半枚積み」とは、煉瓦を積んでできる「壁の厚さの呼び方」と言ってもよいでしょう。
つまり、「1枚積み」とは、壁の厚さが「煉瓦長手の長さ1枚分」、ということ。「半枚積み」は、「長手寸法の半分の厚さ」、ということになります。積み方は後述します。
このことは、煉瓦の長手の寸法と短手の寸法が、約2:1の比率になっていることを意味しています。

   なお、先回紹介した樋口家の煉瓦蔵は、1枚半積みです。
   1枚半積みについては別途書きます。

現在市販の煉瓦:JIS規格では、長手が210mm、短手が100mmです。そして厚さは60mm。
なぜ210mmに対して100mm?半枚・半分ではないではないか?
これは、短手・小口を横並べにして、隙間すなわち目地を10mmとると210㎜になる、という計算です。
目地の10mmは、これも単なる化粧のためではなく、そこに接着材を入れるための隙間。
接着材のことを「モルタル( mortar )」と言います。

   英和辞書で mortar を引くと、「しっくい」と出てきます。
   古代の煉瓦造ではモルタルに石灰を使っていました。石灰=しっくいです。
   日本でも同じです。ポルトランドセメントが生まれるまでは、どこでも石灰なのです。
   セメントの意味も「接着材」です。   
   ポルトランドセメントを使ったモルタルがセメントモルタル。現在は、これを「モルタル」と呼んでいる。
   初期の喜多方の煉瓦造もしっくい目地です。

では、なぜ厚さが60mmか?
これは、他の煉瓦の寸法から推察して、小口を縦に3個並べ、その隙間:目地を2つ分とった総和が長手寸法になることを意図したのではないか、と思っています。
ただし、目地10mmとすると、小口3個分では200mmにしかならず、実際にはこれで苦労します。

ところで、JISで、なぜ210×100(×60)mmになったのか?
これがよく分らないのです。

   註 調べてみると、JIS規格は、215×102.5×65で、
      市販の 210×100×60 は「当分の間認める」とあります。
      なお、215×102.5×65 は「製品寸法」で、「呼び寸法」は 225×112.5×75とのこと。
      このようにした理由は不明です。[註記追加]

喜多方の煉瓦はこの「規格」ではありません。

喜多方の煉瓦は、平均して、7寸2分×3寸4分5厘×2寸2分です。
   一個ずつ、大きさは微妙に異なります。
   いろいろ調べて、多分、これを「基本寸法」にしてつくったに違いない、と推定した寸法です。
   どうやって調べたか?
   壁面で計るのです。その平均値。いわば疫学的調査。

この寸法は「理」が通っています。
目地を3分として、
短手横並び2個:3寸4分5厘+3分+3寸4分5厘7寸2分
小口横並び3個:2寸2分+3分+2寸2分+3分+2寸2分7寸2分

ではなぜ長手が7寸2分なのか。
これは、喜多方の木骨煉瓦造と関係があります。

喜多方では、先ず木造の骨組をつくります。通常の木造建築の上棟の段階まで進むと、次いで、その軸組の間に煉瓦を積む、という方法を採ります。

木骨煉瓦造は、各地域にありますが、喜多方では、軸組の外側に積むのではなく、軸組に噛むように積んでゆく点に特徴があります。
喰い込みは、おおよそ柱径の半分ほど。

   普通の木骨煉瓦造は、軸組の外側に積むため、地震のとき、木造部と煉瓦造部とが別の動きをします。
   明治期の東京や横浜には、このつくりがかなりあったようですが、ほとんどが地震で倒壊したようです。
   喜多方の場合は、新潟地震の際の倒壊例はないとのこと(煙突の類は倒壊しています)。

   以前に、1枚積みの木骨煉瓦造の実際を紹介しました。「煉瓦を積む」をご覧ください。[註記追加 16日 7.50]

喜多方の木造建築の基準寸法:基準柱間は6尺が一般的です。
この柱間1間に対して、煉瓦を長手で8本横並べに割り付けたとき、1本あたり7寸5分、これから目地分3分を引いて7寸2分。これを基本の寸法にした、と考えられます。

   基準柱間のような「拠り所」がない場合の煉瓦寸法は、どのように決められるのか、については、
   以前に紹介した“EARTH CONSTRUCTION”にも解説がなかったように思います。
   おそらく、手で持てる大きさ、重さと構築物の丈夫さとの兼ね合いで決めるしかないのだと思われます。
   これも以前に紹介した会津・軽井沢銀山の煉瓦、これは途方もない大きさでした。
   なお、「軽井沢銀山の煙突」の記事から、“EARTH CONSTRUCTION”の当該部分にアクセスできます。

少し煉瓦寸法の説明に深入りしました。これも「謂れ」の一つだからです。

   アルミサッシの新規格、これが「謂れ」不明の訳の分らないモノ。
   従来の既製建具の「規格」には、実際の「暮し」に裏打ちされた「謂れ」があった。
   「建物づくりと寸法-1」「建物づくりと寸法-2」参照。[リンク先追加 15日15.20]
   新規格にはない。
   新規格をつくったのは、非現場の人たち。ヤミクモに200mmピッチで「整理した」だけ・・・。
   こういう非合理なことを、現場の人はやらない。


若菜家の木骨煉瓦造、作業蔵の構造分解図は下図のようになります。

   

この場合は、煉瓦1枚積み、つまり、壁厚は、煉瓦長手寸法分です。
1枚積みの場合、最初に壁厚方向に1枚ずつ横並べに積むと、次の段は、それに直交して壁の長さ方向に、先の煉瓦の上に2列積んでゆきます(最初の段をどういう積み方にするかは任意です)。これが一番簡単な積み方で、通称「イギリス積」と呼ばれます。
   
   同じ1枚厚の壁を、同じ段に長手と短手を交互に並べる積み方、をフランス積みと通称しています。
   他にもありますが、イギリス積が間違いく積めます。[解説追加 16日 7.13]

そのときの重要な注意点は、下の段と上の段の「目地が重ならないこと」、つまり目地が上下繫がらないことです。このことは、“EARTH CONSTRUCTION”でも触れられています。
繫がる場合を「イモ」と呼び、繫がらない場合を「ウマノリ」と呼んだりします。
これは、万一亀裂が入り始めたとき、亀裂が進行しないようにするためです。
その結果、目地が写真のようになります。

一方、味噌蔵では、各段、長手が並んでいます。これは、半枚積みだからです。
そして更に言えば、この蔵は典型的な「木骨煉瓦造」ではありません。
つまり、この煉瓦は「外装」、木造軸組の外側に長手一皮の煉瓦壁を張り付けたつくりなのです。壁面につくられたアーチを見ると分ります。
これは「煉瓦造」風を装ったつくり、言ってみれば、きわめて現代風なつくりなのです。けれども、煉瓦造の本物を手本にしていますから、現代のそれとは比べものにならないほど出来はいい・・・!


この二つの若菜家の蔵の軒先は、先回の樋口家の蔵のそれとは大きく違い、しっくい仕上げになっています。
若菜家野例では曲線を描いています。直線で納めたのが下の写真です。
喜多方の土蔵造は大抵この形式の軒になっていて、「繰蛇腹(くり・じゃばら)」と呼ばれています。
この手法を木骨煉瓦造でも踏襲した、と考えられます。
喜多方の木骨煉瓦造が、以前から喜多方にあった土蔵造の漆喰壁を煉瓦壁に置き換えたつくりである、ということを示す証なのです。



下は、その外観がいろいろなところで紹介されている喜多方北郊杉山にある蔵座敷。ここでは、土蔵造の軒は深くありませんが、土蔵造の上にいわば覆い屋を掛けた形で軒の出の役を覆い屋がしています。



曲線にしろ直線にしろ、そのつくりかたは構造分解図のように、小舞を掻いてしっくいを塗りつけています。
これは、普通の土蔵の方法とは違います。代表的な土蔵の例が下図です。
近江八幡・西川家の土蔵。関西の土蔵の典型と言ってもよいかもしれません。



ここでは、少し出た垂木に縄を捲き、それを下地にしっくいを塗り篭めています。
その工程写真は、「土蔵の施工」で紹介させていただいています。

喜多方の建物のような深い軒の土蔵造の場合、商家や城郭のように深く出した垂木や出桁・梁を一々塗り篭める方策もありますが、あまりにも手間がかかりすぎ、そのためこのような方策:「繰蛇腹」が考えだされたのではないか、と思います。今流に言えば、耐火被覆、防火被覆です。

なお、上のモノクロ写真の例の建屋の煉瓦は、目地から分りますが、「積んだ」と言うより、「張った」と言った方がよい例です。いわば厚いタイル張りです。外壁を風雨、風雪から護るための策です。
杉山の蔵座敷の腰には、煉瓦ではなく竹がスノコ状に張られています。煉瓦が現れる前の仕様だと思われます。[説明訂正 16日 19.24]

なぜ、腰に煉瓦を張るか?
一般に、建物の壁の下部:腰と呼ばれる部位は、日本のような風をともなう雨の多い地域では、雨に打たれることが多い。雪国の場合は、積った雪の沈下にともない壁材が剥落することがあります。積った雪が壁面に凍りつき、雪が沈下する際に壁を傷めるのです。

   雪の少ない地域でも、腰は雨に打たれます。塗り壁では必ず被害を受けます。
   したがって、風雨の激しい地域では、腰の塗り壁部分の表面を板壁で覆います。
   関西や四国地方では、腰の板壁は縦羽目がほとんどですが、これは、水はけのよさを考えたものでしょう。
   横羽目は、水のはけが悪いのです。
   ところが、最近見かける建物では、腰部分を塗り壁、上部を板壁にする例が多い。
   おそらく、西欧の石積み、煉瓦積の建物の外観だけを真似て設計したのではないでしょうか。
   「謂れ」が考えられていないのです。
   以前紹介のイタリア・ドロミテに、地上階を石積みでつくり、その上を木造にした例があります。
   [文言追記]
   
今回紹介の「若菜家」の煉瓦の色が、2階部分と下部で色が違っています。2階部分は明るい赤、下部は暗赤色。
こうなる「謂れ」と「腰に煉瓦を張る」こととは関係があります。
この色違いは、単なる「化粧」ではありません。
その「謂れ」は、先回紹介の「樋口家」の蔵の腰の部分の「姿」に示されています。
次回は、その点について。

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