建築をめぐる話・・・・つくることの原点を考える       下山眞司        

                     ☆ 2019年1月より、故人が残したものを順次、掲載して行きます。☆

中越沖地震-1・・・・何が壊れたのか (タイトル変更)

2007-07-17 23:15:11 | 地震への対し方:対震

 [記述加筆:7月18日 1.36AM]
 [註記追加:7月18日10.10AM]
 [タイトル変更:7月20日11.10AM]

 15日に、きわめて開放的なつくりの古河・鷹見泉石邸を紹介し、こういうつくりは今の法令の下ではつくりにくい、と書いたばかりの翌日16日午前、こういうつくりをますます否定する動きに拍車をかけそうな、大きな地震が柏崎地域に発生した。ちょうどそのとき車に乗っていて、揺れを感じることができなかったが、うねるような揺れだったらしい。

 上掲の航空写真は、google earthからのコピー。被災建物が多かった柏崎市西本町周辺。
 市街地が、海岸に沿った堆積平野の上にあることがよく分る。


 またぞろ、古い建物が壊れた、重い瓦屋根の建物が壊れた、壁が少ない建物に被害が多い、耐震補強をしてない建物が壊れた・・、と言う「耐震の専門家」が出てくるのではないか、と思っていたら、案の定だった。
 
 被害を報じるTVを見ていて私が奇妙に感じたのは、阪神・淡路地震で多く見かけた「屋根瓦が屋根面上でずれるだけの事例」がないことであった。壊れた建物を見ると、屋根瓦を載せたまま、屋根がそのまますとんと落ちている。落ちてから瓦が屋根面からはずれている。土居葺き(土の上に瓦を葺く方法)でもそうだ。これはどういうことか。

 私の想像では、軸部、つまり屋根を支えなければならない部分が、地震によって建物に生じた慣性による変形に耐えられなかったからだろう。だからといって、それを、屋根が重かった、壁が少なかった・・だから壊れた、と言うのは、あまりにも安易にすぎないか。
 建物によっては、たとえば倉庫や作業場のような、中に壁を設けることができない場合がある。それをもって、壁が少ない、などと言うのは、明らかに「建築の専門家」とは言い得ない(まして、だからそれらの建物には木造が不適、などと考えるのも論外)。

 わが国の「建築の専門家」は、日本という風土に適した建築方法を身につけていたはずなのだ。木造で、壁も設けず、それで地震にともなう慣性の力に耐えるような方策を考える、これが本当の「建築の専門家」。そうして、先に観てきたように、日本の建築技術は進展し、体系化されたのだ。これは、「耐震」しか目に入らない「耐震の専門家」とは、まったく異なる(第一、彼らは、日本の建物づくりを観ていないし、知りもしないし、知ろうともしない)。
 当然、壊れた建物でも、そういう方策(用に見合った架構をつくる)を採っていたものと考えられる。なぜなら、それらもまた、「建築の専門家」が建てたはずだからだ。
 第一、「耐震の専門家」は、屋根が重く、壁も少ない多くの寺院建築が、阪神・淡路の地震の際でも、健在だった(これについては、1月23日に書いた)ことを、どう理解するのだ。いまだに、「見解」を聞いたことがない。

 今回、倒壊した寺院があったが、見たかぎり新しい建物。そしてこれも瓦を載せた屋根が、そのまますとんと落ちている。
 おそらくこの場合は、新しいがゆえに、法令に従い基礎に軸部が緊結されていて、基礎(つまり地面)が激しく動いたとき、重い瓦屋根は、重いがゆえに現状位置を保とうとし、結果として軸部が耐え切れず破損、屋根がそのまま、多分元あった位置の真下に、落下したと考えられる。礎石建てだったら(つまり、基礎に緊結されていなかったら)、こうはならなかったのではないだろうか。

  註 この寺院の場合、「耐風」のためとして、瓦もかなりの数、
    釘留めされていたのではないだろうか。
    その上、木造部が基礎に緊結されていれば、
    地震により生じる慣性力は、きわめて大きくなる。

 私がTVで見たかぎりでは、この新しい寺院以外の壊れた事例は、軸部、特に柱の老朽化:腐朽が進んでいたように思える折れ方をしていた。その他の外観にも、手入れ・営繕の行われていた気配が感じられない。つまり、メンテナンス不良。

 第一、古い建物、重い瓦屋根の建物、壁の少ない建物が壊れた・・、というなら、それに該当する建物はすべて同じように壊れてよいはずだが、そうではない。
 「耐震の専門家」の現地での見聞は、「現在の耐震の《常識》」をもってものごとを見てしまい(つまり先入観でものを見てしまい)、ものごとをフラットに見て考える「疫学的」調査になっていないのである。端的に言って、「科学的」でない。こういう非科学的な観方で、ものごとを決めて欲しくない。だからこそ、私は、「理科系」の方がたは、本当に「科学者:scientist」なのか、と問うのである。

 「新潟県建築士会」のホームページに、「被災情報」が刻々と報じられている。
 その中に、応急危険度判定士として、刈羽町、旧西山町で判定をされて来た方の報告が載っていた(柏崎市内の様子も、逐一報告されると思う)。
 その内容は以下の通りである。
 段落は読みやすいように変えたが、内容はホームページ掲載のまま。


 地震情報 [2007年07月17日18:42更新]
 
 現在、県の要請に基づき判定士(会員)が
 現地(刈羽村、柏崎市西山町)へ入り
 判定活動を開始しました。

 ◎17日 刈羽の判定結果
  5班10人 本部1人
   赤‐23
   黄‐42
   緑‐80
  (民家のみ)
 ◎17日刈羽村をまわった判定員の感想◎
  テレビで報道されている全壊建物の大半は
  非住宅(車庫、物置等)で築年数の古いものである。
  ここ数年に建築した住宅は、建物内部の家具などが
  落下、転倒によりひどく散乱していて見た目被害が
  大きいように感じるが、その殆どの建物については
  構造的な被害は少ないようだ。

 柏崎市内の報告は目下のところないが、刈羽町、西山地区についてのこの方の感想が、事実に一番近いのではないだろうか。

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