森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

村山聖の日記

2006-09-19 21:23:34 | 日々の写真
 昨年の10月に、聖の青春の宝塚公演のプレイベントで、村山君のお父さんを囲んでの集いがあった。そのときに持って来られた、村山聖の子どもの頃の日記帳の数冊のうちの一ページである。
 6、7時間、将棋の勉強をした、そんな記述がいっぱいあった。今、プロを目指す私の弟子でも、それ以上のことをこなしている弟子がいるだろうか、不安になる。子どもといえども将棋への一念、いや執念を感じる日記だった。
 古くさいが、努力できることが才能なのかもしれない。
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10 コメント

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いいもの見せてもらいました (kobecco)
2006-09-19 22:57:23
 子どものころの日記というのは何のてらいもなくていいですね。将棋が好きで毎日勉強しています。将来のことなどまだ分からないただ毎日を懸命に生きている姿にこころ打たれます。考えればずっと彼はこういう時間が多かったのだろうなと思います。山崎七段が宮田五段に「今幸せですか?」と聞いたら、「生きて将棋を指せるのが幸せです。」答えたそうです、どうしたのかな大丈夫かな心配になってきました。
拝見しました。 (一酔斎)
2006-09-20 09:25:01
村山先生の何歳の頃の字か判りませんが、

筆跡に『力強さ』を感じます。
Unknown (osaki)
2006-09-20 18:37:19
ものすごい集中力!





私の集中力は、高校時代に「プツッ」

と音を立てて切れました。



ものすごい音でした。
Unknown (四国の五右衛門)
2006-09-20 20:54:30
 村山さんの日記を読んで見たいと思う人は多いのではないでしょうか。

 そして勇気付けられる若者も多いと思います。

 村山さんのご両親の理解を得て、本を発売して欲しいです。
kobecco様 (モリノブ)
2006-09-20 21:25:51
 私から見るとすさまじいものを感じる日記でした。人が育つのは、技術ではなくて、心の思いの深さなのだなあとも実感しました。

 努力や修練でもなくて、ひたむきさでしょうか。
一酔斎様 (モリノブ)
2006-09-20 21:27:53
 筆圧の強さは、生命力の反動でしょうか。

 幼いながらも、はっきりした意思を感じます。
osaki様 (モリノブ)
2006-09-20 21:30:14
 集中力は執念の証でしょうか。

 私もosakiさんと同じで、いつの頃からか薄らぎ、未練という執念ばかりが残っている感じです。
四国の五右衛門様 (モリノブ)
2006-09-20 21:32:33
 村山家のご両親にお伝えしておきます。

 何より、私自身も勇気付けられています。
限定・自家版でも、お分け頂きたい! (氷雪大甘団子)
2006-09-21 23:55:52
 故村山聖九段を想うと、身が引き締まります。   是非、出版して頂きたい!お願いします。                 大虎の、鋭すぎる牙が、己の顎を砕いてしまった・・・・あぁー・・・。    ひきかえ、集中力が雲散霧消な愚生などは、虫歯の牙で、恐る恐る・・・甘噛み?する程度だろうナァー。          凡俗なる者には、凡俗なる悩みがふさわしい・・・か。            今から、ひたむきに!生き直そう!何回でも・・・いいじゃないか。
氷雪大甘団子様 (モリノブ)
2006-09-22 16:29:22
 この日記は私も初めて見たとき、衝撃でした。村山聖が幼い頃で入院しているとき、なぜ将棋がひとりで強くなったのか、なぜ将棋にこれだけ打ち込めたたのか、その一端をかいま見た感じです。

 ここから不屈の生きる姿勢が生まれたのかもしれません。

 そして、とってもいじらしい文章ですね。

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