森信雄の写真あれこれ

日々の生活や散歩、旅の写真を掲載しながら、あれこれ思いを語ります。

白い花

2008-08-19 22:23:23 | 日々の写真
 2007年8月26日に丹波篠山に行ったときに撮った花の写真だ。廃墟に咲いていた可憐な白い花で、アンバランスさが印象的だった。
 現実のドロドロしたものと、一陣の風のようなさわやかさ、理想と現実、うそとまこと、表と裏、人の心の中を覗くと、その迷いと矛盾がつきまとうものなのだろうか。
 明日から「奨励会入会試験」が始まる。みんな悔いなく戦ってほしいものだ。私の門下で受験するのは今年は6名である。
 
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2 コメント

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全員合格 (宮ちゃん)
2008-08-20 01:10:18
全員合格するといいですね。
この白い花のように、澄んだ心で戦えれば、きっと実力が発揮できます。
必要なものが必要な場所に (KS)
2008-08-20 14:44:46
 森先生の言葉を読んでいると、「善悪の彼岸」という言葉を思い出します。哲学者ニーチェが著書『善悪の彼岸』で何を書いていたかは、糸谷五段の専門ですね。
 
 私の自動車嫌いは10代の頃からずっとだったので、やっと時代が自分に追いついた、というような変に誇らしげな気持ちが出てきます。善・悪もあるのですが、自動車の格好良さに憧れる若者たちというのも嫌いで、大学生アルバイトや若手会社員が薄給を必死に貯めてローンを組んでいるのを見ていると、貧乏臭さばかりが目立っていました。
 ちなみに、若者の「飲み会」でも、なんで飲み屋ってあんなに高いのか、といつも思ってきました(関西はやはり安くて旨い店も多いのでしょうけれども)。今の若者はあまり行きつけの飲み屋など持たなくなってきていると聞き、これも嬉しいことです。破綻する飲み屋が増えても、ざあまみろ、と思うだけです。     

 大げさにいえば、20世紀人の美意識というは「自動車的」なのものに支えられてきたと思います。それが壊れ、淘汰されていくというのは、私にはまずは痛快なことです。
 むろん、田舎の生活が今では自動車なしではやっていけないこと、公共交通がほとんどなくなってしまったことを知っていますが、そういうことよりも(高速)道路をつくる公共事業を推進する政治家を選んだのは田舎の人たち自身ですから(反対する人ももちろんいたはずですが)、その意味では自業自得ですね。それへの「反省」として、公共交通が復活してくるのを待つしかないと思っています。もちろん、それをすべて田舎に任せるというのは無理でしょうから、国家も変わらなければいけないでしょう。  

 あとは身体の故障や障害を持つ人、そして何より仕事で車を使う人たちにとっての自動車は、たぶん身体の一部に近いものでしょうし、そういう本当に自動車を「必要」としている人にとっての自動車だけが残ればいいと思います。長距離トラック運転手が過労で事故を起こしてしまうニュースは、「やさしさ」が欠けているような今の私でさえ、やりきれないものがあります。プロ、職人におけるまともな労働条件の確立が「必要」だと思います。

 20世紀に大量生産されてきた他の製品も含め、「必要なものが必要な場所にある。そのことのやんべからざる実質だけが美を生むのだ」という坂口安吾の言葉(記憶から引用なので不正確さがあるはずです)に帰らなければ仕方ないでしょう。
 失礼いたします。

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