現代日本語百科   けふも  お元気ですか

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日本語論53 字、辞、語、詞

2018-07-03 23:04:30 | 現代日本語百科
これは考えると難しいことである。辞書を辞典という。その違いはなんであるか、辞書を書物にしたものと、広く意味内容を見るが辞典と言ってみても同じである。辞典をいまふうに、語を用いてそれを言えば、語典とか、語書とか言っていないのであるから、辞典で、ふと、中国には詞典という言い方があるので、それならば、辞と詞との違いが何だろう、辞典を入れた日本語には、詞典は歩かないか。そこで、辞典に対して字典ということもあり、その説明が、文字の説明書のようなことを言っているから、何やら、字引きにその影響するところを思ってしまう。字が、辞になるのは、もともと、同じように、ことばを意味しているから、文字を、ことば、すなわち、字でもって言葉なのである。それでは、辞は何か、措辞のことである。その解説は、詩歌、文章などの言葉の使い方というふうに、捉えているのであるが、字書すなわち辞典は、その字の説明と言ってもよいが、解説注記がそもそもにあったわけではない。字引きには何を載せ、字書には何を書くか、と考えだせば、字句の配置にある辞典、そして、字典には文典がある。文書となると、その具体になる。辞書、辞彙、字典、字彙、字引と語を並べて、一緒くたのような印象を与えるのは、あまり賛成できない。言葉、文字、このそれぞれを日本語辞書では、詳しく由来をとらえて、しかしまた、わかりやすく、簡潔にして用を得た説明をつけてほしいものである。 . . . 本文を読む
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お蔵入り

2018-07-03 17:46:38 | 木瓜日記
ぼけ日記を下書きに移す。公開としない。20180703以前、いくつかはそのままに残る。生活の変化にボケを記録しようとしたもの、惚け、経験した症状は認知症か、そうならないようにと用心する、生活による現われを、この1年で自覚することとなった。一例に書くと、洗面所の水道栓を締め忘れるということを3回行って、それに驚きもしたのだが、つい、その原因が分かった。何のことはない、1回目は水のちょろ音を聞き取らないのかと言われて、2回目にはその目視することがないのかとわかり、ついには、そして3回目に分かったことがあって、跳ね上げるようにする水道栓のレバー開閉に、水量の調節から出したままに忘れているような結果になることであった。それは、じゃあじゃあ流したのを気づいていないということではない。これでこの1年に起こった水道栓は解決となる。電気の消し忘れはそれがついているか消えているかであるから、幼児のころからの確認不測のことであるから、これまた、直しようがない。ぼけ日記にはその顛末がある、というふうにするつもりであったが、そんなことを自覚するまでの脳の働きは生活の変化に対応するかどうかのことであるとわかった。 . . . 本文を読む
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