昨年9月、東北新幹線はやぶさ号ーこまち号連結器が外れた事故が起きた時、正直言って、「やっぱり起きたか」と思ったのだ。
筆者は何度もはやぶさ号とこまち号の連結・切り離し場面を見てきて、なぜ、こんな華奢な連結器で新幹線の車列を牽引できるのだろう、と思ってきたのだった。
列車の連結器について専門知識は持ち合わせないが、筆者には若干の思い入れがある。
母方の祖父は戦前戦後、保線区で働く国鉄マンだった。
母の自慢は、大学も出ていない鉄道技師であった祖父が列車の連結器に関する発明で、鉄道大臣賞を受賞したというものであった。
そのことを聞かせられて育ったので、筆者は子どもの頃からガタガタ走行する列車の連結部分を見るクセがあった。
なにしろ、その頃はデコイチ(D51デゴイチ)が普通の時代。
車両間の連結ジャバラはすき間だらけで、そこから車外の景色だって見える。
ジャバラの隙間から連結器さえ垣間見えるのだ。
今と違って列車は揺れ、それと同時に連結器はガシャガシャ鳴る。
トンネルが近づくと窓から煙が入らないよう、『大釈迦だよ!』と誰かが叫んで、皆が急いで木枠の窓を下して閉じる。
間に合った、と胸をなでおろす。
遅れると真黒なススを吸いこむ羽目に陥いる。
『汽車が生きている』感じがなんとも言えず気持ちよかった時代だ。
その時代でも、筆者は、この連結は外れやしないのか、と思ったものだったが、外れたという話はついぞ聞いたことがなかった。
時代が変わった今、新幹線という名称ではあるが、秋田新幹線は秋田ー盛岡間はいわば在来線で、普通の線路を最高時速130㎞で走る。
それが盛岡ではやぶさ号に連結し、今度は東北新幹線の線路を最高時速320㎞で走るのだ。
1997年開通後、在来線と新幹線の両方の線路を走ってきた「こまち号」。
車両は随時新しくなっているのかも知れないが、こんなギャップのある線路を走り続けて疲れが出てもおかしくはない。
こまち号には「お疲れ様」と労いの言葉の一つもかけてやりたい。


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