昨日は布野村妖界めぐりのケーブルテレビ収録がありました(前編)5月20日にPIONETで放映してくださるそうです。
【尻無川の由来】三井権八の「布野村妖界めぐり」
バックの写真は昭和7年7月7日の尻無川氾濫の記録写真です
上布野の旧出雲街道薬師町の山奥で大雨が降り土砂が流れて大蛇が現れやんした。その大蛇は人畜を喰うたり疫病を振り撒くので、村の長が出雲の國の須佐神社に詣でてこの災難の救いを求め祈願したんでやんす。
遥かなる天上から「その地に宮を建立し、須佐之男命を祀るべし」と宣され、村の長は小高い丘に宮を築き、須佐之男命を祀りやんした。
すると不思議にも黒雲と魔風吹き起り、姿を隠していた大蛇が小山の後ろ口から追い出されやんした。その大蛇は頭と胴体だけで尻尾が無いんでやんす。あっしは大蛇の後を追いやんしたが、何処ともなく消え失せやんした。
大蛇に尻尾がなかったことから、この川を「尻無川」と呼ぶようになりやんした。
別の伝説では全国行脚中の弘法大師が通りかかり、野菜を洗っていた老婆に「水を一杯所望する」と言ったところ、面倒だと思った老婆が「この水は飲むことが出来ない」と断ると、大師は「飲めぬ水など不要じゃ」と持っていた錫杖で川面を突きました。それからというものここ川の下流に水は流れなくなり、尻無川と呼ばれるようになりました。