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“イエス-道”という視点から、人生を生きる秘訣・コツを考える“斬新的な聖書リサーチ”

映画『君の膵臓をたべたい』の深読み⑫ “君がくれる日常2”

2018年11月28日 19時55分17秒 | 映画ブログ

 

君がくれる日常(2)

 

 

 ② 自然界を通して

 

Osann :    さて、次は『自然界を通して』ということなんだけど、

     聖書にはこんなふうに書いてあるんだ。

 

     『神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と

                        神性とは、天地創造このかた、被造物において

                        知られていて、明らかに認められる·····。

      (ローマ人への手1紙章20節)     


     『もろもろの天は神の栄光をあらわし、

      大空はみ手のわざをしめす。』(詩篇1篇91節)


ハジメ: 「つまり、神によって創造されたものである自然界を

     通しても、神の見えない性質である神の永遠の力と

     神性という宝に気づくこともできるということなん

     だね。」


③ ヒトを通して


Osann : 「そういうことなんだ。

     この①『聖書を通して』、②『自然界を通して』に

     ついては、まあ ほとんどの人は理解できると思うんだ

     けど、でも 最後の③の『ヒトを通して』に関しては

     なかなか理解されないと思うんだ。』

 

ハジメ:    「人は、聖書を見ると、神の前で生まれつき“罪人”と

     言われているし、そのような罪人であるこの世で

     生きている“ヒト”を通して、神を知ることも、宝を

     見つけることなんで無理だろうというのが一般的な

     捉え方だと思うけど······。だから、罪のないかたで

     ある神のひとり子を神はこの世に遣わして、

     神の真実の栄光を啓示されたんじゃないの❔」

     

Osann  :  「確かに、それはそれで ほぼ正しいと思うんだけど。

     でもね、ここでちょっと考えてみてもらいたいんだ。

     

     先ほどの聖書の引用を思い起こしてもらいたいんだ。

   

     『神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と

                        神性とは、天地創造このかた、被造物において

                        知られていて、明らかに認められる·····。

       (ローマ人への手1紙章20節)    

     

      確かに自然界は神の被造物なんだけど、実は、

      “ヒト”も同様に神によって創造された被造物なんだ。

      しかも、自然界の何ものにもまさる神の創造の

      “最高傑作”ともいえる作品なんだ。


      というのは、神のかたちに造られたのは、“ヒト”

      だけだから····(創世記1章26節~27節を参照)。

      “ヒト”の尊厳の由縁は、ここにこそあると思うんだ。

      

      だからこそ、神のひとり子であるイエスという

      測り知れない代価、犠牲を神自らが払ってまでも

      この世の“ヒト”を救おうとされたと思うんだ。


        『神はそのひとり子を賜わったほどに

         この世を愛して下さった。

         それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、

         永遠の命を得るためである。

         (ヨハネによる福音書3章16節~17節)

   

      イエスが説いたこの言葉は、神が“ヒト”をいかに

      “かけがえのない宝”のように思われておられるか

      という神の胸の内に秘められている思いを

      イエスが伝えようとされた····と私は思うんだ。


      イエスが語られた譬の一つに、有名な放蕩息子の

      話があるんだ。

      

      その息子が家を出て、放蕩に身を持ち崩して

      いる最中であっても、その息子は父にとっては

      かけがえのない息子に変わりはなかったという

      ことが、この譬から読み取れるんだ。

      それと同様に、神から離れ、神を忘れ、神に背を

      向けて生きているような“罪の中にいるヒト”で

      あったとしても、神にとっては とても大切な

      宝物のような存在であることには変わりないんだ。

      だから、このような神の胸のうちにある思い

      (=神の隠された奥義)、それはまさに

       『·······隠された奥義としての神の知恵······目がまだ

                        見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしな

                        かったこと(コリント人への第一の手紙2章7節

      ~9節)なので、もし 聖霊の手助けによって 

                        この隠れた真実を知ったなら 誰でもサプライズ

      して、心がふるえて喜ぶはずなんだ。

      だからこれは、グットニュース、すなわち、福音

      と呼ぶのにふさわしいと言えるんだ。


      使徒パウロは、また 福音についてこんなふうにも

      表現しているんだ。


     『なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって

      神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。

      わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時

      いたって、不信心な者たちのために死んで下さった

      のである。正しい人のために死ぬ者は、ほとんど

      いないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者も

      あるいはいるであろう。しかし、まだ罪人であった

      、わたしたちのためにキリストが死んで下さった

      ことによって、神はわたしたちに対する愛を示された

      のである。』(ローマ人への手紙5章6節8節)」


ハジメ:    「何かとても大事なことが今 話されているような

      気がするんだけど、もう少し“ヒトを通して”に

      関して 補足して説明してもらえたら、とても

      ありがたいんだけど。」


Osann :   「うん、いいよ。喜んで···。


      ところで、人間は“ヒト”と呼ばれるよね。

      この“ヒト”をコトハの世界から捉えてみると

      面白いんだ。コトハで観ていくと、ヒトの

      “ヒ”というのは、“”を意味するんだ。

      そして、ヒトの”ト“というのは、“とどめおく”

      という意味なんだ。

      つまり、ヒトという存在は、もともと“”を

      内に宿す存在として造られたということなんだ。

      そして、この”は、実は 創造主なる神に起源が

                        あるもので、この”自体は 常に創造の源なる神

      繋がっているんじゃないかって、私はみているんだ。


      この“”のことを、イエスは山上の説教の中で

      あなたがたの“内なる光と呼んだのではないかと、

      私は思っているんだ。そして、この“内なる

      が暗くならないように気をつけることが、とて

      大切になってくるんだ(マタイによる福音書6章

      23節を参照)。


      なぜ、この”が暗くなってしまうのかって?

      

      それはね、何かがこの内なる光”を遮ってしまう、

      あるいは、覆い隠してしまうからなんだ。


      イエスは、この遮ってしまうものを 目の“”と

      山上の説教の中で 表現したというわけなんだ。


      それで、ヒトのこの内なる光”を覆い隠してしまう

      ような“”とか“ヴェール(=覆い)”が、聖書の世界で

      “”と呼ばれているものの実体というか、”という

      ものの本質に関わってくるものではないのかなって、

      私は確信しているんだ。」


ハジメ:  「なるほど。それで、それで❔」


Osann :    「でね、キミスイの映画というのは、①でも、②でも

      なく、③の『ヒトを通して』という視点から、

      言い換えれば、人と人の関わりの中で、いかにして

      人は “目に見えない宝(=隠れた宝)”を見つけることが

                       可能なのか·····このことを明らかにしていくために、

      映画『キミスイ』の中には、さりげなく 様々な

      ヒントが散りばめられているんだ····ということに

      気づかされると、まさに驚きと感動を禁じ得ない

      んだ。なんてすごい映画なんだろうって、観度に

      思うんだ。


      つまり、人と人との関わりの中には、実は、

      とても大切な真理が “宝物” のように隠れているんだ。

      だから、真理という宝物は、聖書の世界の中だけに

      限定されて存在しているというものではないんだ。

      人が生きている日々の生活の中にも、何気ない

      日常における人と人との関わりの中にも、実は、

      真理は隠れているんだ。

      目が開かれると、そのような中に、真理は息づいて

      いることが、宝石のように光輝いていることが

      わかるんだ。


      今から、映画キミスイの中で、真理にリンクして

      いるヒントを具体的に観ていきたいと思うんだ。」


ハジメ:  「面白くなってきたね。ワクワクするよ。」


Osann :        「映画『キミスイ』は、聖書の世界とは接点がない

      ように思われているかも知れないけど····。

      でもね、桜良と春樹、そして、恭子、丸顔の男子

      (“ガム君”とも呼ばれている)、クラスの委員長、

      栗山君との関わりの中で、聖書の霊的な重要な

      真理を十分 読み取ることができるんだ。」


ハジメ:  「ところで、この映画の題名は、

        『君の膵臓をたべたい』

      で、結構衝撃的なんだけど、この映画の内容が

      わかってくると、一番 最後に桜良が

        『君はいやがるかも知れないけど···

         私は君の膵臓をたべたい』

      と言って、映画が終わる時には、もう感動して

      涙が出てくる人も多いと思うんだけど、


      もし、もしだけど、この映画に副題をつけると

      すれば、どんな題名をつける❔ 」


Osann :     「面白い質問だね。

      この映画を深読みしてきた私なら

      『外に咲く桜(サクラ) と 内に咲く桜良(サクラ)』

      という副題·····かな。


      この映画には満開に咲く桜のシーンが多くて

      とても印象的だったんだけどね、

      実は、桜良が最後に語った言葉というのが、最も

      重要だと思っているんだ。

      それは、

     『私ね、春樹になりたい。春樹の中で生き続けたい。

      という言葉。

      

      これは、春樹の中で桜良が生き続けること、

      つまり、内に咲く“桜良(サクラ)”っこと。


      実は、これは、聖書にも書いてある とても重要な

      奥義(コロサイ人への手紙1章27節を参照)に通じる

      ものなんだ。


      桜良は『君の膵臓をたべたい』と言ったけど、

      これが、桜良が春樹になり、春樹の中で生き続ける

      ために重要なことになってくるというわけなんだ。


      イエスも、実は、『わたしの肉を食べ、血を飲ま

      なければ、あなたがたのうちに命はない』と言った

      んだ。もちろん、イエスの肉を食べ、イエスの血を

      飲むということは、字義通りの意味ではなく、

      霊的な意味でイエスは語ったんだけど。


      ところで、山本彩がテレビのCMでも歌っている

     『ひといきつきながら』というナンバーは知って

      るよね。

      この歌詞の中で何回も繰り返される

        “ひとりだけど  ひとりじゃない。

         こころの中は ひとりじゃない。

      というフレーズがあるんだ。

      実は、このフレーズは、初めて聴いた時から

      私は気になっていたというか、とても印象に

      残ってたんだ。


      春樹の場合は、桜良が亡くなった後に、春樹は

      一人だけど、一人じゃないんだ。

      春樹の心の中に桜良が生きていて、桜良と一つに

      なっているんだ。

    

      同様に、イエスが語った『わたしの肉を食べ、

      血を飲まなければ·····』の奥義がわかった人も

      確かに自分は一人だけど、でも もはや一人なんか

      じゃないという目に見えない事実に気づくことに

      なるんだ。

      

*二人の興味深い会話は、『内に咲く桜良』へと!続いていく(お楽しみに)**

 (2018年11月25日~28日)

 

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