京都霊山歴史館に行った時、そのミュジアムショップで買ったのがこの本で殉難の100名の志士達の珠玉の一言、心に響く人生訓といわれるもので、感銘を受けたのでこのブログの続編を書いた。集成したのはこの歴史館の学芸部長木村幸比古氏で歌詩のみを30名ほど抜粋した。歌詞は当時の古語そのまま。
○和宮(将軍徳川家茂公内室)1846-1877
惜しまじな君と民とのためならば 身は武蔵野の露と消ゆとも
○藤田東湖(水戸藩士)1806-1855
玉鉾のみちのく越えて見まほしき 蝦夷が千島の雪の曙
○佐久間象山(信州松代藩学者)1811-1865
きのふけふあすとうつろふ世の人の 心に似たるあぢさいの花
○長井雅楽(長州藩士)1819-1863
君がため捨る命は惜からで 只思はるる国の行くすえ
○信海 (薩摩藩月照の弟)1821-1859
西のうみ東のそらとかはれとも こころはおなし君か世のため
○西郷隆盛(薩摩藩士)1827-1877
敬天愛人
○平野國臣(福岡藩士)1828-1864
わが胸の萌ゆ想ひにくらぶれば 煙はうすし桜島山
○吉田松陰(萩藩士)1830-1859
身はたとえ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂
○木戸孝允(長州藩士)1833-1877
人の巧を取って我が拙を捨て 人の長を取って我が短を補ふ
○福沢諭吉(中津藩士)1834-1901
心事高尚ならざれば働きもまた 高尚なるを得ざるなり
○小松帯刀(薩摩藩城代家老)1835-1870
この年の千代のあまりは菅の根の ながき春びにゆづりてや行く
○阪本竜馬(土佐藩海援隊長)1835-1867
世の人はわれをなにともゆはばいへ わがなすことはわれのみぞしる
○渡辺内蔵太(長州藩士)1836-1864
早咲けば早手折らるる梅の花 清き心を君にしらせて
○吉村寅太郎(土佐藩士)1837-1863
吉野山風にみだるるもみぢ葉は 我が打つ太刀の血煙と見よ
○中岡慎太郎(土佐藩陸援隊長)1836-1867
大君の辺にこそ死なめ大丈夫 都はなれて何か帰らん
○高杉晋作(長州藩士)1839-1867
恥かしと思ふ心のいやまして なほらひ御酒も酔ひえざるなり
○久坂玄瑞(長州藩士)1840-1864
梓弓はるは来にけり武士の 引かへさしと出る旅かな
○新巻羊三郎(久留米藩士)1841-1864
もろともに君のみためといさみ立つ 心の駒をとどめかねつつ
○男谷精一郎(幕臣)1798-1864
剣は心なり 心正しからざれば剣また正しからず
剣を学ばんとする者は まず心を正しくすべし
○山岡鉄舟(幕臣)1836-1888
一歩一歩いつか昇らん富士の山
○渡辺崋山(田原藩家老)1793-1841
麻縄にかかる身よりも子を思ふ 親の心をとくよしもがな
○徳川斉昭(水戸藩主)1800-1860
咲き出でて匂へるものは武士の みちに通へる花にぞありける
○井伊直弼(大老)1815-1860
世の中をよそに見つつも埋れ木の 埋れてをらむ心なき身は
○勝 海舟(幕臣)1823-1899
行は我にあり毀誉は他人にある
○森弥一左衛門(箱舘編成新撰組隊士)1826-1869
うれしさよつくす心のあらはれて 君にかはれる死出の旅立
○河井継之介(長岡藩家老)1827-1868
地下百尺底の心を以て事に当たる
○松平春嶽(越前藩主)1828-1890
鈴菜園田伏のいほに咲く花を しひては折らじさもあらばあれ
○西郷頼母(会津藩家老)1830-1903
己が身にほかせぬ事は施こさじ 前にしりへに右にひだりに
○芹沢 鴨(新撰組局長)1830-1863
雪霜に色よく花と咲きかけて 散るとも何とにほふ梅が香
○山南敬助(新撰組副長)1833-1865
春風に吹さそはれて山桜 すりてぞ人にをしまるゝかな
○近藤 勇(新撰組局長)1834-1868
事あらばわれも都の村人と なりてやすめん皇御心
○瀬尾権三郎(新撰組隊士)1834-1877
身を捨し国に報はん大丈男ハ 妻子も同じ操なりけり
○土方歳三(新撰組副長)1835-1869
しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道
○松平容保(会津藩主)1835-1893
行くも憂し止まるもつらし如何にせむ 君と親とをおもふこころを
○沖田総司(新撰組一番隊組長)1842-1868
動かねば闇にへだつや花と水
○飯沼貞吉(白虎隊士唯一の蘇生者)1854-1931
梓弓むかふ矢先はしげくとも ひきなかへしそ武士のみち
淡交社 1500円 ISBN4-473-03341-4
○和宮(将軍徳川家茂公内室)1846-1877
惜しまじな君と民とのためならば 身は武蔵野の露と消ゆとも
○藤田東湖(水戸藩士)1806-1855
玉鉾のみちのく越えて見まほしき 蝦夷が千島の雪の曙
○佐久間象山(信州松代藩学者)1811-1865
きのふけふあすとうつろふ世の人の 心に似たるあぢさいの花
○長井雅楽(長州藩士)1819-1863
君がため捨る命は惜からで 只思はるる国の行くすえ
○信海 (薩摩藩月照の弟)1821-1859
西のうみ東のそらとかはれとも こころはおなし君か世のため
○西郷隆盛(薩摩藩士)1827-1877
敬天愛人
○平野國臣(福岡藩士)1828-1864
わが胸の萌ゆ想ひにくらぶれば 煙はうすし桜島山
○吉田松陰(萩藩士)1830-1859
身はたとえ武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂
○木戸孝允(長州藩士)1833-1877
人の巧を取って我が拙を捨て 人の長を取って我が短を補ふ
○福沢諭吉(中津藩士)1834-1901
心事高尚ならざれば働きもまた 高尚なるを得ざるなり
○小松帯刀(薩摩藩城代家老)1835-1870
この年の千代のあまりは菅の根の ながき春びにゆづりてや行く
○阪本竜馬(土佐藩海援隊長)1835-1867
世の人はわれをなにともゆはばいへ わがなすことはわれのみぞしる
○渡辺内蔵太(長州藩士)1836-1864
早咲けば早手折らるる梅の花 清き心を君にしらせて
○吉村寅太郎(土佐藩士)1837-1863
吉野山風にみだるるもみぢ葉は 我が打つ太刀の血煙と見よ
○中岡慎太郎(土佐藩陸援隊長)1836-1867
大君の辺にこそ死なめ大丈夫 都はなれて何か帰らん
○高杉晋作(長州藩士)1839-1867
恥かしと思ふ心のいやまして なほらひ御酒も酔ひえざるなり
○久坂玄瑞(長州藩士)1840-1864
梓弓はるは来にけり武士の 引かへさしと出る旅かな
○新巻羊三郎(久留米藩士)1841-1864
もろともに君のみためといさみ立つ 心の駒をとどめかねつつ
○男谷精一郎(幕臣)1798-1864
剣は心なり 心正しからざれば剣また正しからず
剣を学ばんとする者は まず心を正しくすべし
○山岡鉄舟(幕臣)1836-1888
一歩一歩いつか昇らん富士の山
○渡辺崋山(田原藩家老)1793-1841
麻縄にかかる身よりも子を思ふ 親の心をとくよしもがな
○徳川斉昭(水戸藩主)1800-1860
咲き出でて匂へるものは武士の みちに通へる花にぞありける
○井伊直弼(大老)1815-1860
世の中をよそに見つつも埋れ木の 埋れてをらむ心なき身は
○勝 海舟(幕臣)1823-1899
行は我にあり毀誉は他人にある
○森弥一左衛門(箱舘編成新撰組隊士)1826-1869
うれしさよつくす心のあらはれて 君にかはれる死出の旅立
○河井継之介(長岡藩家老)1827-1868
地下百尺底の心を以て事に当たる
○松平春嶽(越前藩主)1828-1890
鈴菜園田伏のいほに咲く花を しひては折らじさもあらばあれ
○西郷頼母(会津藩家老)1830-1903
己が身にほかせぬ事は施こさじ 前にしりへに右にひだりに
○芹沢 鴨(新撰組局長)1830-1863
雪霜に色よく花と咲きかけて 散るとも何とにほふ梅が香
○山南敬助(新撰組副長)1833-1865
春風に吹さそはれて山桜 すりてぞ人にをしまるゝかな
○近藤 勇(新撰組局長)1834-1868
事あらばわれも都の村人と なりてやすめん皇御心
○瀬尾権三郎(新撰組隊士)1834-1877
身を捨し国に報はん大丈男ハ 妻子も同じ操なりけり
○土方歳三(新撰組副長)1835-1869
しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道
○松平容保(会津藩主)1835-1893
行くも憂し止まるもつらし如何にせむ 君と親とをおもふこころを
○沖田総司(新撰組一番隊組長)1842-1868
動かねば闇にへだつや花と水
○飯沼貞吉(白虎隊士唯一の蘇生者)1854-1931
梓弓むかふ矢先はしげくとも ひきなかへしそ武士のみち
淡交社 1500円 ISBN4-473-03341-4