今日,とある製薬会社の営業マンがやってきました.大腸癌に対する新薬がついに発売になるといいます.
この抗癌剤,その存在は僕も2~3年前から知っていました.欧米での臨床試験の結果から,今後の大腸癌に対する第一選択薬になるであろうとのこと.この新薬の日本での発売に期待しています.実はこの抗癌剤,開発したのは日本人.これは珍しいことではありません.日本で開発されたのに何年も先駆けて欧米で認可されて,やがて日本でも使えるようになる...よくあることです.いま現在アメリカ人が食べているアメリカ産牛肉の輸入を渋ることはよく似ていると思います.
今日はこれを批判する話ではなく,抗癌剤についての考え方...のひとつ.
抗癌剤は多種多様だから一言ではとても語り尽くせないので今回はテーマを絞ろう.
手術で治ったと思われる人に対する『補助療法』としての抗癌剤治療について,大腸癌を例に話をします.手術不能で,抗癌剤以外の選択の余地のない場合の話より,抗癌剤の意味がよく分かるかもしれません.
大腸癌が見つかった.手術で取りきれる可能性が高いので手術をした.実際に肉眼的には取り切れた.切除した大腸や周囲のリンパ節を顕微鏡で調べると進行癌であったことが判明.同じような病状の人々の過去のデータから考えると再発する率が高いグループに入ることが分かりました.
さてどうするか.ここで補助療法の出番です.再発率を抑えるために言わば予防的に抗癌剤を投与する,ということ.
進行癌であっても,手術で癌は取り切れたわけです.でもこれは肉眼での話.それでも再発する人がいるということは,手術時には分からなかった微小な転移がすでに遠くに存在していたということです.
だから補助療法というのは普通,抗癌剤の全身投与になります.だって体のどこに転移があるか分からない,転移があるかどうかも分からないのですから,体の一部だけに投与しても意味がありません(病状によってはそういう方法もあります).
こういう場合の患者さんは,手術という大変なハードルを乗り切って体も順調に回復.ホッと一安心の時です.こういう時に再発や抗癌剤の話をするのは僕も辛い.でもできるだけ多くの癌を治すため,できるだけ長生きしてもらうよう,心を鬼にして話します.
僕は言います.
『手術は成功しました.現在はどんな検査をしても体の中に癌細胞が残っている兆候はありません.しかし,あなたと同じ進行度の人が100人いたら,5年経って生き残っている人は70人です.つまり30人の人は再発して死んでしまいます.でも今から予防的に抗癌剤を投与すれば5年生存率は80人になります.抗癌剤治療を受けますか?』
僕にとっては有り難く医者冥利に尽きることなのでしょうが,たいての人は
『再発がどうの,5年生存率がどうのと言われても私には分かりません.先生の考えにお任せします.先生が抗癌剤治療をした方がいいと言うなら私は受けます.』と言います(最近は皆さんよく勉強されて,またメディアも取り上げることも多くなって,こういう返事は減ってきましたが).
『病気のことは分からない,というのは良く理解できます.皆さんそうです.しかしあなたの病気,あなたの体ですから,原則は自分で決めることです.僕はあなたが自分で判断できるように色々なデータを詳しく説明しますから.』
さらに続けます.『100人中70人しか生きられないものが,抗癌剤投与で80人に増えた.大したことのない数字に思われるかもしれませんが昔に比べれば画期的なことなんですよ.だから医学的に客観的に言うと抗癌剤を受けた方が良いということになります.でもね,それはあくまで統計学的な数字のうえでの話.あなた自身が抗癌剤の恩恵を受ける確率は実は10%なんですよ.つまり,抗癌剤を投与しなくても100人中70人の人は生き残る.この人達にとって抗癌剤は不必要だということになります.逆に抗癌剤を投与しても100人中20人は亡くなります.この人達にとっても抗癌剤は意味が無かったということになります.だから抗癌剤を投与したからこそ長生きできた,抗癌剤は役に立った人っていうのは100人中10人しかいないってことになります.しかも実際の補助療法の効果は10%の違いも無いことが多いんです.』
患者さん,ますます訳が分からなくなります.
『もっと分かりやすく言うと,天気予報で降水確率が30%なら傘を持って出かけますか?傘を持つ人が多いでしょう.0%なら傘を持つ人はいないでしょう?では10%ならどうしますか?これは微妙な確率です.人それぞれというしかありません.適切な例えではないかもしれませんが,そういう風に考えることもできます.あと,確率は高くはありませんが,重篤な副作用が出ることがあります.軽度でも副作用が続いて生活が楽しくなくなるかもしれません.その確率は10%より高いでしょう.しかし癌に対して何らかの対策は講じているという安心感は得られるかもしれませんね.』
ここまで話すと,毎度のことですが,僕も訳が分からなくなってきます.
しばらく時間をかけて,家族とも話し合って人それぞれで最終的に決めていくことになります.
医学的に効果が証明されている!なんて言ってもそんなもんです.僕らには強制はできません.治療の身体的・経済的負担,病気の苦痛,生きるか死ぬか,それは患者さん自身に起こってくることなのですから.
ぶっちゃけて言えば,株に投資するのとなんら変わりありません.過去のデータ,会社の業績,テクニカル指標,投資会社の解析レポート.一見それは確かなことのように,もっともらしく見えるけどあくまで予想.自分の虎の子を乗っけるかどうかなんて自分次第.
医学だって科学だって,100人中100人が恩恵を受けられるものではありません.さきの僕の抗癌剤の説明だって,僕から言わせりゃ(誰から見ても?)抜け穴だらけです.
ちなみに最初に言った大腸癌の新規抗癌剤.『手術不能癌』に対する奏功率は40~50%だそうです.
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この抗癌剤,その存在は僕も2~3年前から知っていました.欧米での臨床試験の結果から,今後の大腸癌に対する第一選択薬になるであろうとのこと.この新薬の日本での発売に期待しています.実はこの抗癌剤,開発したのは日本人.これは珍しいことではありません.日本で開発されたのに何年も先駆けて欧米で認可されて,やがて日本でも使えるようになる...よくあることです.いま現在アメリカ人が食べているアメリカ産牛肉の輸入を渋ることはよく似ていると思います.
今日はこれを批判する話ではなく,抗癌剤についての考え方...のひとつ.
抗癌剤は多種多様だから一言ではとても語り尽くせないので今回はテーマを絞ろう.
手術で治ったと思われる人に対する『補助療法』としての抗癌剤治療について,大腸癌を例に話をします.手術不能で,抗癌剤以外の選択の余地のない場合の話より,抗癌剤の意味がよく分かるかもしれません.
大腸癌が見つかった.手術で取りきれる可能性が高いので手術をした.実際に肉眼的には取り切れた.切除した大腸や周囲のリンパ節を顕微鏡で調べると進行癌であったことが判明.同じような病状の人々の過去のデータから考えると再発する率が高いグループに入ることが分かりました.
さてどうするか.ここで補助療法の出番です.再発率を抑えるために言わば予防的に抗癌剤を投与する,ということ.
進行癌であっても,手術で癌は取り切れたわけです.でもこれは肉眼での話.それでも再発する人がいるということは,手術時には分からなかった微小な転移がすでに遠くに存在していたということです.
だから補助療法というのは普通,抗癌剤の全身投与になります.だって体のどこに転移があるか分からない,転移があるかどうかも分からないのですから,体の一部だけに投与しても意味がありません(病状によってはそういう方法もあります).
こういう場合の患者さんは,手術という大変なハードルを乗り切って体も順調に回復.ホッと一安心の時です.こういう時に再発や抗癌剤の話をするのは僕も辛い.でもできるだけ多くの癌を治すため,できるだけ長生きしてもらうよう,心を鬼にして話します.
僕は言います.
『手術は成功しました.現在はどんな検査をしても体の中に癌細胞が残っている兆候はありません.しかし,あなたと同じ進行度の人が100人いたら,5年経って生き残っている人は70人です.つまり30人の人は再発して死んでしまいます.でも今から予防的に抗癌剤を投与すれば5年生存率は80人になります.抗癌剤治療を受けますか?』
僕にとっては有り難く医者冥利に尽きることなのでしょうが,たいての人は
『再発がどうの,5年生存率がどうのと言われても私には分かりません.先生の考えにお任せします.先生が抗癌剤治療をした方がいいと言うなら私は受けます.』と言います(最近は皆さんよく勉強されて,またメディアも取り上げることも多くなって,こういう返事は減ってきましたが).
『病気のことは分からない,というのは良く理解できます.皆さんそうです.しかしあなたの病気,あなたの体ですから,原則は自分で決めることです.僕はあなたが自分で判断できるように色々なデータを詳しく説明しますから.』
さらに続けます.『100人中70人しか生きられないものが,抗癌剤投与で80人に増えた.大したことのない数字に思われるかもしれませんが昔に比べれば画期的なことなんですよ.だから医学的に客観的に言うと抗癌剤を受けた方が良いということになります.でもね,それはあくまで統計学的な数字のうえでの話.あなた自身が抗癌剤の恩恵を受ける確率は実は10%なんですよ.つまり,抗癌剤を投与しなくても100人中70人の人は生き残る.この人達にとって抗癌剤は不必要だということになります.逆に抗癌剤を投与しても100人中20人は亡くなります.この人達にとっても抗癌剤は意味が無かったということになります.だから抗癌剤を投与したからこそ長生きできた,抗癌剤は役に立った人っていうのは100人中10人しかいないってことになります.しかも実際の補助療法の効果は10%の違いも無いことが多いんです.』
患者さん,ますます訳が分からなくなります.
『もっと分かりやすく言うと,天気予報で降水確率が30%なら傘を持って出かけますか?傘を持つ人が多いでしょう.0%なら傘を持つ人はいないでしょう?では10%ならどうしますか?これは微妙な確率です.人それぞれというしかありません.適切な例えではないかもしれませんが,そういう風に考えることもできます.あと,確率は高くはありませんが,重篤な副作用が出ることがあります.軽度でも副作用が続いて生活が楽しくなくなるかもしれません.その確率は10%より高いでしょう.しかし癌に対して何らかの対策は講じているという安心感は得られるかもしれませんね.』
ここまで話すと,毎度のことですが,僕も訳が分からなくなってきます.
しばらく時間をかけて,家族とも話し合って人それぞれで最終的に決めていくことになります.
医学的に効果が証明されている!なんて言ってもそんなもんです.僕らには強制はできません.治療の身体的・経済的負担,病気の苦痛,生きるか死ぬか,それは患者さん自身に起こってくることなのですから.
ぶっちゃけて言えば,株に投資するのとなんら変わりありません.過去のデータ,会社の業績,テクニカル指標,投資会社の解析レポート.一見それは確かなことのように,もっともらしく見えるけどあくまで予想.自分の虎の子を乗っけるかどうかなんて自分次第.
医学だって科学だって,100人中100人が恩恵を受けられるものではありません.さきの僕の抗癌剤の説明だって,僕から言わせりゃ(誰から見ても?)抜け穴だらけです.
ちなみに最初に言った大腸癌の新規抗癌剤.『手術不能癌』に対する奏功率は40~50%だそうです.

