僕たち外科医が手術をする時,必ず事前に患者さんと家族との間に『手術同意書』という書類を交わします.
患者さんが今どういう病状か.どんな治療法があって何故手術が必要か.どんな手術をするか.手術によって得られる効果と合併症・危険性..
僕が医者になりたての頃は今よりも,かなりいい加減でした.いや,やってることがいい加減ではなくて,書類の文面が,です.もちろん書類を目の前に置いて説明はきちんとしましたが,書類に書く内容は本当に簡単なものでした.例えば..
『病名:胃癌
手術:胃全摘術
麻酔:全身麻酔・硬膜外麻酔
合併症:出血,肺炎,縫合不全,心・肝・腎などの臓器機能障害,薬剤に対するアレルギー,ショックなど
手術中または手術後に抗癌剤を使用することがある.』
そして,その下の患者署名欄のところには,
『上記の説明を十分に理解したうえで手術を受けることに同意します.不慮の事態が起きた場合でも異議申し立てはいたしません』
..とまぁ,こんな感じです.本当に文面はこんなもんでした.しかも読みづらい手書きで
.
もちろん,書いてある以上のことを,それなりの時間をかけて説明はします.でも合併症や危険性についてはサラッと流すように話すだけのことも多かったなぁ.こちらとしても心情的に手術を目前に控えた人間に,手術したら死ぬかもしれません,なんて言いたくないからね.
でも今は違います.
医療訴訟が激増してます.医療訴訟で医師が訴えられる場合,大きくわけて『注意義務違反』と『説明義務違反』の二つを問われます.
つまり医療行為をするうえでちゃんと注意を怠らずに行ったか.点滴の薬を間違えたとか,切る臓器を間違えた,なんかは注意義務違反があったとなります.
もうひとつの説明義務違反とは?これは医療行為は正しく行われたが,不幸にも合併症が起こった.あるいは患者の望まない結果になったといった場合に,そういう事態になる可能性を前もって説明していたか,患者がちゃんと理解していたか,ということを問われることです.
現在,医療訴訟において患者側が勝訴する事例が劇的に増えています.もちろん明らかに医療ミスと思われる事例も増えているのですが,明らかなミスとは言えないまでも,この『説明義務違反』を問われて賠償金なり慰謝料なりを勝ち取るケースが増えたことの方が大きいでしょう.
医者がちゃんと説明したつもりでも,患者側が聞いていないということになれば,言った言わないの水掛け論です.これがカルテや書類に記載されていなければまず医者の負けです.仮に記載していたとしても,専門用語を使っていて患者が理解していなかった,という場合も医者の負けです.
最近の判例では,何千分の一,何万分の一の確率であったとしても,その合併症を起こした場合,事前に説明が成されていなければやはり医師の過失を問われます.
これは医者にとっては非常に辛い.僕も正直,かなり納得し難い判例も多々あります.お互い時間と労力には限りがあるから,全ての人に何万分の一の合併症を全て挙げて説明していたら治療が進みません.
まぁそういった時流を踏まえて,僕がいま患者さんに渡す同意書は昔の10倍以上の内容を書いてます.いちいち手書きできませんから,手術ごとにパソコンでひな形を作っておいて患者ごとに少しアレンジして手渡しています.説明の時間も長くなりました.今まで僕のあまりにも長い説明を聞いてる間に貧血を起こして倒れてしまった人も数人います
.でもそれだけ時間を割いても書いてあること全てを詳しく分かりやすく説明..なんて,とてもできません.
大出血を起こして運ばれた緊急患者の手術の時なんて,もう絶対不可能です.
僕が医者になった頃にはなかった,輸血同意書,血液製剤同意書,HIV検査同意書,造影剤使用同意書,内視鏡検査同意書,そして遺伝子等の研究協力同意書などなど...
冗談じゃなく書類が多くてカルテのファイルが壊れてしまうこともよくあります.
ふと考えたこと.自動車保険や生命保険みたいに数十ページの分厚い約款をドサッと手渡して,はい!ハンコ押して!..だったら楽だろうな.いやいや,ハンコ押した後で分厚い契約書を郵送するってのがいいな.んで,訴訟になった時には,ほら!ここに書いてあるでしょ.読んでなかったあなたが悪い!ってね
.
最近のカード被害で銀行が,それは契約上補償する義務はない!なんて言ってたけど,そんなもん口座作るときゃ聞いてねぇゾ!って思ったなぁ.
まぁ,そんなもの作っても,患者に理解できない文章は無意味らしいのでダメですね
.
日本社会,日本医療がお手本とするアメリカでは,病院で人が死んだ場合,9割以上の人が何らかの賠償金を取れる!などと豪語する弁護士がいるらしいです.それってみんなが幸せで洗練された社会なんだろうか??
仁術はツライ... 病人もツライ...
←何かを感じたらクリックお願いします.
患者さんが今どういう病状か.どんな治療法があって何故手術が必要か.どんな手術をするか.手術によって得られる効果と合併症・危険性..
僕が医者になりたての頃は今よりも,かなりいい加減でした.いや,やってることがいい加減ではなくて,書類の文面が,です.もちろん書類を目の前に置いて説明はきちんとしましたが,書類に書く内容は本当に簡単なものでした.例えば..
『病名:胃癌
手術:胃全摘術
麻酔:全身麻酔・硬膜外麻酔
合併症:出血,肺炎,縫合不全,心・肝・腎などの臓器機能障害,薬剤に対するアレルギー,ショックなど
手術中または手術後に抗癌剤を使用することがある.』
そして,その下の患者署名欄のところには,
『上記の説明を十分に理解したうえで手術を受けることに同意します.不慮の事態が起きた場合でも異議申し立てはいたしません』
..とまぁ,こんな感じです.本当に文面はこんなもんでした.しかも読みづらい手書きで

もちろん,書いてある以上のことを,それなりの時間をかけて説明はします.でも合併症や危険性についてはサラッと流すように話すだけのことも多かったなぁ.こちらとしても心情的に手術を目前に控えた人間に,手術したら死ぬかもしれません,なんて言いたくないからね.
でも今は違います.
医療訴訟が激増してます.医療訴訟で医師が訴えられる場合,大きくわけて『注意義務違反』と『説明義務違反』の二つを問われます.
つまり医療行為をするうえでちゃんと注意を怠らずに行ったか.点滴の薬を間違えたとか,切る臓器を間違えた,なんかは注意義務違反があったとなります.
もうひとつの説明義務違反とは?これは医療行為は正しく行われたが,不幸にも合併症が起こった.あるいは患者の望まない結果になったといった場合に,そういう事態になる可能性を前もって説明していたか,患者がちゃんと理解していたか,ということを問われることです.
現在,医療訴訟において患者側が勝訴する事例が劇的に増えています.もちろん明らかに医療ミスと思われる事例も増えているのですが,明らかなミスとは言えないまでも,この『説明義務違反』を問われて賠償金なり慰謝料なりを勝ち取るケースが増えたことの方が大きいでしょう.
医者がちゃんと説明したつもりでも,患者側が聞いていないということになれば,言った言わないの水掛け論です.これがカルテや書類に記載されていなければまず医者の負けです.仮に記載していたとしても,専門用語を使っていて患者が理解していなかった,という場合も医者の負けです.
最近の判例では,何千分の一,何万分の一の確率であったとしても,その合併症を起こした場合,事前に説明が成されていなければやはり医師の過失を問われます.
これは医者にとっては非常に辛い.僕も正直,かなり納得し難い判例も多々あります.お互い時間と労力には限りがあるから,全ての人に何万分の一の合併症を全て挙げて説明していたら治療が進みません.
まぁそういった時流を踏まえて,僕がいま患者さんに渡す同意書は昔の10倍以上の内容を書いてます.いちいち手書きできませんから,手術ごとにパソコンでひな形を作っておいて患者ごとに少しアレンジして手渡しています.説明の時間も長くなりました.今まで僕のあまりにも長い説明を聞いてる間に貧血を起こして倒れてしまった人も数人います

大出血を起こして運ばれた緊急患者の手術の時なんて,もう絶対不可能です.
僕が医者になった頃にはなかった,輸血同意書,血液製剤同意書,HIV検査同意書,造影剤使用同意書,内視鏡検査同意書,そして遺伝子等の研究協力同意書などなど...
冗談じゃなく書類が多くてカルテのファイルが壊れてしまうこともよくあります.
ふと考えたこと.自動車保険や生命保険みたいに数十ページの分厚い約款をドサッと手渡して,はい!ハンコ押して!..だったら楽だろうな.いやいや,ハンコ押した後で分厚い契約書を郵送するってのがいいな.んで,訴訟になった時には,ほら!ここに書いてあるでしょ.読んでなかったあなたが悪い!ってね

最近のカード被害で銀行が,それは契約上補償する義務はない!なんて言ってたけど,そんなもん口座作るときゃ聞いてねぇゾ!って思ったなぁ.
まぁ,そんなもの作っても,患者に理解できない文章は無意味らしいのでダメですね

日本社会,日本医療がお手本とするアメリカでは,病院で人が死んだ場合,9割以上の人が何らかの賠償金を取れる!などと豪語する弁護士がいるらしいです.それってみんなが幸せで洗練された社会なんだろうか??
仁術はツライ... 病人もツライ...

同業者からのコメントって珍しいんです.お互い頑張りましょう!