GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

<のめり込む>

2012年02月07日 | Weblog
 のめり込んでしまう作家たちがいる。最初は吉川英治の『宮本武蔵』を読んで、開眼したのは二刀流ではなく、読書だった。とにかく作品群を片っ端から読まなければ気が済まなくなるのだ。次はルパンシリーズのモーリス・ルブラン。純文学を目指していたルブランは、友人に依頼されいやいや書いた『ルパン逮捕される』が大評判を博し、書き続けることになる。『813』は、日本の名匠溝口健二監督がサイレント時代に映画化もしている一番のお気に入り作品だ。
 次にのめり込んだ作家は松本清張だった。『砂の器』が一番だが、兄の為に身体を張って悪徳弁護士に復讐を挑む『霧の旗』がとても好きだ。先生・医者・弁護士は私にとって3大聖職だったが、この本を読んで初めて悪徳弁護士が世間にはいるんだと知った記念碑的作品となった。そして、読んでいて夢やエネルギーが湧いてくる司馬遼太郎にものめり込んだ。五木寛之、城山三郎やアーサー・ヘイリーやエリザベス・ゲイジと読んでいるうちに、ハロルド・ロビンズという巨大な米国の流行作家に出会う。粗製乱造の通俗小説作家とも云われ、彼の書く本は暴力と野心、危ないセックスがてんこ盛りだった。世界で一番売れた作家は云わずと知れたウィリアム・シェイクスピアだが、近代に入ってからは、ミステリーの女王ことアガサ・クリスティーで、両者は累計で各20億冊と云われている。その次に売れた作家が7億5千万冊も売ったハロルド・ロビンスだ。私が表現した巨大な作家というのはこの数字からも伺えるだろう。天然系の私はロビンズの悪の世界に完全に魅了された。ついでにその他のベストセラー作家を紹介しておく。ダニエル・スティール(5,6億)、ジョルジュ・シムノン(5億)、トルストイ(4.13億)、シドニー・シェルダン(3.25億)、スティーブン・キング(3億)、日本では西村京太郎(2億)、司馬遼太郎(1.8億)、吉川英治(1.2億)、内田康夫 (1億)、 森村誠一 (1億)。

 日本でもハロルド・ロビンズのような作家がいる。西村寿行だ。但し、ロビンズ作品と西村作品の違いは、作品が持つ情念と重厚さだ。西村氏は題材については徹底した調査を行っており、1本の小説を書くにあたって積み上げて最低1メートルにはなる資料を読み尽す。だから説得力は半端ではない。圧倒的なリアル感と情報量はその豊富な資料に基づいている。
 西村氏は、網元の家の7人兄弟に生れ、満州馬賊でもあった父を持つ。新聞記者、タクシー運転手、小料理屋など20近い職種を経験する。南アルプスで猟師同然の生活を行っていた時期もあり、かなりハードな実体験を持っている。この経験が代表作『犬笛』に活かされる。特にネズミやイナゴがパニックを起こす『滅びの笛』『滅びの宴』『蒼茫の大地、滅ぶ』のパニックシリーズの壮大さと緻密さは他に類を見ない。1974年に生島治郎氏から冒険小説を書いたらどうかと勧められたことがきっかけで書いた作品が『君よ憤怒の河を渉れ』。この作品は大ヒットして高倉健と中野良子主演で映画化もされている。 海上保安庁特別警備監の関守充介が事件に立ち向かう『遠い渚』『ふたたび渚に』『沈黙の渚』『風の渚』は、シリーズものとしては緊張感が持続した優れた作品群だ。最も記憶に残っているのは、テロ対策として創設された公安特科隊の中郷広秋と伊能紀之が、狂気のテロリスト僧都保行と死闘を繰り広げる『往きてまた還らず』。簡素な文章に彼の凝縮した男の執念・生き様を感じた。2007年(平成19年)8月23日、肝不全のため東京都内の病院で死去。

「生島治郎」は、日本のハードボイルド小説の祖と云われている。生島氏は高校時代から小説を書き始め、早稲田大学第一文学部英文学科在学中は同人誌に所属し傍ら、港湾関係のアルバイトで肉体労働を経験する(早大英文の同級に小林信彦がいた)。1967年、『追いつめる』で第57回直木賞を受賞し、田宮二郎主演で映画化もされている。同僚を誤射し引責退職をし,妻と娘とも別れた志田刑事は、命を賭けて組織暴力団に挑んでいく。ヤクザと接近し過ぎて癒着した刑事たち、企業を守るためにヤクザに協力をするサラリーマンたち、部下の犠牲を省みない警察上層部、そして、強い意思を秘めた女たち。今の警察小説の原点があるような気がする。社会性を重視した新しい切り口は、直木賞の真骨頂的作品と云える。2003年3月2日、肺炎の為、逝去。70歳没。葬儀委員長は大沢在昌が務めた。

 今、のめり込んでいる作家は何度も書いてきた「大沢在昌」だ。大沢氏と生島氏の関係も面白い。大沢氏は中学の頃よりレイモンド・チャンドラーをはじめとするアメリカン・ハードボイルドを乱読し、この頃「ハードボイルド作家」になりたいという夢を持ったという。また日本では特に生島氏に心酔し、長文の手紙を送ったほどである。後に生島氏から長文の返信が届き感激し、作家になったおりそのことを話した。そのことがきっかけで生島が亡くなるまで二人の交流が続いた。この関係で葬儀委員長を引き受けたにちがいない。

                               

 あと20年もすれば、日本ハードボイルドの祖が生島治郎なら、中興の祖は大沢在昌と呼ばれるるだろう。今流行の警察小説は『新宿鮫』から生まれた新しいジャンルだからだ。中学2年生の頃、大沢氏は初めて自作短編を執筆。それらにはやはり生島治郎の影響が強かったという。1978年『感傷の街角』で第1回小説推理新人賞を受賞してデビュー。しかし、当初は全く売れない作家で、〝永久初版作家〟と呼ばれたほどである。その状態は1990年まで続いた。読者に気に入られる物語ではなく、書いた自分がスッキリする物語を書こうと、いわばヤケクソになって書き上げた作品が大ブレイクする。『新宿鮫』の誕生である。
1993年『新宿鮫 無間人形』第110回直木賞受賞。第12回吉川英治文学新人賞。
2001年『心では重すぎる』第19回日本冒険小説協会大賞日本軍大賞。
2002年『闇先案内人』第20回日本冒険小説大賞日本軍大賞を連続受賞。
2004年『パンドラ・アイランド』第17回柴田錬三郎賞。
2006年『狼花 新宿鮫IX』第25回日本冒険小説協会日本軍大賞受賞。
2006年から2009年5月まで日本推理作家協会理事長を務める。
2010年 日本ミステリー文学大賞受賞。

この半年で読んだ大沢氏の作品を上げてみる。いかにのめり込んでいるかが分かる。
『新宿鮫X 絆回廊』(ネットにて)
『天使の爪』
『天使の牙』
『雪蛍』
『心では重すぎる』
『秋に墓標を』
『魔物』
『夢の島』
『パンドラアイランド』
『欧亜純白 ユーラシアホワイトI・Ⅱ』
『ザ・ジョーカー』
『冬の保安官』
『相続人TOMOKO 』
今年になって
『標的はひとり』
『黄龍の耳』
『魔女の窪顔』
『魔女の盟約』(現在読書中)
 
 大沢在昌は、私にとってもはやハードボイルドや冒険小説家とはとても語り尽くせない作家となった。私立探偵佐久間公を主人公にした『心では重すぎる』と『欧亜純白 ユーラシアホワイトI・Ⅱ』を読んだとき、そう思った。『心では重すぎる』は、ハードボイルドや冒険小説の持つスピード感がまるで感じられなかったのだ。物語の停滞ぶりがとても刺激的だった。こんな奇妙な読書感は初めてだった。失踪した漫画家の行方を探す物語で、主人公の佐久間は薬物依存者とのトラブルや、渋谷のチーマーややくざの組織との対立などを絡めながらて、物語が一気に展開していくのかと思ったが、テンポは最後までゆったりで軽快さとはほど遠い。しかし、その停滞さが、今の社会とリアルに共鳴していく。人間を荒廃させていく巨大なビジネスの漫画業界、少年たちを汚染する薬物依存、人の心をとらえる新興宗教など、登場人物たちの議論が繰り返されるうちに次第に人物たちは役割の域を越えて生々しい肉声を放ち、恐ろしいほどのリアリティをもって迫ってくる。ハードボイルドや冒険小説などのエンターテインメントを越えた大沢文学の一つの頂きだと感じた。
 最長編小説『欧亜純白 ユーラシアホワイト』は、それとは反対に停滞さは微塵もない。冒頭からアクションの連続で、しかも、グアム、モスクワ、ウラジオストック、東京とめまぐるしく舞台がかわり、人物たちが次々に出てきて麻薬戦争の現場を迫力たっぷりに描き、読者を引きずりこむ。しかし、従来のアクション系と一線を画しているのだ。物語の時代は、香港が中国に返還される1997年。アメリカやロシアでの麻薬がらみの事件がやがて東京で関係者が一堂に会し、混乱に拍車がかかる内容だ。主人公は三人の捜査官。厚生省の麻薬取締官の三崎、アメリカ司法省麻薬取締局(DEA)の捜査官のべリコフ、広東省珠海市公安局の刑事隊の趙。協力し合うはずのない中国の公安局の刑事趙の存在は目を見張る。荒唐無稽ではなく重厚な説得力を伴っているからだ。何よりも印象的なのは、麻薬をめぐってさまざまな対話や議論が何度もでてくる点だ。『心では重すぎる』では停滞さがリアリティを生み出す魅力的な議論で表されたが『欧亜純白 ユーラシアホワイト』では麻薬発生の歴史や詳細な情報の過剰さが緊張感とリアルな悪として、説得力を生じさせた。この社会批評的な分析がたまらなく面白かった。国際的な武器取引や反政府組織への援助物資とし麻薬が通貨の役目を果たしていることを初めて知った。金の流れは後に残るが麻薬のやり取りはそうではないからだ。麻薬の歴史的・社会的・金融的価値をさまざまな角度から論じて、未来社会を予見していく。最後には、混沌としているロシアや、国家企業として巨大化していく中国の将来を透視しながら、もはや麻薬との共存しかないのではないか、と見据えるのである。この分析に感嘆せずにはいられない。海外作品でもここまでは語らない。

 私がのめり込む作品の最大の特徴は<情報の質とその作家が持つ世界観>だ。今までで一番数多く読んだ作家は西村寿行だが、その数に急追しているのが大沢在昌作品だ。とにかく読ませる力は他の作家と比べて群を抜いている。初期の大沢作品にはあまり共感できないが、『新宿鮫』以降その成長ぶりが如実なだけにとても印象深い作家だ。西村氏と共通しているのが、作品の広さと<悪>に対してのスタンスが重厚でリアルな点だ。ともに重厚でシリアスな作品から荒唐無稽でユーモア溢れる作品も書いている。二人が描く暴力や銃撃シーンのリアル感は、サム・ペキンパーやブライアン・デ・パルマの暴力映画を凌いでいると云っても過言ではない。本当にそう思っている。

 寒い孤独な冬の夜を退屈せずに過ごすにぴったりの作品を紹介しておきます。アクション系なら西村氏の『往きてまた還らず』、大沢氏なら『魔物』。重厚モノなら西村氏の『遠い渚』、大沢氏なら『狼花 新宿鮫IX』、きっと震撼させながらホットになるに違いありません。

PS:ネットで毎週読めた『新宿鮫 絆回廊』は、大きな展開はないが、親子の絆、上司と部下の絆、恋人の絆など、登場人物たちの絆、それが物語の主軸となったとても切なく哀しい物語。大沢氏はハードボイルドは群像劇という。この『絆回廊』はまさしくこれに当たりそうだ。

 

 


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