真っ白な原稿の上で、俺は爪を切った。

漫画家 施川ユウキのブログ

現在、ブログの更新を休止中です。

2016年04月25日 06時30分32秒 | Weblog
(気づいたら3年前からですけど)現在、ブログの更新を休止中です。
告知等は、ツイッターの方でしたりしなかったりしてます。
https://twitter.com/ramuniikun

「鬱ごはん」1巻、「オンノジ」、「バーナード嬢曰く。」単行本3冊同時発売!後、サイン会やります。

2013年04月18日 22時07分27秒 | Weblog
明日、4月19日(金)、「鬱ごはん」1巻、「オンノジ」、「バーナード嬢曰く。」の単行本が3冊同時発売します!

施川ユウキコミックス3冊同時発売記念 秋田書店×一迅社合同 鬱ノジ曰く。フェア!!
↑秋田書店さんの特設ページです。

「鬱ごはん」

就職浪人である鬱野君が、美味そうじゃない飯を美味そうじゃなく食べる、
今まで無さそうで無かった食漫画です。
半分くらい実体験です。




「オンノジ」

突然誰もいなくなった世界で、少女とフラミンゴが彷徨する、非日常4コマです。
最終回描き終えてしばらく経ちますが、彼女達の事を思うと切なくなります。そんな内容です。




「バーナード嬢曰く。」

図書室を舞台にした、名言や読書をテーマにした漫画です。
「読書家ぶりたいけど読書が面倒くさい!」って話を延々してます。
描きおろしネタや書きおろしコラムが割とあります。

後、こんな感じでSFネタが微妙に多いです。






4月29日(月・祝)COMIC ZIN秋葉原店さんにてサイン会をやらさせて頂きます。
詳しくはこちら

3冊とも、見事に内容がカブってないので、全部買っても多分飽きずに読めます!
よろしくお願いいたします!!









「おおかみこどもの雨と雪」の母親は英雄ではなくヴィラン(怪人)です。

2012年12月28日 23時19分35秒 | Weblog
わたし、周防がおなかにきたとき、ひどい状態でした。なにを教えたらいいか、わからない。わたしが育てた人間なんて、社会からどれだけ疎外されるだろう。
言葉も通じない。わたしが神さまについて、思った通りを子供に語り、子供がその通りをだれかに語る。それだけで、もうその子は気違いあつかいされるんじゃないかって。

「氷の海のガレオン」 木地 雅映子 (著)


「おおかみこどもの雨と雪」お話の語られ方には目的がある。

前回、「花が泣き言や恨み言を言ったり、くじけたりしないのは、彼女がスーパーマザーだからではなく、単にそれを子供に見せなかっただけではないか?」とか、「実際は、笑顔という強固な仮面の下に弱さや苦悩を隠した、ブルース・ウェインのような一人の人間が居るはずなのでは。」とか、都合のいい事を色々書きましたが、今回は完全に逆の事を言います。

花は、英雄ではなく、むしろヴィラン(怪人)です。

…という見え方も出来るという話です。

花は、弱さを子供に見せなかったのではなく、強い思想に自分を預けていただけだとしたら。物語における悪役の多くは、冷酷な法の執行者であったり、狂信者であったり、極端な思想に取り込まれています。

『おおかみこどもの雨と雪』におけるヒロインの怖さ at 愛書婦人会

花は、死んだ夫をゴミのように処理する光景を見て、人間社会に絶望し、他人を一切信じないと決意する。そして極端な思想に傾倒していく…。王道のヴィラン誕生譚です。

花は最後まで自分が正しいかどうかを疑えません。他人に相談して審判を仰ぐことが出来ないからです。

雨が学校へ行かなくなった時、花は普通にそれを許容します。雨が学校に馴染めないのは、おおかみこどもだからではなく、雪と違って単に内気だからです。母親として、誰かひとりでも友達を作らせるよう、努力すべきだったのではないでしょうか。でなければ、「自然」か「人間社会」か、生きる世界を選ばせる時、全然フェアじゃないからです。
花は最初から、誰にも真実を打ち明けなかった時点で、人間社会で生きるという選択に消極的だったように思えます。雨と雪がその事で喧嘩して大暴れした時、花が雨を叱らないのも、とてもアンフェアに見えました。

クライマックス、花が雨を探してる一方で、雪は草平に秘密を告白し、信頼出来る他者を獲得します。母親の知らない所で、母親の信条を否定する形で彼女を乗り越えるのです。そしてラスト、雨も雪もいなくなり、花が一人で山で暮らしているシーンで映画は終わります。
花は誰にも真実を明かしてないので、自分が正しかったのか、審判を受けられません。この物語は、雪によって英雄譚として語られます。それは花というヴィランを乗り越えた雪が、世間に代わって母親を赦す物語のようにも見えます。

…という見え方があるという話です。前回書いたことが間違っていたという訳ではもちろんないです。解釈の幅が大きいという意味で、非常に優れた作品である、という話でした。
おわり。
















トラックバック (1)

「おおかみこどもの雨と雪」お話の語られ方には目的がある。

2012年08月10日 10時51分20秒 | Weblog

「だいじなのは、お話の裏にこめられた意味なんだよ、ドローヴ少年。 お話ってのはある目的があって語られるもので、その語られかたにもやっぱり目的がある。お話しがほんとかそうでないかなんてのは、どうでもいいことなんだ。」
「ハローサマー・グッドバイ」 マイクル・コーニイ (著)



・「おおかみこどもの雨と雪」を観て、まず思った事。

これは、語り部である雪が母の半生について、一大叙事詩のように語る英雄譚だ。
ちなみに、「CUT」のインタビューで、その件を振られた細田監督は、「子供がヒーローに憧れるのと同じ目線で、子供を育てる親たちを見たらどうなるのかなっていう」と答えている。



・雪は信頼できない語り手なのか?

全体を通して、雪のエピソードに対して、雨のエピソードの情報量が少なすぎる。
雨は檻の中の狼と、どういうコミュニケーションを取ったのか(あるいは取らなかったのか)、狐とどう出会って、どういう付き合いがあったのか。
狐がどんなキャラクターなのかについてもさっぱり見えない。唯一ある、二匹で野山を駆け回るシーンは、完全にイメージ映像のよう。(おそらく、雨に山へ誘われた時の話等を元に、雪が想像している)母については、常に笑顔を見せていて、内面がつかみ切れない。
描かれない部分の諸々は、「語り部が雪だから」で説明が付けられるし、「この物語は、一つの立場によって語られるアンフェアな物語だ」というメッセージにもなっている。
花が雪に、雪が我々(観客)に、「何を語らなかったのか」が重要になってくる。



・花は、スーパーマザーなのか?

映画の中で、花が泣き言や恨み言を言ったり、くじけたりしないのは、彼女がスーパーマザーだからではなく、単にそれを子供に見せなかっただけではないか?雪は母の弱さを知らないし、それを我々(観客)に語れない。最初の方にある、「父の葬式で笑っていた」という極端なエピソードにギョッとしたけど、「実の父の葬式で笑顔を作れる人間が、子供にやすやすと弱さを見せる訳がない」というキャラクター付けの説得力につながっている。
本当の意味で信頼できない語り手は、雪よりも、雪に生い立ちを語る花なのでは?



・この映画で語られてるヒーローとは。

雪というフィルターを通すことによって、スーパーマンのような、ファンタジー溢れる英雄伝説に仕上がっている。
しかし実際は、笑顔という強固な仮面の下に弱さや苦悩を隠した、ブルース・ウェインのような一人の人間が居るはずなのでは。
この映画で語られる、英雄伝説に対して「リアリティが…」とか言うのは、あまり意味が無い。英雄伝説が誕生するプロセスに対して、リアリティがあるかってことの方が重要。「英雄は語る者によって作られる」という現実を描けているのか、という。


続き

「おおかみこどもの雨と雪」の母親は英雄ではなくヴィラン(怪人)です。






トラックバック (1)

電撃コミックジャパンで連載中「バーナード嬢曰く。」こぼれ話。

2012年06月10日 13時12分33秒 | Weblog
gooブログは、どうやら60日間投稿がないと、
ブログのデザインが変わってしまうそうなので、何か書きます。

http://comicjapan.dengeki.com/bookarchive.html

こちらから読める「電撃コミックジャパン」(無料!)の2012年2月号から
「バーナード嬢曰く。」が始まってます。

名言漫画だったのですが、最近は本(なぜか主にSF)をネタにしてる方が多いです。


こぼれ話。

5月号掲載の第4話に伏字になってる個所がありますが、
最初はセリフも違っていて、こんな感じでした。





意外と一度通ったんですが、結局直す事になりました。
元のままだと、フレドリック・ブラウンの流れで、
次のセリフへ自然につながります。

直した後の「海底二万里」のくだりも良いので、
結果的にはどっちでも良かった気がします。