ブログ「教育の広場」(第2マキペディア)

 2008年10月から「第2マキペディア」として続けることにしました。

教育の広場、第03号、教育改革の議論の進め方

2006年03月31日 | 教育関係
教育の広場、第03号、教育改革の議論の進め方

(2000年10月14日発行)

 或る会社の経営がうまく行かなくなったとします。その会社はどうするで
しょうか。どこが悪いのだろうかと全面的な調査をするだろうと思います。
自社内にそのための調査委員会を作って調査をするか、外部の経営コンサル
タント会社に調査を依頼するか、どっちでも構いません。とにかく自社の問
題点を徹底的に調査すると思います。

 或る人が、体の調子がどこかおかしいと感じた時も同じだと思います。病
院に行って人間ドックに入るとか、そこまでしないでも、とにかく検査をし
てもらうと思います。

 このように、人は何か問題があると感じ、それを解決しようと思った時は
、まず徹底的な調査から始めるものです。なぜなら、問題点を明らかにし、
何が根本の問題で、何がそこから派生した問題で、何が枝葉の問題で、何が
頼るべき長所か、といったことが分からなければ、正しい対策を立てること
は出来ないからです。

 しかし、昨今大問題になっている日本の教育改革の議論を聞いていますと
、この当たり前の事が実行されていないと思います。(2000年)10月09日と
10日にNHK教育テレビで日本の宿題シリーズの一環として教育改革をテー
マにした討論が放映されました。それを見ても私はそう思いました。

 この番組はNHKの町永俊雄氏を司会者として、橋爪大三郎氏(東京工業
大学教授)、高木幹夫氏(日能研代表取締役)、白井智子氏(ドリームプラ
ネットインターナショナルスクール校長)、堀田力氏(さわやか福祉財団理
事長)、寺脇研氏(文部省政策課長)の5氏が議論したものです。

 第1夜のテーマは「学力低下」で、第2夜のそれは「学校の改革案」でし
た。

 この番組の第1夜の持っていき方にこの議論の方法上の欠点がよく出てい
ると思います。司会者は「情緒的・抽象的になりがちな教育を、具体的な枠
の中で現実を動かすような議論を積み重ねていきたいと思います」と大上段
に構えました。期待が高まりました。

 しかし直ぐに、「そういった意味で文部省の打ち出した教育改革を俎上に
して1回目は話し合ってまいります」と、議論は文部省ペースでやるのだと
トーンダウンしました。

 ここでがっかりしましたが、更にそれに続いて、「まず5人の皆さんにい
ま、学校のどこが問題なのかを伺いたい」と始めました。これならまともで
す。では、その答えはどうで、その答えはどう扱われたでしょうか。

 5人の考えは次の通りでした。

 橋爪大三郎氏。(「無連帯」と書かれたボードを示しながら)「学校は教
育機関ですから、生徒にきちんと学力をつけてもらわないといけないのです
けれども、現在の学校は教育機関の体裁をなしていない。それほどガタガタ
ではないかと思います。無連帯とはこなれない言葉ですけれども、言いたい
ことはバラバラ。先生も教頭先生も校長先生も父兄も生徒たちもそれを取り
巻く社会も協力できていない。ここが現状ではないでしょうか」

 高木幹夫氏。(グラフを示して)「少子化と同じように私立中学の受験者
数がずーっと下がってきたのが、今年の春、上がりました。なぜかというと
、2002年に学習指導要領の改定があるということに親はすぐに反応してきた
ということです。先行きに対する不安と期待。公立の学校に対する不安。そ
して、自由になるんだったら、私立だったらもっといろんな事をしてくれる
んじゃないのかという期待だと思うんですね。これが一つの見方だと思うん
ですね〔文部省の改革は多くの親にはこう見られている、という意味らしい
〕。」

 白井智子氏。(「『学力』で人間の価値を決めるな」と書かれたボードを
示して)「一人一人に必要な学力は違うんじゃないのか。何でも知っている
人は誰もいない。それをテストの点数が悪いからといって、自分はダメなん
じゃないかと思ってしまうのは余りにももったいない。一人一人の才能を見
つけて伸ばすということをしていくと、子供たちは真剣に自分に必要な学力
は何なのかを追求し出していくということを私共の学校の子供たちが証明し
ていってくれていると思います。」

 堀田力氏。(「個の圧殺」と書かれたボードを示して)「白井さんの発言
を踏まえて。学力だけで決めようとするために子供たちの個性が殺されてい
る。人間は自分に自信が持てないとやる気になれない。どの子もいい所を持
っている。それを認めて、そしてそれを伸ばすような教育に変えていかなけ
ればならない。」

 寺脇氏に対しては司会者は「(学習内容の)3割削減の狙いは何か」と質
問して答えてもらいました。

 寺脇研氏。「一人一人の子供が違うものを持っていることに対応していか
なければならないのではないか。主要教科という考え方自体が、それ以外の
ものが出来る奴なんか大したことないという考えと結びついている。それか
ら、みんなが同じ時に同じ事をやっていくという考え方、これを改めるため
に、みんなが同じ時に同じ事をやるという時間を減らしていって、その分、
総合的学習の時間で教科の枠に囚われずに、しかし教科の内容を総合的にや
っていくこと。

 それから、中学の場合は選択の時間がありますから、自分が選択して英語
とか国語とかをやるという時間がありますから、みんなが同じ時間に同じ事
をするのを3割減らして、その部分はそれぞれに合った形でもっとやってみ
たいことができたり、分からないことをもっと時間をかけて学んだりする。

 これは学校の構造をも変えなければならない。今までは画一的ですから、
連帯なんかしなくたって自分の持ち場をやっていればよかったかもしれない
けれども、どのような教育内容を提案していくか、学校の中だけではなしに
、保護者や地域住民を含めた大議論が必然的に起こってくる。」

 司会者はこうして5人の答えを聞いた後、それらの間にある食い違いなど
を手掛かりにして「いま学校のどこが問題なのか」のテーマを広げ深める努
力をすることなく、聞きっぱなしで、予定通り、「学力はどう変わっていく
のか」の議論に進んでいきました。

 これは「科学」でもなければ、およそ「議論」でもないと思います。文部
省の改革案は既に始められていて、それが変わることはないということは誰
もが知っていて、そして「議論」をしようというのです。

 本当の議論とは、未だに決まっていない結論を出したり、あるいは一応出
されている結論でも場合によっては変えうるという前提でなされるものだと
思います。しかし、この議論には議論のこの根本前提が欠けているのです。

 NHKは教育に熱心で、教育トゥデイを中心に多くの時間を使ってくれて
いますが、そしてそれらはそれなりに高い評価を受けているようですが、そ
れらのほとんどが「核心を外して核心以外の事を扱う」という特徴を持って
いると思います。残念ながら、今回もその例に漏れなかったようです。

 私たちは文部省の改革案に囚われることなく、学校教育を根本的に考える
というのはどういう事なのかと独自に反省しつつ考えていこうと思います。
その中で、必要な場合には、今回のNHKの議論についても振り返ることが
あるかもしれません。

 次回からは、根本的な問題から順序よく一つずつ考えていくつもりです。
どの場合でも私の意見は問題提起にすぎません。皆さんの積極的な参加をお
願いします。