樋口正登の法律好きるあっぷ!

改正情報、判例・登記先例等を書いております。ご要望・ご質問は、soudan-higuchi@lec-jp.comまで。

更正登記を行なうことができる限界の拡張(最判平11.3.9)

2018年04月19日 16時37分19秒 | 法律好きるあっぷ!
受験生の皆さん、お疲れ様です。
今回は「更正登記を行なうことができる限界の拡張」(最判平11.3.9 平9(オ)953)について書いておきます。

要旨:
 被相続人の生存中に、相続人に対し売買を原因として行なわれた所有権移転登記について、被相続人死亡後に相続を原因とする登記に更正することはできない。
 また、被相続人の生存中にその所有する不動産につき共同相続人の一人である甲に対し架空の売買を原因として所有権移転登記がされ、甲が第三者乙のために抵当権設定登記をした場合には、被相続人の死亡後他の相続人は、甲に対しては真正な登記名義の回復を原因とする持分の移転登記手続を、乙に対しては甲の持分についての抵当権設定登記に改める更正登記手続を請求することができる。


争点:
 更正登記を行なうことができる限界の拡張。
 本事例では、抹消・更正・真正な登記名義の回復による移転の選択肢があり、学説によれば、登記情報を混乱させることなく過去の登記を是正するには、いかなる種類・形態の登記を用いるのが合理的か?が判断基準となる。


評価:
 実体上存在しない物権変動を原因とする登記手続は不適法であり、判決をもっても命ずることはできない(最判昭57.10.26)との見解を前提としつつ、要旨の前段部分は、当事者の生存中に同人の死亡による相続の開始を原因として物権変動は生じ得ないことから、更正登記を認めないことは当然であると解される。また、後段部分は、真正な登記名義の回復による移転のみならず、抵当権の更正(一部抹消)をも認めたところに特性がある。


          

受験生としては、単なる暗記だけではなく、なぜ?という観点を持って勉強すると「力」が付くことは言うまでもありません。。。
 

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跳ね返されたら、何度でも挑めばいい

2018年04月15日 01時54分48秒 | 法律好きるあっぷ!
深夜2時。一定数の受験生は、起きている時間帯ですね。

もうここまで来たら、ゴールを意識するのみ! 何があっても動揺する必要などありません。
転んだら起き上がればいい。そして、跳ね返されたら何度でも挑めばいい。


今回の動画は、26年前の伊藤みどり選手。
まだ生まれてませんけど?という受験生も相当数いるかも(驚)。50代である自分の年齢からすると、ある意味恐ろしい。。。


[HD] 伊藤みどり Midori Ito - 1992 Albertville Olympic - Free Skating

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個別指導塾の最終形は?

2018年04月12日 10時23分10秒 | 法律好きるあっぷ!
主に司法書士試験を対象として・・・LECに「個別指導塾」が設置されて、かれこれ3年が経過しました。
受験生の方たちには、それぞれの「環境」や「ご事情」があって、毎日戦いながら勉強を続けていらっしゃいます。

そんな中で最近思うことは、個別指導塾の「最終形」(final form)は、いったいどのようなものであろうか?ということ。
この3年間は、「内容的な質問対応」「勉強方法についてのカウンセリング」の他は、「気分転換を兼ねた話相手」になったりという域を出ておりませんが、最後は「全寮制の人生大逆転塾」なのかも?とも思ったり。。。


現実的には、LECが寮を構えるということはないでしょうから、せめてビジネルホテルに滞在して「一定期間は資格試験のために本気で取り組んでみる」ということになるのかも?
例えば、昔「ヤンキー」だったけど「宅建」を取って不動産会社に入りたいとか、「高校を中退」してバイトしかしてこなかったので「何らかの資格」を取って筋を通したいとか、一定のニーズはあるように思えるのです。


樋口個人が現実的に担当しているのは「宅建」と「司法書士」試験なので、まずは「宅建を狙うコース」があってもいいのかも。
通常よりは短期間であるけれど、一気に合格まで持っていく「超!スパルタ塾」。宅建に受かったら「司法書士」を狙ってみるのも悪くない。
石の上にも3年と申しますが、丸3年を経過した個別指導塾も転換期に差し掛かっていると思えるのです。




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追い込まれることにも「意味」がある

2018年04月08日 15時24分27秒 | 法律好きるあっぷ!
資格試験の勉強に限らず、人生においても、何らかの理由で「とても追い込まれる」ことがあります。

多くの事例から見受けられるのは、「大きな成果を出す」ためには、「同レベルの障害」ももたらされるということ。どうも、これは「既成事実」のようです。
確かに、障害がなければ「容易にことを為す」ことが可能なので、大きな成果をもたらすことは不可能であるのかもしれません。



追い込まれることにも「意味」がある。その先には「必ず大きな成功」が待っているということに気づくべきです。まさに火事場の馬鹿力ですね。  

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ご自分の可能性を信じるべきです!

2018年04月06日 17時30分06秒 | 法律好きるあっぷ!
最近の投稿で・・・
人事を尽くして天命を待つというのは、将来の可能性について否定的な結果も含んでいるとも思われるのです。
「天命を信じて人事を尽くす」という捉え方の方が、成否については「成」が先にあって日々これを目指していくということになるので、より成功を収める可能性は高まると考えられます。

        という記事を書きました。

この点について、ピンと来ていない方もいらっしゃるようなので、補足しておきますね。

端的に言えば「ご自分の可能性を信じるべき!」ということです。人事を尽くすということは、人としてできる限りのことを全て行なう!ということですが、この「人事を尽くす」ということの中には「可能性を信じる」ということも含まれるのです。
想いは実現するのです。


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