「その3」まで書いたのだが、ここのところの毒舌投稿には「いいね」も、「応援」「続き希望」「役に立った」もほとんど押してくれる人はいない。
これが何を意味するのか。
これこそが、私が3回にわたる「町会議員立候補要請」をきっぱりと拒絶する理由なのです。
これは仮の話だが、私が書いたことを現職の議員が言ったらどうなるのか。
「非難の嵐」が吹き荒れて、次の選挙では「落選間違いなし」となるだろう。
これはメディアや評論家、専門家にしても同じなのだ。
メディアも評論家も専門家も議員と同じで、所詮は人気に左右されるので、国民を敵には回したくないのだ。
が、私はそういう縛りはないので、現実を書いてみなを敵に回すこともできるのです。
なので、敢えて「へそ曲がり」という名にしたのです。
そして、これを陰で支えているのは・・・・。
21歳の時にスキーで泊まった民宿で出会ったある大学の「心理学の教授」の言葉なのです。
その時言われた言葉。
それは「お前は損な性格ではあるが、お前のような人間が社会には必要だから、それが理解できるなら変えてはいけない」と。
これで嫌な思いをしたことは山ほどあるが、100人に一人、1000人に一人でも理解してくれる人がいればいいのだ。
いや、いなくてもいいかも。
かの有名なガリレオガリレイの「地動説」だって、それが認められたのは彼の死後数十年経ってからなのだから。
もっとも、私は彼のような厳しい迫害は受けていないのでこんなことがいえるのだがね。
あの迫害に耐える自信はないのでね。





