なすがままに

あくせく生きるのはもう沢山、何があってもゆっくり時の流れに身をまかせ、なすがままに生きよう。

トラトラ その2

2005-12-10 15:40:03 | 昭和
僕が大学2年の夏休み直前のある日、友達のM君から電話が入った。
「おう 今度の夏休みのいいバイトがあるぞ」
「どんなバイトね?」
「うん、今度芦屋で映画の撮影があるんよ、日米合作の戦争映画よ、その映画のエキストラのバイトたい」
「なんね、通行人のバイトか」
「いや ちがう ただのエキストラと違うちゃ」
「じゃどんなバイトね?」
「おう 海軍の制服を着て軍艦の上で演技せないかんとバイ」
「だったらお前それエキストラじゃなく俳優の仕事じゃ」
「そうそう、バイト代もいいし、食事も三食つくし、一緒に応募しようや」
実にいいバイトの話だった、海軍の制服も一人一人採寸して仕立てると言う、何しろ日当が破格の待遇だった、当時アルバイトの日当は一日2千円が相場だった、その映画のエキストラは一日5千円は出ると言う話しだった、食事は芦屋の料亭の仕出し弁当が付くという誠に好条件のバイトだった。金もない、空腹の学生には飛びつきたくなる話だ。しかし、条件が一つだけあった、それは、「坊主頭」に髪の毛を刈らねばならない事だった。「ウーン 海軍の兵隊がビートルズカットでは絶対だめだ」この条件が問題だった。僕達は中学・高校の6年間を坊主刈で過ごして来た、高校を卒業したら絶対に「ビートルズカット」にするぞと願っていた。そして、大学に入って念願のビートルズカットにして我が青春を謳歌していた頃だ。僕は迷いに迷った、映画のバイトも未知の魅力があった、日当もいい。そして、M君に言った「すまん!一晩考えさせてくれ」と言ってひとまず電話を切った。その夜バイトをするかどうか僕の心は揺れ動いた。問題は「坊主頭」になる事だった。折角ここまで立派に成長した「ビートルズカット」を刈る事がどうしても耐えられない事に思えた。アルバイトなら井筒屋八幡店がある、それに、付き合っている売り場の女の子がいる、その彼女に坊主頭をさらすのだけはどうしても出来ないと思った。その翌日M君に電話をした。
「俺、どうしても坊主頭に戻りたくない、バイトは井筒屋に決まっているし、悪いけどお前一人で応募してくれ」
「そうか、分かった お前ビートルズ信者やけしょうがないの」
そして、その夏のアルバイトは僕は前の年に続いて井筒屋の食品売り場で働く事になった。また、M君は「トラトラ」の映画のエキストラとして採用された。夏休みが終わって真っ黒に日焼けしたM君にあったのは学校近くの喫茶店だった。M君の面白い映画撮影話にみんな耳を傾ける事になった。次回へ続く。