神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

中山神社/岡山県津山市(Nakayama Jinja,Tsuyama-shi,Okayama,Japan)

2018年07月27日 | 神社と狛犬
中山神社/岡山県津山市(Nakayama Jinja,Tsuyama-shi,Okayama,Japan)
☆美作国一宮
2018年5月25日(金)、岡山県津山市にある中山神社(なかやまじんじゃ)に参拝。山麓にある大きな神社。大きな白い鳥居。砂利参道。左に社号標。鳥居をくぐり左に銘木百選のムクノキ。右に牛の像。左に忠魂碑と合祀記念碑。参道をゆく。右に中山神社の説明板。左に芳名板。池に亀のような石。参道をゆく。境内はモミジ、ムクノキ、ツバキ、クスノキ、ケヤキ、イチョウ、広葉樹などの巨木の森。正面に神門あり。左に大きな手水舎。長方形のコンクリート碑。石橋を渡り神門へ。くぐると、右に御札授与所。左に神楽殿。名前不明の中社。正面に柵と中門。くぐると焦げ茶屋根の大きな社殿。社殿の左側を通り、猿神社に向かう。左に小社あり。石段を4段上がり小さな手水石、白い小花。奥に小社。更に行く。左に石段の上に名前不明の小社。猿神社はまだ向こうのようだ。左右で3棟の白い建物の間を通り、砂利道をゆく。せせらぎの音。右を川が流れている。200mほど歩き、乱れた石段の山道となる。岩を穿ち猿神社あり。猿の人形が飾られている。上に素朴な小社。上の岩が張り出していて落ちてきそうだ。足を滑らさないように気を付けて帰ろう。
獅子狛犬は2対居た。
1対目は、神門の20mほど前に居た。阿吽像の配置は正常。奉納年は明治41年5月(1908年)。お尻を高く上げた出雲型。ガッチリした体型。耳は水平、タテガミは薄く流れ、大きな尾は高々とフサとなり前方へ立つ。
2対目は、神門の10mほど前に居た。阿吽像の配置は正常。奉納年は不明。彫り浅く素朴だ。スラリとした縦長体型。タレ耳、タテガミは薄く流れ、小さな尾は尻に張り付く。吽像には角がある。

------------ネットによると-----------
☆所在地
 〒708-0815 岡山県津山市一宮695
☆祭神 
 〇主祭神
  ・鏡作神(かがみつくりのかみ)
 〇相殿神
  ・天糠戸神(あめのぬかどのかみ)
  ・石凝姥神(いしこりどめのかみ)

☆由緒
 当社は文武天皇慶雲4年(707)此の地に社殿を創建して鏡作神を奉斎したと伝えられている。貞観年間官社に列せられ、延喜式に於ては美作国唯一の名神大社であると共に此の国の一宮でもある。
 「今昔物語」に猿神の説話があり、後白河法皇の御撰にかかる「梁塵秘抄」には関西に於ける大社として、安芸の厳島社備中の吉備津宮などと肩を並べている。
 鎌倉時代に元冦など国家非常の時に際し、勅命により特に全国7ケ国の一宮に国家安穏を祈願せしめられているが、当社も其の中に選ばれて祈願を厳修したことが伝えられている。
 弘安8年に一遍上人回国の途当社に参詣し念仏踊を行ったが「一遍聖絵」(国宝第八巻)に作州一宮図があって、其の節参詣の図が描かれている。建武中興破れて天正に至る約4百年間は,美作国中戦乱の巷と化し、その為に社寺の祭祀も殆んど絶えようとする有様であったが、当社は永正8年(1511)と天文2年(1533)の両度に祝融の厄に遭い、本殿以下山上山下の摂末社120社と共に宝物・什器・旧記・古文書等悉く炎上焼失した。
 永禄2年(1559)に至り、出雲城主尼子晴久戦捷報賽の為め社殿を復興した。世に中山造と称せられる入母屋造妻入檜皮葺で間口5.5間、奥行5.5間、建坪約41.5坪の宏壮雄大な御本殿であって、大正3年国宝建造物の指定を受け、現在は国指定重要文化財の指定を受けている。
 慶長8年森忠政美作全州を領して入封するに至り、国内漸く平定し歴代の藩主の崇敬も厚く社領の寄進や修築の資の奉献など絶えることなく、又「一宮さま」と親しまれ、朝野の信仰を集め、中世より近世にかけては門前市も大いに繁昌した。
 明治4年国幣中社に列格。御祭神金山彦命と定められた。これにより明治年間再度に亘り御祭神名を「鏡作神」に改められる様願出でたるも聴許せられず終戦を迎え、昭和21年宗教法人中山神社設立届出に当り御祭神名を主神鏡作神、相殿に天糠戸神、石凝姥神配祀と総て明治以前の社家伝承や旧記類に明記せられている御神名に旧した。
 宗教法人中山神社となった後も、御本殿以下諸建造物等境内の森に至るまで昔のままの姿にて防災施設も完備し、美作国の一宮と広く尊信されて現在に至っている。

☆地名の由来
 津山市: 津山の地名は初代津山藩主である森 忠政さんが美作1国18万6,500石の領主として入封した時に、津山盆地のほぼ中心に位置する鶴山に築城をした事に由来します。ここまでは岡山城同様(岡山の地名も城の建てられた地名による)の流れだったのですが、鶴山の『鶴』は、森家の家紋だったので、そのまま鶴山とはせず、少し変更する事にしたのだそうです。そこで鶴を訓読みにして『津山』と改名したのが、現在の津山の地名の由来です。
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