
宇佐神宮/大分県宇佐市(Usa Jingu,Usa-shi,Oita,Japan)
☆豊前国一宮
2019年5月22日(水)、大分県宇佐市にある宇佐神宮(うさじんぐう)に参拝。平地の森の中にある大きな神社。昔の表参道である呉橋から歩く。赤い大鳥居をくぐり石板参道。右に鉄鳥居の沓石(かねとりいのくついし)。左に由緒版。呉橋の隣にある神橋を渡る。砂利参道をゆく。右に聖跡:一柱騰宮跡(あしひとつあがりのみや)の案内石柱。参道をゆく。右に宇佐神宮の古地図、八坂神社+養蚕神社。参道をゆく。左に御朱印所。現在の表参道にぶつかる。右に曲がる。左に手水舎。左右に案内板。右に長い御芳名板、春宮神社、古札納所。左に参道を曲がる。祓所、奥に小滝。右に下宮(3つの御殿あり)。表参道に戻る。赤い大きな鳥居、石段を上がる。上宮参道をゆく。モノレールもあると書いてある。石段は続く。「宇佐神宮社叢(しゃそう)」国指定天然記念物の案内板。左に亀山神社。右に若宮神社。石段を上がり赤い鳥居をくぐる。石板参道をゆく。正面に焦げ茶色屋根の赤い神門。くぐると右に御神籤掛け。左に神井。正面に3つの御殿。焦げ茶色屋根の赤い社殿。一之御殿、二之御殿、三之御殿の順にお参りする。参道を戻る。宇佐神宮石燈篭(四角錐のような形)。御朱印所の隣に宇佐神宮儀式殿。その正面に絵馬堂、能舞台入り口。現在の表参道を通り帰る。赤い鳥居。鳥居前に獅子狛犬が1対。大きく古いガッチリした体型。左右ともに口を開いた阿像だ。奉納年は不明。赤い神橋を渡る。神輿発祥の地案内板。堤防の道を呉橋に向かう。途中に夏目漱石の句碑あり。
---------------------ネットによれば---------------------------
☆所在地
〒872-0102 大分県宇佐市南宇佐2859
☆祭神
〇一之御殿:八幡大神 (はちまんおおかみ) - 誉田別尊(応神天皇)
〇二之御殿:比売大神 (ひめのおおかみ) - 宗像三女神(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)
〇三之御殿:神功皇后 (じんぐうこうごう) - 息長足姫命
☆由緒
八幡さまは古くより多くの人々に親しまれ、お祀りされてきました。全国約11万の神社のうち、八幡さまが最も多く、4万600社あまりのお社(やしろ)があります。宇佐神宮は4万社あまりある八幡さまの総本宮です。御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったといわれます。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国づくりをされた方です。725年(神亀2年)、現在の地に御殿を造立し、八幡神をお祀りされました。これが宇佐神宮の創建です。
宇佐の地は畿内や出雲と同様に早くから開けたところで、神代に比売大神が宇佐嶋にご降臨されたと『日本書紀』に記されています。比売大神様は八幡さまが現われる以前の古い神、地主神として祀られ崇敬されてきました。八幡神が祀られた8年後の733年(天平5年)に神託により二之御殿が造立され、宇佐の国造は、比売大神をお祀りしました。三之御殿は神託により、823年(弘仁14年)に建立されました。応神天皇の御母、神功皇后をお祀りしています。神功皇后は母神として神人交歓、安産、教育等の守護をされており、そのご威徳が高くあらわれています。八幡大神の御神徳は強く顕現し、三殿一徳のご神威は奈良東大寺大仏建立の協力や、勅使・和気清麻呂(わけのきよまろ)公に国のあり方を正してゆく神教を賜ったことで特に有名です。皇室も伊勢の神宮につぐ第二の宗廟としてご崇敬になり、勅祭社16社に列されています。また、一般の人々にも鎮守の神として広く親しまれてきました。八幡信仰とは、応神天皇のご聖徳を八幡神として称(たた)え奉るとともに、仏教文化と、我が国固有の神道を習合したものとも考えられています。その長い信仰の歴史は宇佐神宮の神事や祭会、うるわしい建造物、宝物などに今も見ることができます。千古斧(おの)を入れない深緑の杜(もり)に映える美しい本殿は国宝に指定されており、総本宮にふさわしい威容を誇っています。
---------------------------------------------------------------
























































































☆豊前国一宮
2019年5月22日(水)、大分県宇佐市にある宇佐神宮(うさじんぐう)に参拝。平地の森の中にある大きな神社。昔の表参道である呉橋から歩く。赤い大鳥居をくぐり石板参道。右に鉄鳥居の沓石(かねとりいのくついし)。左に由緒版。呉橋の隣にある神橋を渡る。砂利参道をゆく。右に聖跡:一柱騰宮跡(あしひとつあがりのみや)の案内石柱。参道をゆく。右に宇佐神宮の古地図、八坂神社+養蚕神社。参道をゆく。左に御朱印所。現在の表参道にぶつかる。右に曲がる。左に手水舎。左右に案内板。右に長い御芳名板、春宮神社、古札納所。左に参道を曲がる。祓所、奥に小滝。右に下宮(3つの御殿あり)。表参道に戻る。赤い大きな鳥居、石段を上がる。上宮参道をゆく。モノレールもあると書いてある。石段は続く。「宇佐神宮社叢(しゃそう)」国指定天然記念物の案内板。左に亀山神社。右に若宮神社。石段を上がり赤い鳥居をくぐる。石板参道をゆく。正面に焦げ茶色屋根の赤い神門。くぐると右に御神籤掛け。左に神井。正面に3つの御殿。焦げ茶色屋根の赤い社殿。一之御殿、二之御殿、三之御殿の順にお参りする。参道を戻る。宇佐神宮石燈篭(四角錐のような形)。御朱印所の隣に宇佐神宮儀式殿。その正面に絵馬堂、能舞台入り口。現在の表参道を通り帰る。赤い鳥居。鳥居前に獅子狛犬が1対。大きく古いガッチリした体型。左右ともに口を開いた阿像だ。奉納年は不明。赤い神橋を渡る。神輿発祥の地案内板。堤防の道を呉橋に向かう。途中に夏目漱石の句碑あり。
---------------------ネットによれば---------------------------
☆所在地
〒872-0102 大分県宇佐市南宇佐2859
☆祭神
〇一之御殿:八幡大神 (はちまんおおかみ) - 誉田別尊(応神天皇)
〇二之御殿:比売大神 (ひめのおおかみ) - 宗像三女神(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)
〇三之御殿:神功皇后 (じんぐうこうごう) - 息長足姫命
☆由緒
八幡さまは古くより多くの人々に親しまれ、お祀りされてきました。全国約11万の神社のうち、八幡さまが最も多く、4万600社あまりのお社(やしろ)があります。宇佐神宮は4万社あまりある八幡さまの総本宮です。御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったといわれます。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国づくりをされた方です。725年(神亀2年)、現在の地に御殿を造立し、八幡神をお祀りされました。これが宇佐神宮の創建です。
宇佐の地は畿内や出雲と同様に早くから開けたところで、神代に比売大神が宇佐嶋にご降臨されたと『日本書紀』に記されています。比売大神様は八幡さまが現われる以前の古い神、地主神として祀られ崇敬されてきました。八幡神が祀られた8年後の733年(天平5年)に神託により二之御殿が造立され、宇佐の国造は、比売大神をお祀りしました。三之御殿は神託により、823年(弘仁14年)に建立されました。応神天皇の御母、神功皇后をお祀りしています。神功皇后は母神として神人交歓、安産、教育等の守護をされており、そのご威徳が高くあらわれています。八幡大神の御神徳は強く顕現し、三殿一徳のご神威は奈良東大寺大仏建立の協力や、勅使・和気清麻呂(わけのきよまろ)公に国のあり方を正してゆく神教を賜ったことで特に有名です。皇室も伊勢の神宮につぐ第二の宗廟としてご崇敬になり、勅祭社16社に列されています。また、一般の人々にも鎮守の神として広く親しまれてきました。八幡信仰とは、応神天皇のご聖徳を八幡神として称(たた)え奉るとともに、仏教文化と、我が国固有の神道を習合したものとも考えられています。その長い信仰の歴史は宇佐神宮の神事や祭会、うるわしい建造物、宝物などに今も見ることができます。千古斧(おの)を入れない深緑の杜(もり)に映える美しい本殿は国宝に指定されており、総本宮にふさわしい威容を誇っています。
---------------------------------------------------------------






























































































