
大麻比古神社/徳島県鳴門市(Oasahiko Jinja,Naruto-shi,Tokushima,Japan)
☆阿波国一宮
2018年5月21日(月)、徳島県鳴門市にある大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)に参拝。大麻山麓にある大きな神社。最初の大きな赤い第1鳥居。アスファルト参道。両側に石燈篭が並ぶ。クスノキ並木。鳥居をくぐり1kmほど車で走り坂東谷川の赤い欄干の橋を渡る。ここの駐車場に停める。ウグイス鳴く。白い第2鳥居。石板参道。左にゆく。小さな橋を渡り末社:西宮社あり。白い鳥居、ごろ石参道。小社あり。境内はクスノキ、スギ、モミジ、広葉樹などの巨木の森。参道に戻る。正面に石段。上がると大きなクスノキがかぶさるように枝を伸ばしている。右に大きな手水舎。参道をゆく。石段。上がると、巨大な御神木「楠」。左に、社務所。右に羽を広げた親子のフクロウ。古札納所。由緒版、絵馬掛け。参道をゆく。正面に石柱に注連縄。そこをくぐり、石板参道をゆく。右に神庫。祈祷受付・お札授与所。正面奥に青緑屋根の壮大な社殿。本殿の裏に行く。右から末社:豊受社、山神社、中宮社。案内板に導かれ、捕虜になったドイツ兵が作ったマガネ橋と乳青色の心願池。池の水は毎日色が変化するそうだ。水の出元は色がついていない。左に戻り、峯神社遥拝所。赤い鳥居をくぐり、ドイツ橋の方へ行く。右に口紅藤。ドイツ兵が作ったドイツ橋。赤い鳥居をくぐると円山神社へ道は続く。石段が延びる。ここで引き返す。
獅子狛犬は4対居た。
1対目は、第1鳥居の後ろに居た。阿吽像の配置は正常。奉納は平成13年3月(2001年)。胸板厚くがっしりした体型。タレ耳、タテガミ豊かでウズを巻き、フサとなり背中まで流れ、尾はフサとなり盛り上がり、ウズとなる。阿像は口の中に玉。
2対目は、末社:西宮社の社殿の中に居た。ブロンズ製。左右とも口を閉じた吽像。奉納年は不明。立ち上がり前足を円柱形の岩に乗せている。首に黄色のマフラー。耳は水平、タテガミはフサとなり流れ、背びれのような尾が後ろに突き出ている。
3対目は、最初の石段の前に居た。左右ともに口を開いた阿像。奉納年は不明。立ち上がり前足を長方形の石板に乗せている。首に茶色に白い花の前掛け。頭と尾が大きい素朴な体型。タレ耳、タテガミ薄く、ゴツゴツしたイソギンチャクのような尾は直立。
4対目は、社殿前に居た。左右とも口を閉じた吽像。奉納は宝暦12年9月12日(1762年)。頭でっかちの3頭身体型。首に赤い前掛け。左像に角。タレ耳、タテガミ薄く、小さな尾は3つのスジとなり背に張り付く。
------------ネットによると-----------
☆所在地
〒779-0230 徳島県鳴門市大麻町板東字広塚13
☆祭神
〇主祭神
・大麻比古神 - 天太玉命(あめのふとだまのみこと)のこととされる。
〇配祀神
・猿田彦大神(さるたひこのおおかみ) - 古くから大麻山に祀られており、のちに合祀される。
☆由緒
神武天皇の御代、天太玉命の御孫 天富命 勅命を奉じて 洽く肥沃の地を求め 阿波国に到りまして、麻楮の種を播殖し、麻布木綿を製して 殖産興業の基を開き 国利民福を進め給ひ、その守護神として、太祖天太玉命を此の地に斎き祀る。
猿田彦大神は、昔大麻山の峯に鎮まり坐しが後世に至り本社に合せ祀ると伝えられる。
延喜の制名神大社に列し、阿波国一宮と称え阿波、淡路両国の総産土神として崇め奉る。
清和天皇貞観元年従五位上を授け奉り、順次進階して中御門天皇享保四年正一位に進み給ふ。斯く朝廷の崇敬厚く、又代々の国司領主の尊崇深く、神田山林を寄進、藩費を以って、社殿の造営を行ひ、年々祭費を奉らる。明治六年国幣中社に列す。
明治十三年国費を以って本殿以下の造営が行はれた。現在の祝詞殿、内拝殿、外拝殿は昭和四十五年氏子崇敬者の寄進によって造営せられた。
☆地名の由来
鳴門市:鳴門海峡を瀬戸内海と太平洋を結ぶ戸に見立てて、 海峡に発生する渦潮の音の大きさから「鳴門」と呼ばれるようになった。
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☆阿波国一宮
2018年5月21日(月)、徳島県鳴門市にある大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)に参拝。大麻山麓にある大きな神社。最初の大きな赤い第1鳥居。アスファルト参道。両側に石燈篭が並ぶ。クスノキ並木。鳥居をくぐり1kmほど車で走り坂東谷川の赤い欄干の橋を渡る。ここの駐車場に停める。ウグイス鳴く。白い第2鳥居。石板参道。左にゆく。小さな橋を渡り末社:西宮社あり。白い鳥居、ごろ石参道。小社あり。境内はクスノキ、スギ、モミジ、広葉樹などの巨木の森。参道に戻る。正面に石段。上がると大きなクスノキがかぶさるように枝を伸ばしている。右に大きな手水舎。参道をゆく。石段。上がると、巨大な御神木「楠」。左に、社務所。右に羽を広げた親子のフクロウ。古札納所。由緒版、絵馬掛け。参道をゆく。正面に石柱に注連縄。そこをくぐり、石板参道をゆく。右に神庫。祈祷受付・お札授与所。正面奥に青緑屋根の壮大な社殿。本殿の裏に行く。右から末社:豊受社、山神社、中宮社。案内板に導かれ、捕虜になったドイツ兵が作ったマガネ橋と乳青色の心願池。池の水は毎日色が変化するそうだ。水の出元は色がついていない。左に戻り、峯神社遥拝所。赤い鳥居をくぐり、ドイツ橋の方へ行く。右に口紅藤。ドイツ兵が作ったドイツ橋。赤い鳥居をくぐると円山神社へ道は続く。石段が延びる。ここで引き返す。
獅子狛犬は4対居た。
1対目は、第1鳥居の後ろに居た。阿吽像の配置は正常。奉納は平成13年3月(2001年)。胸板厚くがっしりした体型。タレ耳、タテガミ豊かでウズを巻き、フサとなり背中まで流れ、尾はフサとなり盛り上がり、ウズとなる。阿像は口の中に玉。
2対目は、末社:西宮社の社殿の中に居た。ブロンズ製。左右とも口を閉じた吽像。奉納年は不明。立ち上がり前足を円柱形の岩に乗せている。首に黄色のマフラー。耳は水平、タテガミはフサとなり流れ、背びれのような尾が後ろに突き出ている。
3対目は、最初の石段の前に居た。左右ともに口を開いた阿像。奉納年は不明。立ち上がり前足を長方形の石板に乗せている。首に茶色に白い花の前掛け。頭と尾が大きい素朴な体型。タレ耳、タテガミ薄く、ゴツゴツしたイソギンチャクのような尾は直立。
4対目は、社殿前に居た。左右とも口を閉じた吽像。奉納は宝暦12年9月12日(1762年)。頭でっかちの3頭身体型。首に赤い前掛け。左像に角。タレ耳、タテガミ薄く、小さな尾は3つのスジとなり背に張り付く。
------------ネットによると-----------
☆所在地
〒779-0230 徳島県鳴門市大麻町板東字広塚13
☆祭神
〇主祭神
・大麻比古神 - 天太玉命(あめのふとだまのみこと)のこととされる。
〇配祀神
・猿田彦大神(さるたひこのおおかみ) - 古くから大麻山に祀られており、のちに合祀される。
☆由緒
神武天皇の御代、天太玉命の御孫 天富命 勅命を奉じて 洽く肥沃の地を求め 阿波国に到りまして、麻楮の種を播殖し、麻布木綿を製して 殖産興業の基を開き 国利民福を進め給ひ、その守護神として、太祖天太玉命を此の地に斎き祀る。
猿田彦大神は、昔大麻山の峯に鎮まり坐しが後世に至り本社に合せ祀ると伝えられる。
延喜の制名神大社に列し、阿波国一宮と称え阿波、淡路両国の総産土神として崇め奉る。
清和天皇貞観元年従五位上を授け奉り、順次進階して中御門天皇享保四年正一位に進み給ふ。斯く朝廷の崇敬厚く、又代々の国司領主の尊崇深く、神田山林を寄進、藩費を以って、社殿の造営を行ひ、年々祭費を奉らる。明治六年国幣中社に列す。
明治十三年国費を以って本殿以下の造営が行はれた。現在の祝詞殿、内拝殿、外拝殿は昭和四十五年氏子崇敬者の寄進によって造営せられた。
☆地名の由来
鳴門市:鳴門海峡を瀬戸内海と太平洋を結ぶ戸に見立てて、 海峡に発生する渦潮の音の大きさから「鳴門」と呼ばれるようになった。
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