
丹生都比売神社/和歌山県かつらぎ町(Niutsuhime Jinja,Katsuragi-cho,Wakayamma,Japan)
☆紀伊国一宮
☆世界文化遺産
2018年5月18日(金)、和歌山県かつらぎ町にある丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)に参拝。山の中にある大きな神社。第2駐車場に車を停める。目の前に横から見た赤い大きな輪橋(りんきょう)。アスファルトの表参道をゆく。世界遺産の看板が出ている。大きな赤い外鳥居。砂利参道。右に社号標、案内板。鳥居をくぐる。正面に輪橋。左に渡御復興記念碑。輪橋を渡る。両側に鏡池(かがみいけ)。ウシガエルの声。境内はスギ、サクラ、モミジ、広葉樹などの巨木の森。渡り終えると、正面に赤い禊橋と赤い中鳥居。左に石碑と東屋。禊橋を渡り、石板参道。中鳥居をくぐる。右に大きな杉、お札授与所、社務所、手水舎。左に藤棚。参道をゆく。正面に焦げ茶屋根の大きな楼門。楼門に置かれている賽銭箱より中には入れない。奥には本殿が4社ある。左側から本殿を覗くことができる。左に赤い鳥居の佐波神社 (さわじんじゃ) 。明治時代に上天野地区の諸社を合祀。
獅子狛犬は楼門の前に居た。阿吽像の配置は正常。奉納は平成5年(1993年)。ブロンズ製。胸板厚く逞しい体型。耳は水平、タテガミ豊かでフサとなり流れ、大きな尾は尖ったフサとなり分かれて直立。吽像は角がある。
------------ネットによると-----------
☆所在地
〒 649-7141 和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野 230
☆祭神
・第一殿:丹生都比売大神 (にうつひめのおおかみ):通称「丹生明神」。古くより祀られていた神。
・第二殿:高野御子大神 (たかのみこのおおかみ):通称「狩場明神」。高野山開創と関係する神。
・第三殿:大食津比売大神 (おおげつひめのおおかみ):通称「気比明神」。承元2年(1208年)に氣比神宮(福井県敦賀市)からの勧請と伝える。
・第四殿:市杵島比売大神 (いちきしまひめのおおかみ):通称「厳島明神」。第三殿と同年に厳島神社(広島県廿日市市)からの勧請と伝える。
☆由緒
紀ノ川より紀伊山地に入り標高四五〇メートルの盆地天野に当社が創建されたのは古く、今から千七百年前のことと伝えられます。天平時代に書かれた祝詞である『丹生大明神祝詞にうだいみょうじんのりと 』によれば、丹生都比売大神は天照大御神の御妹神さまで稚日女命(わかひるめのみこと)とも申し上げ、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨、紀州・大和を巡られ農耕を広め、この天野の地に鎮座されました。
☆地名の由来
かつらぎ町:町名の由来は和泉葛城山です。
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☆紀伊国一宮
☆世界文化遺産
2018年5月18日(金)、和歌山県かつらぎ町にある丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)に参拝。山の中にある大きな神社。第2駐車場に車を停める。目の前に横から見た赤い大きな輪橋(りんきょう)。アスファルトの表参道をゆく。世界遺産の看板が出ている。大きな赤い外鳥居。砂利参道。右に社号標、案内板。鳥居をくぐる。正面に輪橋。左に渡御復興記念碑。輪橋を渡る。両側に鏡池(かがみいけ)。ウシガエルの声。境内はスギ、サクラ、モミジ、広葉樹などの巨木の森。渡り終えると、正面に赤い禊橋と赤い中鳥居。左に石碑と東屋。禊橋を渡り、石板参道。中鳥居をくぐる。右に大きな杉、お札授与所、社務所、手水舎。左に藤棚。参道をゆく。正面に焦げ茶屋根の大きな楼門。楼門に置かれている賽銭箱より中には入れない。奥には本殿が4社ある。左側から本殿を覗くことができる。左に赤い鳥居の佐波神社 (さわじんじゃ) 。明治時代に上天野地区の諸社を合祀。
獅子狛犬は楼門の前に居た。阿吽像の配置は正常。奉納は平成5年(1993年)。ブロンズ製。胸板厚く逞しい体型。耳は水平、タテガミ豊かでフサとなり流れ、大きな尾は尖ったフサとなり分かれて直立。吽像は角がある。
------------ネットによると-----------
☆所在地
〒 649-7141 和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野 230
☆祭神
・第一殿:丹生都比売大神 (にうつひめのおおかみ):通称「丹生明神」。古くより祀られていた神。
・第二殿:高野御子大神 (たかのみこのおおかみ):通称「狩場明神」。高野山開創と関係する神。
・第三殿:大食津比売大神 (おおげつひめのおおかみ):通称「気比明神」。承元2年(1208年)に氣比神宮(福井県敦賀市)からの勧請と伝える。
・第四殿:市杵島比売大神 (いちきしまひめのおおかみ):通称「厳島明神」。第三殿と同年に厳島神社(広島県廿日市市)からの勧請と伝える。
☆由緒
紀ノ川より紀伊山地に入り標高四五〇メートルの盆地天野に当社が創建されたのは古く、今から千七百年前のことと伝えられます。天平時代に書かれた祝詞である『丹生大明神祝詞にうだいみょうじんのりと 』によれば、丹生都比売大神は天照大御神の御妹神さまで稚日女命(わかひるめのみこと)とも申し上げ、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨、紀州・大和を巡られ農耕を広め、この天野の地に鎮座されました。
☆地名の由来
かつらぎ町:町名の由来は和泉葛城山です。
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