神社と狛犬見て歩き

主に北海道の神社巡り。最近全国の一宮巡りを始めた。

與止日女神社/佐賀県佐賀市(Yodohime Jinja,Saga-shi,Saga,Japan)

2019年07月31日 | 神社と狛犬
與止日女神社/佐賀県佐賀市(Yodohime Jinja,Saga-shi,Saga,Japan)
☆肥前国一宮
2019年5月17日(金)、佐賀県佐賀市にある與止日女神社(よどひめじんじゃ)に参拝。嘉瀬川の右岸にある中くらいな神社。川を横断して沢山の鯉のぼりが空を泳いでいる。黒くなった石の二の鳥居(一の鳥居はもっと前の方にあるのだろう)。石の継ぎ目が見える。地震で崩れそうだ。左に社号標、猿田彦大神の碑。鳥居をくぐると駐車場。道路側に奇麗なトイレ。駐車場を過ぎて石板参道。右に藤棚。黒くなった石の三の鳥居。竹が縦と横に組んである。鳥居をくぐり参道をゆく。数段の石段を上がる。右に河上神社金精さん由来記と男根石。芳名板。左に由緒板、六角屋根の手水舎。その奥に社務所。コンクリート参道をゆく。右に歌碑、夫婦杉。正面に青緑屋根の社殿。社殿前に3対の獅子狛犬。1対目は風化の進んだガッチリ体型。阿吽像の配置は正常。奉納年は不明。2対目は新しく胸板厚い逞しい体型。阿吽像の配置は正常。奉納年は平成26年10月26日(2014年)。3対目は空に向かって吠えているようなスラリとした体型。阿吽像の配置は正常。奉納年は不明。社殿右に行く。鯉のぼりがすぐ目の前にある。6筋が川を横断している。川原に降りて鯉のぼりを下から眺める。川舟もある。川下にダムがある。ここはダム湖のようだ。社殿の裏に行く。石の末社が16社ある。社殿の左に回る。大楠の由来板。與止日女天満宮あり。

------------ネットによると-----------
☆所在地
 〒840-0214 佐賀県佐賀市大和町大字川上1
☆祭神
 ・與止日女命 (よどひめのみこと) :神功皇后の妹という。また一説に、豊玉姫であるとも伝える。

☆由緒
 欽明天皇25年(564年)甲申冬11月朔日創祀され、朝廷の御崇敬篤く、日本三代実録・延喜式・大日本一宮記・神社考其の他の諸書に載せられています。即ち貞観2年(860年)従五位上に、同15年正五位下に進められ、延喜の制小社に列して祈年の国幣に預かりました。のち二条天皇應保の頃(1161年)には肥前国一の宮とされ、亀山朝の弘長元年(1261年)正一位を授けられました。かくて一国宗祀の主要な地位を占め、5月、8月の神事に際しては、国衙方奉仕の事がありました。 
鎌倉時代に入っては、院宣並びに関東御教書を賜ひ、肥前一箇国平均の課役により社殿の造替遷宮を営むを例とし、後醍醐天皇元亨二年には後宇多院の院宣並びに幕府の御教書を賜って、本殿以下の造替を行ひ、8月29日を以て遷御の儀を執行しました。 
かくて社領の如きも、付近一帯の地に亙り、四条天皇仁治年間(1240年)には270余町の神佛事料免田を、更に伏見天皇正應年間(1288年)には、13,470余町の造営免田を有するに至りました。 
降って室町戦国時代には、地方豪族、武門、領主、藩主から、肥前国鎮守一宮として篤く尊信され、屡、神領の寄進、安堵下文、祈願等がなされた事は、その蔵する多数の古文書、或いは鍋島家の文書から知ることが出来ます。
かくて社領として田畑三百五十町を保持しました。 
別名河上神社、俗に「淀姫さん」とも呼ばれています。旧格県社(明治4年)。戦前、国幣社昇格の儀が進められましたが、準備が整わぬ中に終戦となり、実現出来ませんでした。
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