【原稿無で書きますので、筆足らずでしたらすいません】
封切り1週間も立っていないので細かくは・・・という前に全く感想を述べられない程に、≪見て、自分の目で確認しなければ理解できない≫というレベルまで作品の完成度が達してしまっています。
元になっているエピソードは、『さらば、キー坊!!』ですが「ナウシカ」「のび太の雲の王国」「ロボット王国」とポケモンアニメ全般も題材として含めているように見え、シーンや緑の星の人々を一つ一つ見るたび「あっ、これは・・・」と各作品のそれと同じ状況を頭にサッと浮かんできます。
それに、制作者の思いが濃縮されるだけ濃縮されて画面から溢れてしまう程の隙間無い密度でした。今までも、こうしたハードな内容でしたがどちらかというと「子供の冒険心溢れる夢(というよりも、藤子F氏の短編SF的恐さのある)」的浮遊感ある展開でしたが今回は先に述べたように≪隙間無く≫ちょっとでも緩むと事態が一気に悪化するという緊迫感がずっと続いた、超ハード系。
それに、テーマに沿ったセルフや≪アニメによる状況・映像表現≫がドラえもんを見に来た子供達にはかなり難しいかもしれません。どちらかというと、連れてきたお母さん達に大人が思いをはせるほうかもしれません。実際、映画終了後、私以外に2組の親子連れがありましたがお母さんの方が感動していた感じがします。
とはいえ、ポケモン映画も処女作は「親子連れの親も、見れるよう多少難しいテーマ(自分とはなにか?)にしましたが後々親子で話として記憶に残ってくれれば最高です」と制作側は考えいまでも結構難しいテーマに果敢に挑戦しています。
こうした、≪子供向けで無いような“世界や現実の大人の諸問題”を子供と同じ目線で正面からぶつかって行く≫というのが、日本の子供向けアニメ制作側の真っ正直な制作姿勢が20世紀末のポケモン初世界配給で世界に認められるきっかけになりました。
海外は、日本アニメというとAKIRAといったハード系しか認識していなかった分、ポケモンアニメの功績は称賛すべきものです。実際、今日、日本映画評論家による映画賞受賞パーティがありポケモンが映画シリーズでまとめて特別賞を受けました。その評論家達の映画賞が今年で17年目に入りますが日本アニメは滅多に受賞しないので今回のは凄い称賛だと思われます。
ただ残念なのは、3ヶ所失敗しているのがあります。
≪明らかに失敗≫
これは、のび太達が大臣シラーに連れられて運河から町に入る最初ので町の人が川べりに溢れんばかりにいるというシーンでデジタル演算プログラムのミス(?)で、ちょっと長めに町の人々がカブってぶれていました。
≪早過ぎては?≫
のび太達が、会議室のピック席に招かれそこから会場を一望するシーンでカメラが会場全体をなめる様に写していくのですが移動が早く半分の速度にしたほうが絶対に適切ですが。
≪テーマ曲聞きにくい≫
・・・すいません、歌詞がよく聞きとりにくいのですが・・・せめて、歌詞字幕があれば映画の余韻が楽しめたのに。「のび太の恐竜2006」は歌詞がしっかり聞き取れて余韻に浸れました(EDの処理は多少わびしいモノはありましたが)。
全体的に、藤子F氏の短編SFマンガ(実際、緑に街が飲み込まれるというエピソードがあります)と『さらば、キー坊』ミックスされた不思議な感覚に襲われ増す。≪まさか≫の連続でしたから、今日見ていた時子供達が全員ボーとしていました。
でも、子供時分にこうした作品を触れる事はとても大事だと思います。
特にラストは、凄い展開で子供だったら絶対友達や家族と話が盛り上がると思いますし夜には悪夢でうなされそうですね。
それが、藤子F氏の真骨頂!!!
≪恐い話だけど、根本的テーマ性と普及性あるメッセージ≫という作調で、手塚大先生さえも「真似できない」と手を挙げてしまう子供マンガの伝令者です。
封切り1週間も立っていないので細かくは・・・という前に全く感想を述べられない程に、≪見て、自分の目で確認しなければ理解できない≫というレベルまで作品の完成度が達してしまっています。
元になっているエピソードは、『さらば、キー坊!!』ですが「ナウシカ」「のび太の雲の王国」「ロボット王国」とポケモンアニメ全般も題材として含めているように見え、シーンや緑の星の人々を一つ一つ見るたび「あっ、これは・・・」と各作品のそれと同じ状況を頭にサッと浮かんできます。
それに、制作者の思いが濃縮されるだけ濃縮されて画面から溢れてしまう程の隙間無い密度でした。今までも、こうしたハードな内容でしたがどちらかというと「子供の冒険心溢れる夢(というよりも、藤子F氏の短編SF的恐さのある)」的浮遊感ある展開でしたが今回は先に述べたように≪隙間無く≫ちょっとでも緩むと事態が一気に悪化するという緊迫感がずっと続いた、超ハード系。
それに、テーマに沿ったセルフや≪アニメによる状況・映像表現≫がドラえもんを見に来た子供達にはかなり難しいかもしれません。どちらかというと、連れてきたお母さん達に大人が思いをはせるほうかもしれません。実際、映画終了後、私以外に2組の親子連れがありましたがお母さんの方が感動していた感じがします。
とはいえ、ポケモン映画も処女作は「親子連れの親も、見れるよう多少難しいテーマ(自分とはなにか?)にしましたが後々親子で話として記憶に残ってくれれば最高です」と制作側は考えいまでも結構難しいテーマに果敢に挑戦しています。
こうした、≪子供向けで無いような“世界や現実の大人の諸問題”を子供と同じ目線で正面からぶつかって行く≫というのが、日本の子供向けアニメ制作側の真っ正直な制作姿勢が20世紀末のポケモン初世界配給で世界に認められるきっかけになりました。
海外は、日本アニメというとAKIRAといったハード系しか認識していなかった分、ポケモンアニメの功績は称賛すべきものです。実際、今日、日本映画評論家による映画賞受賞パーティがありポケモンが映画シリーズでまとめて特別賞を受けました。その評論家達の映画賞が今年で17年目に入りますが日本アニメは滅多に受賞しないので今回のは凄い称賛だと思われます。
ただ残念なのは、3ヶ所失敗しているのがあります。
≪明らかに失敗≫
これは、のび太達が大臣シラーに連れられて運河から町に入る最初ので町の人が川べりに溢れんばかりにいるというシーンでデジタル演算プログラムのミス(?)で、ちょっと長めに町の人々がカブってぶれていました。
≪早過ぎては?≫
のび太達が、会議室のピック席に招かれそこから会場を一望するシーンでカメラが会場全体をなめる様に写していくのですが移動が早く半分の速度にしたほうが絶対に適切ですが。
≪テーマ曲聞きにくい≫
・・・すいません、歌詞がよく聞きとりにくいのですが・・・せめて、歌詞字幕があれば映画の余韻が楽しめたのに。「のび太の恐竜2006」は歌詞がしっかり聞き取れて余韻に浸れました(EDの処理は多少わびしいモノはありましたが)。
全体的に、藤子F氏の短編SFマンガ(実際、緑に街が飲み込まれるというエピソードがあります)と『さらば、キー坊』ミックスされた不思議な感覚に襲われ増す。≪まさか≫の連続でしたから、今日見ていた時子供達が全員ボーとしていました。
でも、子供時分にこうした作品を触れる事はとても大事だと思います。
特にラストは、凄い展開で子供だったら絶対友達や家族と話が盛り上がると思いますし夜には悪夢でうなされそうですね。
それが、藤子F氏の真骨頂!!!
≪恐い話だけど、根本的テーマ性と普及性あるメッセージ≫という作調で、手塚大先生さえも「真似できない」と手を挙げてしまう子供マンガの伝令者です。
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