私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

リビアの惨状(2)

2013-11-09 10:30:10 | 日記・エッセイ・コラム
 おにうちぎさんから前回のブログにコメントを頂きましたので、その一部をコピーして、私なりにお答えします。:
■「リビアの膨大な石油収入はどうなったのでしょうか?石油はカダフィ打倒の口にされない重要目的だったはず、フィナンシャル・タイムズとその後ろ盾の大企業が重視しているはずの石油について何も触れていないことが、この記事自体の意図的な上っ面性、浅さではないのでしょうか。」■
 現在、リビアの石油は三つほどの有力な民兵組織(militias)が支配していて、トリポリの中央政府(ゼイダン首相)には石油輸出からの収入が途絶え、このままだと今年の年末には政府職員の給料も払えなくなりそうだと伝えられています。こんな馬鹿なことがあるでしょうか。カダフィ政府は石油産業を国有化して、その収入の大きな部分を国内のインフラ整備と国民の福祉に当てていました。だからこそリビア国民が極めて高度の福祉国家的環境のもとで日常生活を楽しむことが出来たのでした。そのことはこの私のブログでも以前に詳しく論じたことがあります。大まかに言って、基礎的な医療費、教育費は無料、光熱費やパンなどの食料の値段は驚くほど安価な社会でしたし、住宅事情も近年急速に良くなっていました。社会での女性の位置の高さも注目に値するものでした。
 こうした独裁者カダフィの善政を信じがたいと思われる人々のために、今日は少し古い“信頼のおける”文献を一つ紹介しますから、ぜひ覗いてみて下さい。ここに描かれている傾向は2年半前にカダフィのリビアが惨たらしく滅ぼされるまで一貫して続いていたのです。

http://countrystudies.us/libya/55.htm

 さて民兵組織が石油生産施設を乗っ取って国外に輸出する石油の買い手は誰なのか? 勿論、結局は米欧の石油大企業です。カダフィは石油生産の技術者として2万人以上の中国人を雇用していたと伝えられます。この2万人の目障りな者たちをアフリカの土地から追い払っただけでもこの侵略戦争は成功でした。
 しかし、私にはリビアの石油の奪取がリビア戦争の主な目的であったとは思えません。その産出量は実際にはサウジアラビア一国の産出量の増減コントロールでカバー出来る程度の量に過ぎなかったのです。それでも人口約6百万の小国にとっては石油収入を国民生活のために使うことでアフリカ大陸最高の平均的生活水準を実現できたのでした。カダフィのリビアが完膚なきまでに破壊された中心的な理由はカダフィのとった財政金融政策にあったと私は考えます。
 前回のブログでリビア戦争の復習をした所で、次のように書きました。:
■「2011年2月17日リビア東部のベンガジで「アラブの春」と見せかけた(今はその見せかけも消えてしまいました)民衆反乱が、2月20日には同様の反政府デモが首都トリポリでも発生しました。カダフィ政府はその鎮圧に動きましたが特別猛烈ではありませんでした。しかし、2月27日、半国際的規模でNTC(National Transitional Council)という臨時政権組織があっという間に出来上がって、3月10日にはフランスが先頭を切って、リビア国民を代表する政府組織としてNTCを承認しました。3月17日には国連の安全保障会議が賛成10、反対0、棄権5(ロシア、中国を含む)で決議1973を議決し、それには「リビア内の民間人を守るために必要なあらゆる手段を使用する」ことが承認されていて、3月19日にはフランス空軍を主力とするNATO空軍の猛爆が開始されました。トントン拍子の展開、何という手回しの良さ!!」■
実は、もう一つ驚くべき手回しの良さがありました。ベンガジの反乱“民衆軍”は3月始めに銀行を設立して、それを臨時にベンガジを拠点とするリビア中央銀行とし、やがては全国の金融を取り仕切る機関とすることを決定しました。いわゆる人民反乱軍としては何としても手回しが良過ぎます。
 カダフィは、アフリカとアラブの諸国が世界通貨としてのUSドルの支配から脱すべきことを唱えて、共通の新通貨を作ることを呼びかけていました。この呼びかけに対するアフリカ諸国の反応は南アフリカを除いて概ね良好だったのですが、フランスの(当時の)サルコジ大統領はこのカダフィの呼びかけを、世界の金融財政の安全を脅かすものとして強く批判していました。米ドルが揺らげば、米国が揺らぎます。IMF( International Monetary Fund、国際通貨基金)によれば、戦争前、リビアの中央銀行は140トンあまりの純金を保有していたのですが、カダフィ政権を打倒した米欧はそれをそっくり収奪してしまいました。オーストラリア人の独立不覊のジャーナリストであるジョン・ピルジャーはこの米欧の暴挙を史上最悪の銀行破り(heist)と呼びましたが、まさにその通り、数万人を惨殺して巨額の金を強奪、もし雲霧仁左衛門の耳に入れば、さぞかし慨嘆したことでしょう。
 しかし、カダフィが無惨にも葬り去られた最大の理由は、石油でも金の延べ棒でもなく、アフリカを(米国を含めた意味での)ヨーロッパの支配下にとどめ、今までにもまして大陸の資源の収奪を進めようとする勢力に面と向かってカダフィが反抗し、挑戦したことにあります。カダフィの生涯の夢はアフリカ合衆国(United States of Africa, USA !!)の創設にあったのです。前回にも引きました2011年3月30日(NATOの爆撃開始直後)のブログ記事『リビアは全く別の問題である』で書いた通りです。:
■「アフリカが植民地時代から完全に脱却することがカダフィの夢であり、リビアの内政も、独裁的で強引であるとは言え、この夢の線に沿うものであることは否定できません。アフリカ黒人によるアフリカ合衆国創設の夢の提唱は遠くガーナのエンクルマに遡りますが、それはガーヴィー(Marcus Garvey)などによって継承され、カダフィの声が現在ではもっとも大きく聞こえてきます。これがカダフィ自身の意識している「革命」なのです。」■
 アフリカの真の精神的独立を説いて殺害された指導者たちのリストは長く、中でも、ルムンバ、サンカラ、ビーコなどは文字通り惨殺されましたが、特にカダフィの殺害は口にしたくもない惨たらしさで、その遺骸の行方さえも分かりません。オマーンに亡命中のカダフィ夫人は、最近、ロシアのラジオ局「ボイス・オブ・ロシア」に書簡を送って夫と子供たちの遺体の返還を求めました。その中で彼女は次のような事を言っています。:
■ 「2011年10月20日、NATO空軍機がリビア指導者とその随員団に爆撃を加え、続いて、負傷者たちの体が犯罪者としか呼びようのない群衆によって無惨に扱われ殺された。この群衆が私の夫と私の息子にしたことは、如何なる宗教の立場からも正当化できるものではない。しかも、これらの犠牲者たちの遺体の所在が未だに遺族たちから隠されているというその罪のほどは、歴史上全く前例を見ないところである。」■
このカダフィ夫人の悲痛な訴えと、カダフィの惨殺を確認してオバマ政権の前国務長官ヒラリー・クリントンがさも喜ばしげに発した有名な言葉「We came, we saw, he died! 」を共に並べて下さい。この悪魔のような女性がこの言語道断の発言をする有様をYouTubで見ることが出来ます。この言葉は勿論ローマ帝国のシーザーの“Veni, vidi, vici (来た、見た、勝った)”の野卑なモジリです。おそらく、ヒラリー・クリントンは次の米国大統領になり、アメリカ帝国は落日を迎えることになるでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=Fgcd1ghag5Y

 米国の数千万の下層民より遥かに安楽な日々を送っていたリビア6百万の人々は今塗炭の苦しみの中にあります。ついこの頃、「リビアの盾軍団」と称する民兵組織の余りにも横着無謀の振る舞いに我慢できず、抗議デモに繰り出した一般市民に軍団側が無差別に発砲して31人の死者が出ました。タリバンが一人の愛くるしい少女に怪我をさせれば、世界中のマスコミが騒ぎますが、リビア人が30人ほど理不尽に射殺されても何のニューズバリューもないというわけです。前回のブログで引用した英国のフィナンシャル・タイムズ紙の10月11日の社説『首相拉致で露呈したリビアの惨状』の中に次の文章がありました。:
■「昨年、比較的自由な選挙が実施されたにもかかわらず、リビアには信頼できる中央政権がなく、様々な民兵組織が国土を支配している。民兵組織の多くはリビア政府に雇われているが、政府に従う組織はほとんどない。」■
ところで、ここに言う“比較的自由な選挙”とは、カダフィを打倒した勢力が承認した立候補者だけに限られた選挙であったのです。カダフィの治世のほうが良かったと思う民衆の気持は完全にシャットアウトされました。こうして抑圧された大衆の感情は何時の日か何らかの形で噴き上げて来るに違いありません。
 しかし、繰り返し申し上げたように、リビアの問題は「アラブの春」の問題ではありません。アフリカの問題です。アフリカ大陸の新植民地化の第一歩としてリビアは甘い成功でした。米欧のアフリカ大陸新侵略の第二段階がコンゴ/ルワンダ地域で新しい幕開けを迎えようとしています。次回にお話をします。

藤永 茂 (2013年11月9日)



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4 コメント

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最近読んでいる本の1冊は『褐色の世界史』。簡単... (おにうちぎ)
2013-11-13 21:22:57
最近読んでいる本の1冊は『褐色の世界史』。簡単化して書くと、冷戦のさなか、第一世界(米欧側)、第二世界(ソ連側)に対して、主に国連の場を生かしながら又自分たち主催の会議も開いて、植民地主義の長い被支配かそれに近い状況に対する対抗力を得たいとする国々が、第三世界として連携して対抗しようとしました。極めて多様な歴史と政治体制をもつ国々の集まりである第三世界は、幾つもの紆余曲折を経ながらも、まとまりのある強力な行動はとれず、影響力を失い、第三世界の名も実質消えました。
第三世界の国々のなかで、軍部がクーデターで権力を獲得して、自立する例が幾つもありました。その本では、軍部という場合に、将軍のクーデターと大佐のクーデターがあって、大佐の例が総体的に良い結果を得たように書いていました、一方軍部独裁国家というものが民主国家に至らない本質的弱点も書いていました(国民が政治的に育つには時間がかかりますが、そこまで時間も環境も持たせてもらえないのが歴史のようです)。
どちらの視点も(わたしはさほど広くは知らないながら)首肯できる気がしました。
リビアはむろん大佐型です。ちなみにチャベスもまた大佐型でした(実際は中佐とのこと)。
リビアは粉砕されました。ベネズエラはなお持ちこたえています。キューバも苦しみながらもなお。
カダフィのアフリカ通貨提言が合州国の逆鱗に触れたことは想像がつきます。それがリビア粉砕の主たる理由なのかどうか、先生のお考えは了解いたしました。
ドルを離れようとする作戦では、大国の中国もロシアも慎重に策を練っているような気がします。世界最大の暴力装置を備えたごろつき国家に対抗してことを図るには、それだけの周到さが必要なのだろうと感じました。
おにうちぎ様、興味深い書籍のご紹介ありがとうご... (海坊主)
2013-11-14 23:26:40
おにうちぎ様、興味深い書籍のご紹介ありがとうございます。
一つ気になる箇所があり、御教え頂きたく割り込む形でコメントさせていただきました。

>その本では、軍部という場合に、将軍のクーデターと大佐のクーデターがあって、大佐の例が総体的に良い結果を得たように書いていました、

私の理解が至らないのですが、将軍のクーデターと大佐のクーデターと区別する意義は一体何でしょうか。職位がクーデターの質を決定する要素となりえる、ということなのでしょうか。

クーデターを支援する背後の存在が重要であると私には思えてなりません。ピノチェトの背後には米国とシカゴボーイズ(機会便乗型資本主義)が控えていました。カストロ、カダフィ、チャベスの背後には自国の民衆が控えており欧米の資本が付け入ることが出来なかったので、欧米のメディアはキューバを、リビアを、ベネズエラを悪の国家のように吹聴し、それらの国の指導者を悪人に仕立て上げたのだと私は思います。
(以下は『褐色の世界史』からのわたしによる抽出... (おにうちぎ)
2013-11-16 10:11:46
(以下は『褐色の世界史』からのわたしによる抽出と要約によるものです。)
出発点は南アフリカの知識人活動家ルース・ファーストの著作『銃身』(名著としています)によるアフリカ大陸で起きた幾つものクーデターの分析です。それを敷衍し別の視点も加えて、『褐色・・・』の著者ヴィジャイ・プラシャドが提示したのが、将軍のクーデターと大佐のそれです。
 「・・・将校たち(軍部上層部のこと)は「独立とともに政権についた政府に自己同一化」しており、その行動(クーデターとその後の統治のこと)とは裏腹に、感情的にも構造的にも政権の統治を支持する傾向にある。「建国の父たち」の過ちは許容されて、それと引き換えに、軍部の上層指導部は大切に扱われる。ところが、下級将校、若年層の将校はそうした階級的、感情的忠誠心を持ち合わせていない。従って「政府の行ないを問いただし、他の有望人物を持ち上げる」。・・・(前者) 民族解放闘争を戦った国々、寡頭政治に対して選挙で勝利を収めたような国々で起きるクーデターはきわめて反動的な傾向にある。権力を掌握した軍部はしばしば、民族解放闘争で勝ち得た成果を覆し、第三世界のアジェンダに反対する。・・・
(後者) 民族解放闘争の経験がない、あるいは社会改革の望みが断たれたような第三世界諸国において、軍内部で不満を募らせた社会階級は、自らの階級のためになる統治を求めてクーデターを起こす。こうした「大佐のクーデター」は軍事支配自体を目指して行われるのでない。・・・
当該書の176-183頁あたりに多数の歴史的事例を掲げて検討が為されています。
その時点の地位そのものの差異ではなく、そこに至る経過の中での「志向・思考」の形成の差異を指しているように読みました。
この著作、近現代史に関する興味のある方にとって、読む価値は十二分にあると思います。(以上)


おにうちぎ様、不勉強者に丁寧なご説明をありがと... (海坊主)
2013-11-17 17:36:31
おにうちぎ様、不勉強者に丁寧なご説明をありがとうございます。

従来の支配者階級に近い「将軍」が自らを権威付ける軍部を利用して挙行するクーデターは、「将軍」派に権力が移るだけで従来の支配者構造の枠組の中における権力闘争に終始する可能性が高いのに対して、支配者階級と繋がりが薄い「大佐」が挙行するクーデターの場合は従来の支配構造そのものを破壊する可能性を秘める、と私は理解しました。

>その時点の地位そのものの差異ではなく、そこに至る経過の中での「志向・思考」の形成の差異を指しているように読みました。

「現実を直視するのか、それとも理想を追求するのか」ということでしょうか。
国家間のパワーバランスが国内政治に強く影響を及ぼす現代において、挙行されるクーデターが本来の目的を達成するには周到な準備と迅速な行動、そして国際的なアピールが必要だと思われます。クーデターを支援する背後の存在に私が注目するのは、それがクーデター以後の社会形成に対して大きく関与しえるからです。

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