私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ハイチは今なお重い苦しみの中に(3)

2021-04-07 19:11:58 | 日記・エッセイ・コラム

  このシリーズで取り上げているハイチについての著書『WE HAVE DARED TO BE FREE (我々は敢えて自由であろうとした)』の紹介を続けます。

 前回ではその序説の大半を訳出しました。そこには著者ダディ・チェリーさん(生物科学准教授の肩書きを持つ生粋のハイチ女性)がハイチ革命の成就にかける高揚した熱意が溢れていました。それは、単に、米国の残忍な圧政からの母国ハイチの政治的独立達成を目指しているのではありません。ハイチ人が求めている「人間の生き方」こそが、今からの世界の人々の生きるべき手本を示しているのだから、この戦いに参加せよと呼びかけているのです。大した心意気ではありませんか。

 ハイチは今なお重い苦しみの中に(1)に述べたように、東日本大震災の前年の2010年1月12日、ハイチ(人口約一千万)を大地震が襲いました。死者行方不明者20万人以上、負傷者は35万を超え、全人口の三分の一が被災するという大国難だったのです。それ以前には著者ダディ・チェリーの職業的生活は全く生物科学の研究に捧げられていましたが、この大震災を機に、彼女は著作家、ジャーナリストとしての活動をも開始します。本書は2010年から2015年にかけて執筆されました。ハイチという極めてユニークな国の歴史と現状、その存在の世界史的意義を知るための最高の好著の一つです。

 本書の第一部は「我々の文化が攻撃されている」で、その第一章は「Link of Vodou to Haitian Culture」と題されています。ヴードゥー教と聞けば、私たちは何かしらおぞましい原始的宗教のように考えがちだと思いますが、これは多分ハリウッド文化の悪い影響でしょう。ヴードゥー教の理解を少しばかり試みる前に、大地震直後のハイチで発生した災害孤児についてのダディ・チェリーの驚くべき発言に耳を傾けることにします。彼女は激震地の外に居たようですが、地震直後から、見舞いや被害状況の問い合わせのメールや電話が殺到します。長年の友人である米国在住の黒人男性からの電話に答えて、彼女は「There are no orphans in Haiti !」と叫んでいる自分に気がつきます。相手には直ぐには理解して貰えません。大地震後の騒乱の中で、米国やフランスなどの熱心な里親希望者の求めに応じて、多数のハイチの子供たちが国外に運ばれていました。人身売買の形を取ることもあったのです。その状況下で、「ハイチには親なしの子供なんか居ない!」とチェリーさんが思わず声を荒立てたのは何故か?

「There was no quick way to explain to this close black-American friend, with no direct knowledge of Haiti, the customs of Haitian families. Would he understand, for example, that women routinely adopt and love the children by the poorer mistresses of their unfaithful husbands? Two of my close cousins come from such arrangements. I could have told him too that a terrible Haitian insult is to be called a “sanmanman.” There is no equivalent word in any other language I know. The literal translation is “mother-less” but this pejorative is worse than bastard. It defines a person who is such a degenerate that no one would mother him ….  」

訳してみます:

「ハイチについて直接的な知識のないこの親友の米国黒人に、ハイチでの家族習慣を手っ取り早く説明するのは無理だった。例えば、女性たちが、不貞な夫と彼女たちより貧乏な情婦の間にできた子供を養子にして愛育することがごく普通に行われていることを、彼は理解するだろうか。私の近親のいとこの内の二人もそうした身の上だ。また、ハイチでは「サンマンマン」と呼ばれることが大変な侮辱であることを彼に話せばよかったかもしれない。私が知っている限りの他の言語には、これに相当する言葉はない。直訳すれば「母親がいない」ということになるが、この蔑称は私生児と呼ばれるよりも悪い。あまりにも堕落した碌でなしなので、誰も母親になってやろうとしないような人間を、その言葉は意味するのだ・・・」

<訳注を二つ>「サンマンマン」はフランス語のsans maman (母なし、サン・ママン) から来たハイチ語です。bastard はson of a bitch と同じく、ひどい罵りの言葉。

  本書の23頁によると、震災の直後、ハイチの子供たちを国外に連れ去ろうとした連中に激怒したハイチ人たちが悪漢たちを殺害する事件が数回発生しましたが、外国メディアには取り上げられなかったようです。誘拐されたハイチの子供たちは臓器密売の犠牲になる場合もありました。

  ヴードゥー教については、本書を含めて多数の解説が読めますが、ここでは元在ハイチ日本国大使の八田善明氏の筆になる興味深い一文から数節を引用させていただきます:

http://www.apic.or.jp/projects/haiti008.html

第8回「ハイチ便り」:ハイチの文化的特色(その3)

  ~ ハイチにおける宗教(キリスト教やヴードゥー教)について ~

寄稿:元在ハイチ日本国大使 八田 善明

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヴードゥー教

 ハイチには、独自の宗教であるヴードゥー教(Vodou、Voodoo(英)、Vaudou(仏))があります。ヴードゥー教は、必ずしもハイチだけではなく、それらの人々の祖先に当たるダオメ(現ベナン)、トーゴやコンゴ等におけるもの、そして派生した米国のニューオーリンズ等におけるもの等もありますが、ハイチにおける特徴的な要素の一つであることは間違いありません。「ヴードゥー」の語源自体は、ダオメ王国のフォン族のVodun(精霊・神)から来ていると言われ、200年以上前にアフリカからハイチの地に人々と共に持ち込まれました。なお、当時はばらばらであったそれぞれの出身地の信仰が次第に合流し、また、当時の先住民であるタイノ族等の信仰・習慣も合わさり、そして後にカトリック主流の時代にそれらの要素も多く統合(習合と表現されることが多い)しながら独自のハイチ・ヴードゥー教を作り上げたとされています。

 遠く日本の我々からすれば、ヴードゥー教という言葉自体は耳にしたことがあっても、おどろおどろしい呪術的なイメージ止まりのことも多いかも知れません。おそらく、米国によるハイチ統治期間以降ヴードゥーについての紹介が増加し、併せてゾンビや呪術的なイメージが広まり、次第に「ゾンビ」が一人歩きして小説や映画で活躍するようになったものと見られます。また、有名な007の映画「死ぬのは奴らだ」(1973年)でもかなりカリカチュアされたイメージで登場するくらいなので、そうした魔術的なイメージが広がる時代的な背景があったのかも知れません。そうしたイメージ先行の感が拭えませんが、これが何処で信仰され、どのようなものか、まだ実践されているのか等は必ずしも知られていないでしょうし、ハイチと結びつく人も多くはないのではないでしょうか。

 ヴードゥー教は、組織的な見方をした場合、比較的ゆるやかな面があります。厳格な指名/任命による絶対的なピラミッド構造というものではなく、神官への就任についてもフレキシビリティがあるようです。そもそも聖書やコーラン等にあたる厳密な書・聖典はなく、自然の真理に聞くという泰然としたものと捉えられているようです。とは言いつつも、最高指導者は存在し、アティ(ラティ)(Ati:L'Ati)と呼ばれます(王(Roi)や皇帝(Empereur)をいただいている別組織もあり、併存している状況です)。

 口頭で多くを伝承してきたヴードゥー教は、信仰を要素としていますが、同時に生活であり、文化であると捉えられています。かつて、法の整備がなされていない社会において、時に紛争・いざこざの調停の役割を果たし、知恵を授け、病気に対しては薬草を煎じて与え、心身の回復をもたらす機能を担っていたと言います。また、開放的な面も信条としており、男女差なく、色々な意味において同性愛も広く受け入れて、居場所を与えてきたとも言われます。

(日本の宗教的感覚との共通点)
 ヴードゥーの中身を少しずつ聞いていると、何かしら目新しくないことに気がつき始めます。日本の神道などを直接的に重ねる必要はありませんが、「自然」を発祥としている、自然への畏敬や敬愛、祖先や家族への敬意等日本で宗教感もなく比較的自然とされていることに何かと近いことを感じざるを得ません。幸いに、アティや王様とお話をする機会に恵まれましたが、ヴードゥーは、「未知なる事柄へのアプローチであり、永遠の追求である」といった趣旨の事を言われました。また、「自然の中から全て生まれ、最後はそこに戻る」とも言います。ヴードゥーでは、大事なことは「森に聞く」と言いました。分け隔て無く人を受け入れ、癒すことが、ヴードゥーであり、精神的な、スピリチュアルな要素もあるけれども、それは生活であり、社会であり、正義であり、医療であり文化であると説明がありました。

 何かがあれば、森に入るという点では、神社が山や森に構えられていることにも通じそうです。401の精霊がというのも沢山の例えであるとのことで、八百万の神と同じに思えます。何か悪いことをしたときにはバチが当たるという感覚もあるようですし、言霊というのもありそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ダディ・チェリー著『WE HAVE DARED TO BE FREE (我々は敢えて自由であろうとした)』は、ヴードゥー教とハイチの人々の生き方との関係を論じた後、2010年の大震災をめぐる米欧諸国の言語道断の振る舞いを中心に据えて、ハイチ独立の歴史を展開します。私もこの時期からハイチに強い関心を抱くようになり、幾度もブログの記事を書きました。それらは2021年3月15日付けの記事:

ハイチは今なお重い苦しみの中に(1)

https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/84b59e72450e9b8b811de717a2279bf3

の中に挙げてあります。その中にはハイチについての最近の報道記事も二つ引いておきましたが、便宜のため、再度掲げておきますので、ご覧になって下さい:

https://libya360.wordpress.com/2021/03/12/haiti-a-day-in-the-life-of-fighting-dictatorship-and-neocolonialism//

https://libya360.wordpress.com/2021/02/05/haiti-the-object-of-hatred-and-pillage-of-the-world-s-powers-for-200-years/

 

藤永茂(2021年4月7日)

コメント (1)   この記事についてブログを書く
« ハイチは今なお重い苦しみの... | トップ |  キューバは自力でコロナ・... »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (居場所って?)
2021-04-09 17:56:02
人に者を教えてもその人が変わるわけではありません。特に偉い人、権力者はそうでしょう。外国人に限らず日本人もそうではありませんか。一人だけ代表してわかりやすい例をあげると、森元総理などそうではありませんか。

権力者に限らず、何らかの、人を支配する力のある人は皆そうです。いつか世の中は変わると思っていられる人は強者です。教育や情報で世の中や人は変わると思い続けられる人も強者です。

コメントを投稿

日記・エッセイ・コラム」カテゴリの最新記事