私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

月命日

2021-05-27 23:00:28 | 日記・エッセイ・コラム

 私ごとを語るのをお許し下さい。

 25日は亡妻の月命日です。評判を知って入手していた詩人茨木のり子の詩集『歳月』を一気に読みました。巻末の解説の始めの所を写します:

**********

『歳月』は、詩人茨木のり子が最愛の夫・三浦安信への想いを綴った詩集である。

 伯母は夫に先立たれた一九七五年5月以降、三十一年の長い歳月の間に四十篇近い詩を書き溜めていたが、それらの詩は自分が生きている間には公表したくなかったようである。

 何故生きている間に新しい詩集として出版しないのか以前尋ねたことがあるが、一種のラブレターのようなものなので、ちょっと照れくさいのだという答えであった。

 そして伯母はその詳細について多くを語ることなく、二〇〇六年二月十七日、突然伯父の元へと旅立ってしまった。

**********

 紛いもなく、これは美しい恋文の一束です。このように深い生を経験して、それを見事な言葉で捕捉し表現することのできる詩人を羨ましく思います。しかし、亡き人を恋しく思う悲しみは、詩人の言葉を持たぬからとて、弱く忘れやすいものになることはありません。

 先日、テレビで2011年3月11日の東日本大震災の回顧番組を見ました。死者・行方不明者の数は2万人以上とあり、その一場面が私の胸に焼きつきました。今日は、それを思い出して、詩の真似事を試みました。

『もう一度出ておいで』

テレビで観た北陸の海辺の町、

家屋ともども大津波に妻を奪われた男は

家の跡の更地に立って大声で叫んだ:

「おーい、もう一度出てこい」

詩人の言葉を持たぬその男は

幾「歳月」を閲しても

ただ同じ叫びを放つだろう。

「清子、もう一度出ておいで」

私も、ただ同じ言葉を繰り返す。

 

藤永茂(2021年5月27日)

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5 コメント

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私事について (小寄道)
2021-05-29 01:17:08
熱心な読者ではありません。ですが、藤永さんを畏敬の念をもって、記事を読んでいます。
僭越ながら自分なりの解釈し、参考にさせていただいております。
「清子、もう一度出ておいで」の言葉に万感の思いを感じました。

もし清子さんが眼前に出てきたとき、つまり幻想ですが、藤永さんはどんな言葉をかけますか。
コメント御礼 (藤永茂)
2021-05-31 15:58:09
小寄道さん
コメント有難うございます。
何も言葉は出てこないと思います。時折、夢を見ますが、私が運転する車の中でいつもお互い無言です。
コメント御礼 (藤永茂)
2021-05-31 16:55:16
睡る葦さん

御礼を書いている途中で、頂いたコメントをうっかり消してしまいました。御免なさい。
以下に、再現させていただきます:

歳月
 
 藤永先生、3月ではなく5月の月命日にと、詩をお書きになるのが先生らしいと瞑目しながら、やはり気が急いてあわててつたない讃を送りますのをご容赦ください。

 御記事「ダニエル・エルズバーグの笑顔(2)」の冒頭の詞から最後のパラグラフにあらわれている歳月を超えたひととひとのあり方が、御詩では眼前の地上からの愛するひとの喪失の永遠の悲嘆として痛切に提示されて、拝見するたびに胸を突かれます。

 Vieillir c'est organizer
   Sa jeunesse au cours de temps

 茨木のり子が牽いているというポール・エリュアールの詩句の原文をさがしました。
 歳月を経るなかで生命に充ちた若々しさを織ってゆくのが、生きるという老いであるというように読めます。もう一度出ておいで、という呼びかけとともに。
再び睡る葦さんへ (藤永茂)
2021-05-31 19:21:03
改めて頂いたコメントに御礼を申し上げます。ポール・エリュアールの詩句から、老い先短い者として、これからの生きる指針をもらいました。昔、ボードレールやランボーを熱心に読んだ頃のことが懐かしく思い出されます。
無言の意味 (セコイアの娘)
2021-06-03 08:34:15
車の中でお互い無言、とてもよくわかります。私も、もし連れ合いに先立たれるようなことがあったら、夢ではやはり車の中でお互い無言ではないかと思います。
共に生きてきた歳月があってこその無言。
逆に私が先立つようなことがあり、夫が車中で無言の夢を見てくれたら、私は満足です。よい人生だったと言えると思います。

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