私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ハイチは今なお重い苦しみの中に(2)

2021-03-25 22:51:42 | 日記・エッセイ・コラム

 前回(1)の終わりに、

「私は最近一冊の極めて興味深い本を入手しました。著者はDADY CHERY、タイトルはWE HAVE DARED TO BE FREE 、発行年は2015年。妙な名前ですが、生物科学准教授の肩書きを持つ生粋のハイチ女性です。次回には、思わず惚れ込んでしまう様なこの本の中身の紹介をします。」

と書きました。

 今回は、『我々は敢えて自由であろうとした』と題するこの本の序説の大部分を訳出して、本書のユニークさを紹介したいと思います。この本のタイトルは、1803年にフランス軍を打ち負かし、1804年にハイチの独立を宣言して、ハイチ革命と建国の父として敬愛されるジャン=ジャック・サリーヌの言葉から来ています。実は「占領に反対するハイチの闘争」という長い副題もついています。序説の冒頭に掲げられている“Fear of Haichi’s Revolution (ハイチの革命の恐怖)”という言葉は重大な意味を担っていて、この200年間ハイチをいろいろな形で占領し続ける西欧諸国は、実は、ハイチ革命の意味する所を恐れているのだと本書は言うのです。訳出を始めます:

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序説

ハイチの革命の恐怖

 歴史のどの時代にも、その時と異なる世界秩序を想像できない人々と、想像できる人々がいる。サン・ドマング(現在のハイチ)に拉致されてきた奴隷たちが、スペイン、イギリス、ナポレオン時代のフランスの敗北に伴う全ての意味合いを意識しつつ、自由と黒人の共和国を想像できたのならば、現代の私たちも、企業をその不死の王とする昔ながらの帝国が、前より人口の増大した世界を奴隷化すべく戻ってきた現状の最終的な打倒を、確かに想像できるはずだ。ハイチの革命が、すべての人間達に広がり、すべての人間たちがその可能性一杯に生き、そして、何にも増して、我々は地球の今を構成している生命全体の一部であるという理解と共に、他者に対する、殆ど宗教的とも言える敬意に基づいた世界への決定的な一押しとなることを、我々は可視化することが出来る。奴隷制度が広く横行していた世界の中で、反資本主義、反帝国、反植民地の革命を初めて成功させたハイチの例は、人間が絶望的な困難に直面したときに何ができるかを示した。その意味するところは危険である。だからこそ、帝国主義者とそのお先棒担ぎの連合体は、ハイチの例の抹殺を決意したのであり、それはまた同時に、ハイチ人として生まれた幸運に恵まれた私が、ハイチの生存を確かにするために最後の一息まで戦う理由でもある。

 私は、感謝すべき多くのものをハイチから受け取って来た。それは、人種差別のことなど何も知らない魔法の世界のような子供時代、どこまで広がっているのかわからない大家族的社会、そこで語られる教訓的物語には一人の王子様やお姫様も含まれない、そうした日々を含む。この事は、本書の始めの所で描かれている。我々が子供たちに語る物語は、王族を讃えるとか、身の丈を超えての出世を促すようなものではなく、それに代わって、我々を自然界に結びつけ、長い眼で見れば生命全体を衰えさせるような短期的な利益への衝動に逆らうように注意を促すものである。こうした教訓的物語を語るのは、教養のあるインテリではなく、ハイチの農民達である。彼等はブードゥー教の実践と密接に結びついている。それは先祖である農地入植者達と、彼等が大切にしていた素朴な喜びを思い出すための一つの手立てなのである。のべつ幕なしに倫理を語りながら、何よりも帝王的存在に対する服従と崇拝を教えこむ類の宗教とは対照的に、ブードゥー教は生きている人間とその祖先の中にある聖なるものを、喜びに満ちて讃えるのである。

 1804年に独立したハイチは、自然の成り行きとして、国内消費を目的とする農業経済と、主に農業に関連した小規模な商人や起業家を発展させることになった。こうした事の多くは、あたかも一国がその食糧を独立的に生産する事が望ましくないかのように、最初の黒人共和国としてハイチが孤立の状態にあることに帰せられた。実際には、ハイチは、その奴隷革命が平等と人権の概念に真の意味を吹き込んだという面で、人類の社会的進化という観点から瞠目すべき存在として姿を現したのだ。フランスがその最も豊かな植民地であるハイチを失ったことで、米国とカナダの地図は永遠に変わった。ナポレオンは新世界の植民地化を断念して、ルイジアナ領(現在の米国の約3分の1)をトーマス・ジェファーソン政権に売却した。その後ハイチは、シモン・ボリバルを介して、南米のほとんどの国の独立と、いくつかの国の存在を実現する触媒の役を果たした。ハイチの全ての行動の根底には、人種差別の断固たる拒否に加えて、奴隷制度の否定があった。つまり、人は働くために生きるのではなく、自分の才能を発達させることによって人生を祝福するために働くのだという哲学だ。こうした考え方は、際限のない経済成長という破産しつつあるモデルに従う、常に増大する消費という資本主義の概念とは相入れないものである。

 2世紀の間、西洋はハイチの富を強奪し、そして、その奴隷革命が失敗するのを待ち構え、その間絶えずハイチを「西半球で最も貧しい国」と宣言していた。ヨーロッパと米国のようなその分家国は、幾度も繰り返して、ハイチを乗っ取ろうとしたが、その度ごとに、“一団の裸足の黒人達”にまんまと裏をかかれてしまった。ハイチという国が失敗するにはあまりにも強靭であることが示されると、その敵達は、米国国際開発庁(USAID)や米州開発銀行(IDB)や世界銀行などの金貸し業者を使って、ハイチが成功した理由を研究し、それを内部から瓦解させようとした。家族の結束とブードゥー教がハイチ国家の大黒柱であるからには、帝国主義者による新たな乗っ取りには、ハイチの特質そのものの取り壊しが必要となる。2010年1月12日、ハイチの最も人口の多い地域に壊滅的な地震が発生した時、ハイチを解体しようとする組織的な試みは、その40年ほど前から既に開始されていたのだ。ビル・クリントンは、すでにハイチの米の生産を零落させ、繊維製品の組み立て作業のための自由貿易地域(FTZ、低賃金銀長時間労動工場団地)をいくつか設立し、徴税を外部に委託し、そして、ハイチの特権階級と外国の企業との提携から結果する困窮社会を安定化するための傭兵として国連の平和維持軍を設置した。彼等にとって、地震は未曾有のチャンスだった。しかし、お互いに密接な関係にあった一千万人のハイチ人にとっては、それは我々を心の底まで揺がす大災害であった。三十万人以上の死者が出たということは、誰もが身内の誰かを失ったということだった。生命の損失に加えて、学校や教会、政府機関など、人それぞれの世界を占めていた多くの構造物の消失に伴って、人々は生きる足場を失った。

   我々が、死んだ者達、失われた子供時代や街々のことを嘆き悲しんでいる間に、インチキ政治家や銀行家が人道主義者の顔をしてやって来て援助を約束したが、それは殆どそっくり彼等自身のためのものだった。ハイチでは、アメリカ、フランス、カナダによる植民地事業は、これらの国からの、ハイチ人の洗脳を目標とする狂信的宗教団体、ハイチの子供達を熱心に誘拐する市民達、非政府組織(NGO)に彼等自身が就職出来るように、ハイチの組織制度の解体に熱心に協力する若年の失業者達、ハイチの動物や他の生物的資料と同様にハイチの子供達をも、研究目的のために利用する科学者達、自分の昇進のために自国の嘘を宣伝するジャーナリストなど、その他大勢のフリーランス参加者によって支持されて来た。本書ではこうした様々な事例を明るみに出して、検証する。

<ここから2200語ほどを省略して、結末の一節だけを訳出します>

 我々はハイチの主権に対するこの最近の暴虐行為に抵抗しなければならない。それは、我々の独自主体性がこの小さい土地に結び付けられているという単純な理由からだ。全世界の人々はハイチに加えられている暴行に対する我々の戦いに参加すべきだ。何故ならば、この小さな国は、自由に、誇りを持って、楽しく、持続可能的に生きる方法の範例を示しているからだ: これは、気候変動が人類人口に与える圧力が増大する状況下で、非常に貴重な希少例となるだろう。もしハイチが世界の略奪行為の一つの典型例であるならば、それはまた同時に人間の抵抗の表明でもある。私が思うに、本書を特徴付けるのは、後の方の面だ。西欧の筆者たちは、たとえハイチに同情的であっても、進路に立ちはだかる全てのものを征服して前進する巨獣のように西欧を見做す傾向があるが、彼等と違って、ハイチ人達は、全くありそうにないけれども、この巨大怪獣(リヴァイアサン)をうち負かす事が出来ることを知っている。

<これで序説の訳出終わり>

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 「全世界の人々はハイチに加えられている暴行に対する我々の戦いに参加すべきだ。何故ならば、この小さな国は、自由に、誇りを持って、楽しく、持続可能的に生きる方法の範例を示しているからだ」という言葉は、著者ダディ・チェリーさんのハイチ女性としての断固たる誇りと信念の表明です。

 次回(3)では本書の内容にさらに踏み入って話を続けます。ハイチの人たちを残酷に弾圧している米国とそれに同調する西欧諸国に、他の国々の人権侵害をあげつらう資格など全くないことが、よく分かってもらえると思います。

藤永茂(2021年3月25日)

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