私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

アブドゥッラー・オジャランとレイラ・ギュヴェン

2019-01-24 23:24:43 | 日記・エッセイ・コラム
 Dilar Dirikは在英のクルド人女性でロジャバ革命支持の論説を展開している注目すべき存在です。私がロジャバ革命に強い関心を持つようになったのは、この女性に負うところ大です。2019年1月12日付の記事:『Kurdish MP on hunger strike prepared to “protest to the death” (クルド人のトルコ国会議員“死を賭して抗議”のハンガー・ストライキ)』
https://roarmag.org/essays/hunger-strike-leyla-guven-hdp/
で彼女は、トルコの国会議員であるLeyla Güvenという55歳の女性が、獄中にあるクルド人の中心的指導者アブドゥッラー・オジャランの自由を要求して、2018年11月8日に断食を開始し、今や瀕死の状態にあることを報じています。
 オジャランについては、このブログでも以前取り上げましたが、最近の解説としては、『PKKからKCKへ:オジャランの戦略とその限界』と題する今井宏平氏の和文解説論考がありますので参考にしてください:
https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/PolicyBrief/Ajiken/106.html
 オジャランという人物の歴史的意義は上の記事が与える印象よりも遥かに大きいと私は考えますが、これについては後述することにして、レイラ・ギュヴェンの抗議断食に戻ります。
 レイラ・ギュヴェンは、2018年1月、クルド人が多数を占めるシリア北西部の都市アフリンにトルコ軍が侵攻して不法占拠した時、それに反対する声明を出して、逮捕投獄されました。トルコの総人口(約 8000 万人)の 約20%、1500 万人 のクルド人は、ディヤルバクル市を中心としたトルコの南東部に多く居住 していますが、レイラ・ギュヴェンはこの地区から選出されたトルコ国会議員です。2018年11月8日、ディヤルバクルの法廷に出廷した彼女は、
「今日、オジャラン氏に対する隔離政策は彼のみならず、彼が身を以て代表する社会全体に対して課せられている。隔離は人道に背く犯罪である。私はオジャラン氏の隔離に抗議する無期限のハンガー・ストライキを始める。私は今後この法廷で私自身の弁護は行わない。私は司法が不法な決定を取り消し、この隔離主義政策が終息するまで抗議を続けるであろう。もし必要とあれば、私はこの抗議を死に到るまで続ける決意である」
と宣言しました。自分の収監に対する抗議よりも、死を賭してアブドゥッラー・オジャランの隔離を解く道を選んだということです。
 オジャランは、1999年2月16日、国際逃亡先のケニヤのナイロビで逮捕されてマルマラ海に浮かぶトルコのイムラリ島の独房に閉じ込められました。以来、オジャランの弁護士からの面会要請の回数は750以上に及んでいますが、弁護士の面会は2011年7月27日が最後で、その後、オジャランの弟が2016年9月11日に家族として面会できただけでした。他の通信手段も禁じられていて、1948年4月4日生まれ、70歳に達したオジャランの健康状態は愚か、生死すらも不明の状態が続いて来ました。
 レイラ・ギュヴェンのハンガー・ストライキは国内、国外に広範熾烈な刺激を与え、ストラスブールの欧州議会本会議場前では多数のクルド人活動家が2018年12月17日からハンガー・ストライキをはじめました。フランスの有力な左翼政党の指導者Jean Luc Mélenchon(メランション)もレイラ・ギュヴェンに強い支持を表明し:
https://anfenglish.com/news/french-leader-melenchon-calls-for-action-kurdish-hunger-strikers-32370
また、50人に上るノーベル賞受賞者が一団となって彼女のトルコ政府に対する要求を支持する声明を発し、アブドゥッラー・オジャランの独房監禁をやめ、レイラ・ギュヴェンのハンガー・ストライキを止めて、彼女の生命を危険から救うことを要請しました:
https://anfenglish.com/news/nobel-prize-laureates-urge-turkey-to-end-the-isolation-32385
https://dialogo2000.blogspot.com/2019/01/nobel-laureates-call-to-end-solitary.html
物理や化学の分野で仕事をしてきた私は、オジャラン解放の支持者のリストの中にこれだけ多くの高名な物理学者や化学者を見るのは実に大きな喜びです。物理学者では、Anthony J. Leggett、Gérard Morou、Kip Stephen Thorne、Sheldon Glashow、Steven Weinberg、William D. Phillips、化学者は私が個人的にも会ったことのあるカナダのJohn C. Polanyi をはじめ、11人も含まれています。他の分野のノーベル賞受賞者の名前ももちろん出ています。ぜひご覧になってください。
 こうした世界的な反応のおかげで、トルコ政府はオジャランに家族との面会を許したという報道も流れています。しかし、最も重要なポイントは、米国、トルコ、ロシア、イスラエル、イランを巻き込んでいる権謀術策の巨大な渦巻きの中から、中東の混乱を、そして、世界の混迷と危機を救う護符のようにアブドゥッラー・オジャランの存在が渦巻きから浮上して来つつあることです。この後いかほどの月日が必要か、神のみぞ知るとしか言えませんが、オジャランのRKKの幹部が事あるごとに嘯くように、「やがてエルドアンが倒れる時が必ず来る。オジャランの革命が成就する日が必ず来る」と私は思っています。オジャランが目指す「じゃなかしゃば」、今のようでない別の世界は可能だと私は信じたいのです。
 このブログ記事の締めくくりに、オジャランを知るための良著を2冊あげておきます。まず、中川喜与志著『クルド人とクルディスタン』(南方新社)。
この本については、2016年2月16日日付で、そのタイトルそのままの見出しのブログ記事の中で紹介しました: 
https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/b242c45abac3b58cfdf42b2ecc0cae2d
2冊目は
『Abdullah Öcalan PRISON WRITINGS THE PKK AND THE KURDISH QUESTION IN THE 21ST CENTURY 』( International Initiative Edition )
この本の編集者のノートによると、1978年のディヤルバクル市で、アンカラ大学(トルコの東京大学!)学生のクルド人青年のグループが数ヶ月の討論の末、秘密裡に戦闘的な政治集団を結成します。PKKの誕生です。その中に、Abdullah Öcalan , Duran Kalkan, Cemil Baykの名前があり、1980年には、Murat Karayilan が加わります。リーダー格のオジャランは1999年逮捕されてイムラリ島の独房に閉じ込められてしまいますが、他の3人は、この40年間、クルディスタンの山岳地帯に立てこもって、武力抗争を続けて来たわけです。トランプの米国政府がMurat Karayilanには5百万ドル、Cemil Bayk には4百万ドル、Duran Kalkan には3百万ドルの捕獲情報懸賞金を提供したニュースは、2018年11月25日付のブログ記事『米国は実に汚いことをする』で報告しました。
https://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/a1d7dbd0c4255b090a599e5a0dc3099e
https://www.al-monitor.com/pulse/originals/2018/11/intel-washington-bounty-kurdish-insurgents-pkk.html
上掲のオジャランの著書の読み応えのある序論はCemil Bayk の筆になるものです。

藤永茂(2019年1月24日)
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