私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ブラジルの政治的大地震、ルーラとボルソナール

2019-07-04 23:11:17 | 日記・エッセイ・コラム
 クルディスタンのことが気になるので、毎日必ず覗いているサイトにANFNEWS(anfenglish.com)があります。そこに6月16日付けで次の記事が出ました:
https://anfenglish.com/features/leaked-communications-provoked-earthquake-in-brazil-35655
「漏洩した通信がブラジルで地震を引き起こした」という刺激的なタイトルです。これは著名なジャーナリストの Glenn Greenwald(他2名)が6月9日ブラジルで公開した秘密通信文書に関する記事です。英語での詳細は
https://theintercept.com/2019/06/09/brazil-archive-operation-car-wash/
で読めます。しかし、米国内でこのニュースがある程度広く知られるようになったのは、多分、有力な在野メディアの一つZNETに6月19日付けで出た次の記事:
https://zcomm.org/znetarticle/the-political-earthquake-in-brazil/
のお蔭だっただろうと思います。ブラジルの内政的スキャンダルの報道を、米国メディアより先に、クルド人向けのメディアが行ったのは何故か? これは検討に値する事だと私は考えます。クルド人たちが、その苦渋に満ちた心の中で、何を希求しているかを読み取れると思うのです。そのことを説明する前に、まずは、ブラジルの政治的大地震とは何かを見てみましょう。
 今は獄中にある前大統領ルーラ・ダ・シルヴァを、ごく簡単に、紹介します。1945年、極貧無学の農家に生まれ、10歳で小学校に通い始めたものの、貧困で続かず、12歳から靴磨きで稼ぎ始め、短期間日本人の洗濯屋でも働き、14歳で製鉄所の工員になると、働きながら小学校の課程を終えました。19歳の時、自動車工場での事故で指を一本失いましたが、その頃から、ルーラは労働組合運動にのめり込んでいきます。1980年、彼は他の同志とともに労働者党(PT)を結成して、政治の世界に踏み込み、紆余曲折を経て、2002年の選挙で大勝し、2003年元日にブラジル大統領の職につきました。彼の政党PTは、元ポルトガルの植民地で今は世界の大国の一つであるブラジルの富裕支配階級が忌み嫌う左翼政党ですが、ルーラ大統領は従来の支配構造に正面から挑戦する政策を取らず、国の健全な経済力を有効に使って、貧困大衆層への支援を強化拡大することに成功し、2006年の第二期大統領選挙では、国民の支持率は80%という記録的な高さに達しました。連続二期までという憲法の規定によって、2010年の大統領選挙には出馬せず、PTから立候補したディルマ・ルセフが当選し、ブラジル初の女性大統領が実現しました。ルセフ大統領はルーラ前大統領の貧困層優遇政策を忠実に継続しようとしたのですが、「洗車場作戦」(オペレーション・カー・ウォッシュ(Operation car wash))という妙な名前で呼ばれる汚職事件捜査がブラジルで持ち上がり、その結果として、ルセフは大統領の地位を追われ、ルーラも有罪判決を受けて収監されてしまいました。このことの最重要の結果は、2018年の大統領選挙で、3回目の当選確実と誰もが思っていたルーラ・ダ・シルヴァではなく、右翼のジャイール・ボルソナーロというひどい男が大統領に当選したことです。ボルソナーロ大統領実現以前の時期に出た日本語のリポートを参考までに二つ挙げます:
http://agora-web.jp/archives/2031280.html
https://blogs.yahoo.co.jp/olympass/56267423.html
このヤフーのブログの冒頭に掲げてあるガーディアン紙の原記事
https://www.theguardian.com/world/2017/jun/01/brazil-operation-car-wash-is-this-the-biggest-corruption-scandal-in-history
の見出しは「Operation Car Wash : Is this the biggest corruption scandal in history?」です。記事の中には、史上最大の汚職事件に登場するスターたちの写真も出ています。
 この汚職事件とその結果としての2019年元日のボルソナーロ大統領実現はブラジルを襲った政治的大地震であり、世界中のマスメディアが華々しく報じましたが、それから半年後の6月初頭にGlenn Greenwaldによる秘密通信文書公開という、これまた、最大規模の余震が発生したことになります。
 ブラジルでは、ルーラ・ダ・シルヴァが政権を担当する以前から、政治家と経済界、産業界の癒着の長い歴史があり、汚職スキャンダルは日常茶飯事とも言える有様でした。しかし、ルーラはその状態を急に改善しようとはせず、汚職捜査当局の権限を大幅に強化する法律が成立したのは、ルセフ大統領時代に入った2013年でした。それ以前から労働者党(PT)と国営石油会社との間の汚職問題などを捜査していたセルジオ・モロ判事は、この新法に力を得て、ルセフ大統領の弾劾罷免とルーラの有罪判決と収監を可能にしました。この汚職事件の容赦なき追及で、セルジオ・モロは権力者たちを恐れずに真実を追求する勇敢無私の国民的英雄に祭り上げられ、週刊雑誌タイムの『最も影響の大きかった100人』(2016年)の一人にも選ばれました:
https://time.com/collection-post/4302096/sergio-moro-2016-time-100/
2019年、新大統領ボルソナーロはモロを新政府の閣僚として迎え入れ、特別に強力な権限を持った法務大臣の地位を与えました。それまでは政治に興味はないと公言していたモロは嬉々として閣僚入りをして、2019年3月19日、トランプ大統領を表敬訪問したボルソナーロに随行してワシントンに赴き、一緒にCIA詣でまで果たしました。その3ヶ月後にGlenn Greenwaldの大地震が発生したのです。
 この政治的大地震の内容は、このブログ記事の冒頭に掲げたサイト:
https://theintercept.com/2019/06/09/brazil-archive-operation-car-wash/
https://zcomm.org/znetarticle/the-political-earthquake-in-brazil/
で知ることができます。Zcomm.org の記事にはグリーンワルドによる約15分の説明動画があります。分かりやすい英語なので、聞いてみてください。英語の要約を下にコピーしておきます:
Last Sunday, The Intercept and The Intercept Brasil published a series of exposés that has created a major political earthquake in Brazil that has only grown and intensified throughout the week. In less than a week, the once-revered justice minister of President Jair Bolsonaro’s government, Sérgio Moro, now faces widespread calls to resign from the same large Brazilian media outlets that spent years transforming him into an untouchable icon of integrity and uncritically applauding his every move.
Even more grave, the improprieties revealed by our reporting have cast serious doubt on the validity of numerous guilty verdicts issued by Moro and the anti-corruption task force, beginning — most importantly — with the conviction and imprisonment of former President Luiz Inácio Lula da Silva last year at the exact same time that he was the overwhelming frontrunner to win the presidency in 2018. That conviction by Moro, which we now know was the byproduct of highly improper and unethical conduct, is now scheduled to be reviewed by the Brazil Supreme Court as early as next week.
The archive we received from our source is vast and contains many more explosive stories yet to be reported. Just last night, we published another story exposing even more serious improprieties by Moro, widely regarded as the anchor of legitimacy for the Bolsonaro government, that has led to more calls for him to resign. Because these issues are complex, but just as important, for those outside of Brazil, we created a video explaining what this archive is about, what these revelations mean, and why the consequences of our reporting are so significant — not only for Brazil, but for the entire democratic world. (引用終わり)
 ルーラ・ダ・シルヴァは、私たちが「じゃなか娑婆(今の世界でない世界)」への夢を託すことのできる政治家の一人だと思います。この人物を知るために極めて興味深い動画があります。2019年5月、グリーンワルドが監獄に赴いて、服役中のルーラ元大統領に一時間インタビューした時の記録です。グリーンワルドもルーラもブラジル語(ポルトガル語)を使っていますが、英語の字幕があり、この動画を含む下の記事には、グリーンワルドによる長文の解説文に続いて、会話内容の完全な英語翻訳文が掲載されています。
https://theintercept.com/2019/05/22/lula-brazil-ex-president-prison-interview/
このインタビューの最後のところで、ルーラ・ダ・シルヴァは、ベネズエラについて明快重要な発言をしていますので、その部分を引用させてもらいます:
We need to wrap up. I want to thank you …
[As the police officer approaches Lula] I want you to know the following, I want to end with a question that you didn’t ask and that I’m gonna answer. I think it’s not right, it’s just not right, the way that Venezuela is being treated. Venezuela deserves its own sovereignty, they have the right to self-determination, and Venezuela’s problems are Venezuelans’ problem, they’re not the USA’s problems. Trump should take care of the U.S. and stop sticking his nose where he’s not wanted.
Mr. President, again, thank you so much for the interview.
Thank you.
[ 警察官がルーラに近づく] あなたに知ってほしいことがある。あなたが尋ねなかった質問に私が答えることで終わりたいのだ。ベネズエラが今受けている取り扱いは正しくない、まったく正しくないと私は考える。ベネズエラは当然それ自身の主権を持っている、彼らは自決の権利を持っている、そして、ベネズエラの問題はベネズエラの問題なのであって、USAの問題ではないのだ。トランプはUSのことの面倒を見るべきで、お呼びでない所に鼻を突っ込むのはやめるべきだ。(引用翻訳終わり)
 さて、このブログ記事のはじめに、クルド人向けの報道機関であるANFNEWS(anfenglish.com)が、一見あまり関連のなさそうなブラジルの政治的事件をいち早く報道した事実から、現在のクルド人たちの願いが読み取れる、と書きました。今、米国はクルド人に対して、ひどく残酷残忍な仕打ちを加えています。クルド人たちのthe right to self-determination(民族自決権)を完全に無視して、それを破壊し尽くす行動に出ています。お呼びでない所に強引に鼻を突っ込んできています。シリア北東部ではSDFというクルド人主力の傭兵軍団を使ってトルコと敵対しているように見えますが、トルコのクルド民族抹殺政策に抵抗するイラク北部のクルド革命ゲリラ勢力に対しては、イラク北部のクルド自治区政府をトルコ軍への加担の方向に強制して、ロジャバのクルド人とイラク北部のクルド人を対立分裂させようとしているのです。ここに米国の残忍な本音が露呈しています。クルド人たちがブラジルで起こっていること、ベネズエラで起こっていることが他人事でないと敏感に感じる理由はここにあります。

藤永茂(2019年7月4日)
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