私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

トーマス・ダシュルの保健社会福祉大臣辞退

2009-02-04 14:23:22 | 日記・エッセイ・コラム
 今日はオバマ大統領の就任式で祝賀の演奏をしたヨヨマさんなどについて書くつもりでしたが、トーマス・ダシュルの保健社会福祉大臣辞退を伝える今朝のNHKのテレビニュースを見て、予定を変えました。これは重大なニュースですが、それがわれわれ日本の庶民に伝えられる有様を目の当りにして、マスコミの情報というものの限界と本質をつくづく考えさせられました。
 画面にはオバマ大統領の少し憂鬱そうな映像が出ましたが、これは彼にとって悪いニュースですから、テレビでは常套の手続きです。アナウンサーはオバマ大統領がここに来て困った事態に直面しているとして、彼が新内閣の保健社会福祉大臣に任命したトーマス・ダシュル氏が国税を遅れて支払っていたことが判明したため、ダシュル氏が大臣就任を辞退したと報じました。一般の視聴者の反応は「アメリカでも同じような事なんだなあ。大臣のお株が回ってきそうになってから慌てて滞納していた税金を納めるお偉さんがた」といったところでしょう。しかし、NHKの論説委員室の方々は事の重大さをよくご存知の筈です。皆さんは、おそらく、オバマさん大好きなのでしょうし、もし、オバマ大統領批判の想いがあっても、一般放送のテレビニュースにそれを流すことは、当局の意向を察して、自主的に遠慮なさるのでしょう。しかし、皆さんの政治的立場がどうであれ、ダシュル氏が米国政界の大物、ワシントンのインサイダー中のインサイダーであり、しかも、オバマがその議会上院の新星として輝かしく登場して以来、一貫して彼を支持し、遂に大統領の地位にまで押し上げた恩人中の恩人なのですから、オバマ大統領の応援団の団員にとってもこれは重大事件です。ワシントンポストによると、ダシュル自身が、実は、大統領の座を目指すための選挙運動チームをすでに用意していたのに上院議員選挙で政治判断を誤って機会を逸したあと、自分が用意した既製の選挙運動チームに、そのまま、オバマを乗せてワシントンへの進撃を始めたのだそうです。こんな重要人物の失脚のニュースなのです。せめて、NHKの中立性を守ったままで結構ですから、ことの重大さを一般視聴者が嗅ぎ付けることが出来るような工合にニュースを仕立てる工夫をしてほしいと思います。
 世の中には、単なる好奇心や株価への関心をこえて、我が国のこと、世界の成り行きを心配し、中身のしっかりした知識や情報を得たいと思っている老人が沢山います。私は、たまたま、英語を使う仕事をしてきましたから、今度のトーマス・ダシュルの保健社会福祉大臣辞任の問題についてもインターネットでアメリカの新聞類を読んでいますが、多くの人々は、英語は読めるにしても億劫だと感じるのだと思います。そうした方々のために、いわゆる中立性を守りながら、NHKの解説委員さんたちがやれることが沢山あると思います。しかも、わざわざ探報取材の必要もありません。ニューヨークタイムズやワシントンポストなどで十分なのですから。
 例えば、ダシュル氏の過去2年間の収入報告。オバマ氏が上院議員として華々しく登場した2004年、落選して在野の人となったダシュル氏ですが、彼が勤める有力法律事務所から210万ドル受け取っています。彼は弁護士資格を持たないのですから驚きです。また、インターメディアという証券会社から200万ドル、健康保険関係や製薬業界関係の企業からの講演謝礼などで22万ドル。オバマ大統領という人は、インサイダーやロビイストが暗躍支配するワシントン政界を清掃し、一般大衆のためのヘルスケア・システムを実現することを公約してホワイトハウスに乗り込んで来たのですから、ダシュル氏を保健社会福祉大臣に任命したことは、彼の政治家としての体質を考えれば、始めから、大問題であったのです。狐に油揚げの番を頼むようなもの-とまでは言いませんが。税金の滞納問題はむしろ小さな問題で、それに躓いた時に、オバマ大統領をはじめとして、エドワード・ケネディやジョン・ケリーなど、トム・ダシュルが属する“クラブ”の全員がダシュルの脱税を赦して無事に事態を収拾しようと努力したことにも、病根の深さが窺われます。
 ダシュルの保健社会福祉大臣辞任は、アメリカの一般大衆のために本当に良かったと思います。ダシュルという人物をオバマ大統領が保健社会福祉大臣に選んだ直後から、その選択に強い懸念を示したアメリカの小さなニュース源がいくらもありました。NHKの編集委員の方々も先刻ご承知の筈です。あなた方に許される範囲で結構ですから、われわれ憂国老人を含む日本の一般大衆にそうした情報を伝えてはくださいませんか?

藤永 茂 (2009年2月4日)



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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
藤永さま (m_debugger)
2009-02-05 21:26:48
藤永さま

標題からは話がそれてしまうのですが、村上春樹のエルサレム賞受賞を批判する立場から、ご著作の引用をさせていただきました。
http://d.hatena.ne.jp/m_debugger/20090204

『アメリカ・インディアン悲史』は私にとって最も大切な本のひとつですが、藤永さんがブログを運営されていることは30分前まで知りませんでした(このブログには金光翔さんのサイト http://watashinim.exblog.jp/ から辿り着きました)。もっと早く読んでいればと後悔もしましたが、本当にとても嬉しいです。

これからもよろしくお願いいたします。
デバッガーさま (藤永 茂)
2009-02-06 19:00:59
デバッガーさま
コメント有難うございます。
「村上春樹への手紙」を読ませていただきました。皮肉ではなく本物の節度をもってお書きになっていることに感銘をうけました。何らかの形で村上氏の反応があることを期待しています。それにしても、イスラエル当局がこういう手段で名の知られた芸術家を利用することを止めてほしいと思います。ナディン・ゴーディマーさんの場合が思い出されます。政治と芸術家の関係については別に書いてみたいと思っていますので、忌憚のないご意見を戴ければ幸いです。
藤永 茂
藤永さま (m_debugger)
2009-02-08 19:27:13
藤永さま

お返事ありがとうございます。

政治と芸術家の関係については、最近ようやく考えが及ぶようになってきたので、意見を申し上げるのも恐縮ですが、身近な例としては、アートギャラリーが野宿者排除に利用されている問題が思い浮かびます。
http://kaigi246.exblog.jp/i3/

『虹の鳥』の執筆後、文学の無力さに打ちのめされて小説が書けなくなってしまったという目取真俊の話からは、政治から生まれ、政治に蝕まれる芸術の(不)可能性について、思い起こさざるをえません。また、エルサレム賞の件を通じて、日本の文学が、どれだけ私たちの中のシオニズムに向き合っているのかということにも、改めて興味を持ちました。

『闇の奥』(の奥)についても、いずれ感想をお伝えしたいと思います。時節柄お体ご自愛くださいますよう。

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