私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

エリトリアの人々に幸あれ(4)

2015-01-14 21:58:09 | 日記・エッセイ・コラム
 マッサワの港は廃墟のままである。エチオピアは、この歴史的都市を、エリトリアの独立戦争の最終段階で、徹底的に爆撃した。その後、再建設の仕事が、ゆっくりとではあるが確実に進んでいる。港としては今や十分機能している。貨物船は世界各地に向かって出航しているし、旅客フェリーは本土とダーラクの島々を結んでいる。
 しかし、市街そのものの中では、戦争の恐怖は一歩ごとに目に入ってくる。多数の歴史的建造物が、中はがらんどうで幽霊のように立っている。港の入り口には巨大な石の台座がある。昔はこの上に何があったのかと尋ねると、“ハイレ・セラシー”と答えが返ってきた。
 我々は、念入りなコーヒーの淹れ方で知られているという古風なコーヒーショップに立ち寄った。生活は徐々に正常に戻りつつある。人々はコーヒーを飲み、お喋りをしている。
 二人の女性が、家の表でクッキングをしている。近づいてみる。彼女らの暮らし向きがよくなっているかどうか、私は知りたいのだ。
 マーザさん、55歳、は答える。:
 “エチオピア人がここにいた頃より、ずっと良くなったわ。大人が学校教育をうけている。子供も同様で、みんな無料です。病気になった時には、医療も受けられます。私たちは未来について楽観的で希望を持っています。”そう言ってから、彼女は、昼食に我々を家に招じ入れてくれた。
マッサワには、再び、生活が目覚めつつある。新しい大学(海洋科学技術大学)があり、新しい国際空港があり、自由交易の市場がある。ホテルも開業している。
 田園地帯には依然として戦争の遺物があちらこちらにある:記念碑、破壊された戦車や装甲車。この国が乗り越えてきた事柄は想像を絶する。この国がここにあり、それが生き残ったこと、勝ったこと、何とか前進していること、それ自体が奇跡である。もっと正確には:それは人々の英雄的行動の証である。

***

アスマラで、私はエリトリアの高級外交官テスファマイケル・ゲラートウと話し込んだ。彼は以前エリトリアの英国大使だったが、単に外国でのエリトリア代表というだけではなく、国家的英雄の一人でもある。あらゆる障害にもめげず、多年にわたって、この国の独立のために闘ってきた人物である。そして、今日まで、国家建設に貢献している。:

“エリトリアは平和で安定していますが、それは政府の‘統合的発展パラダイム’のお蔭です。―― 地方、特にこれまで不利であった地方に特別の焦点を置いた、すべての人々の機会の均等を目指しています。我々は一般的全体的な生活の質を向上させています•・・我々は一つの‘知識社会’の創造に至るべく、文化的な変容をやっているところです。そこでは、ひとりひとりがその発展プロセスの持ち主になります。発展計画とそのプロセスを自分のものとし、お互いの間の対話と敬意に基づいた協力関係を建設しようと努めています。”

 私は、この国―― アフリカの反逆児を扱ってきたアメリカ合州国のやり方について訊いてみた。

 “エリトリアに対するアメリカ合州国の積年の行動パターンは陰謀に満ちたものです。”

 彼はかつて国連の米国大使(あとで米国の国務長官になった)ジョン・フォスター・ダレスの言葉を引いた。:“公正な観点から言えば、エリトリア人の意見は尊重すべきである。しかしながら、紅海海域における米国の戦略的権益と世界の安全と平和を考慮すると、エリトリアは我が同盟国家のエチオピアに結びつけなければならない。”

 私はアメリカ合州国が、エリトリアを不安定化するために、過去に使い、今も使い続けているいろいろ違った口実や手口のことを挙げると、ゲラートウ大使は語気を強めて答えた。:
 “米国は積極的に経済封鎖をやってきましたが・・・それが失敗すると、1998年にはエチオピアを使って戦争を仕掛けてきました・・・それが失敗すると、反政府の政治感情を注入して人種間の分裂や裂け目を作ろうとしましたが・・・それが失敗すると、米国の原理主義的キリスト教派を使って宗教的分裂を試み・・・それが失敗すると、今度は、しきりに若者たちを国外に誘い出すことをやり始め、パスポートを持たない若者に不法ビザを発行しておいて・・・そのあと一転してエリトリア政府が人身売買(Human Trafficking)をしていると非難したのですが・・・それも失敗すると、米国は積極的に隣接諸国をけしかけて、エリトリアと戦争を始めさせ、また、秘密裏にそれらの国に働きかけて、エリトリアをIGAD(「アフリカの角」地域の政府間開発機構、Intergovernmental Authority of Development)からいびり出すことを試みました・・・米国は、この地域での自身の戦略を推進するために、そうした従属国を使おうとしたのです。・・・そして、それもまた失敗すると、米国は、エリトリアに対する違法で理不尽な制裁措置を画策すべく、例の悪名高い‘テロ国家’のラベルをエリトリアに貼り付けました。・・・あらゆることが失敗した挙句、最後に、米国は、‘人権’と‘民主主義’を内政干渉のスローガンとして掲げ、それを使い続けています・・・”

***

 “我々が何をしているかを見て、それから我々が社会主義国家かどうかおっしゃってください”とは、多数の人々が繰り返し私に言ったことだ。
 見れば見るほど、エリトリアの計画、そのプロセス、その革命は、キューバ、ベェネズエラ、エクアドルで闘い取られているものに極めて近いと、私は確信するようになっている。
 しかし、この国には、偉大な誇りと、そしてまた、偉大な謙虚さがある。エリトリアでの事の進行はしめやかで、声高ではない。その結果、世界はこの瞠目すべき国について殆ど何も知らない。

***

 テシエール・アリ博士は15年間エリトリアに住んでいる。 彼はPCH(アフリカの角の平和建設センター)の理事長である。我々は理事長室で腰を下ろし、何故エリトリアの開発モデルが国外で間違って紹介されるのか、あるいは、何故それが米欧のマスコミで無視されるのかを解析しようとした。:
 “国際社会とか外の世界に向けて、エリトリアのことを語るとなれば、この国は全世界で最も誤解されている国の一つだと、私は考えています。ここにやってきて直ぐ私は気がついたのですが、ここでは、30年間の闘争を通じて発想され、発展させてきた、一つの国民的計画とも言うべき目的意識を人々が抱いています。我々が賛同する必要はないにしても、とにかく、彼らは自分たちの国を点 A から 点 B まで持って行くのだと決意しているのです。彼らは多くの障害や挑戦に直面しますが、これまで常にそのコース上に留まっています。アフリカの他の国は、私の国スーダンと同じで、そうした目的意識を持ち合わせていません。”
 “スーダンで、そして、アフリカ一般で、一つの妨害要因は腐敗汚職です。エリトリアではそんなことはありません。その事実は、いつも私にこう思わせたものです。:エリトリアが、その国民の本当の必要から立ち上げて、下から出発した発展に力を集中することが出来るのなら、エリトリア以外の我々の国でも、出来ない筈がないではないか?”

 “実際に、米欧が最も心を悩まし、恐れているのは、その国民的計画であり、目的だ、というわけですか?エリトリアが近隣の他の国々に積極的に影響し得るということですか”と私は尋ねた。

 “国際社会、帝国主義、ネオ-コロニアリズム ―― こうしたものは、標的とする社会が、分裂していなければ、弱くなければ、あるいは、どこに行こうとしているか分かっていないのでなければ、つまり、一つの国民的計画を持っていないのでなければ、その国に付け入ることは出来ません。国民的計画は、国民の生活水準の改善を可能にする発展の水準を達成するために、すべての天然資源を活用し、国家の立役者を奮い立たせ、人的資本の活性化を促します。”

 “キューバにおけると同じように、ですね?”

“そうです、キューバはとても良いお手本です。また、私は、こうしてエリトリアが誤解されている理由の一つに、その政党と一般市民が独立独行の態度を堅持していることがあると考えます。これは世界中で殆ど何処にも見られないことです。”

 アリ氏は、他の多くの国も、タンザニアを含めて、独立独行を語っているが、もっぱら口先だけだ、と言う。しかし、エリトリアはそれをやってのけた。彼が現地の仲間たちと話をしてみると、エリトリアのやり方では、目的達成に余計時間がかかるが、エリトリアの思うままの条件で達成できることを人々は心得ていたという。
 そして、これこそが決定的に米欧の嫌がることなのだ。

 “エリトリアはネオ-コロニアル国家ではありません。エリトリアは独立国家です。エリトリアはいかなる軍事基地も、外国軍隊も受け入れません。エリトリアははっきりしたビジョンを持っています、そして、それは単にエリトリアのためだけではなく、「アフリカの角」地域のためのビジョンなのです。また、各国の自立と地域としての統合を奨励します。エリトリアについては、‘我々の資源を我々が使い、我々の独立を建設しよう、エリトリア人民の、とりわけ、農村地方の人々の、生活水準を高めよう’という基礎的理念の上に立っています。チョムスキーが言った通り、このやり方は、米欧では、‘腐ったリンゴ’だと考えられたわけです。”

 再び、モハメッド・ハッサン博士に登場して頂く。同じことを聞いてみた:「それが米欧が恐れる主なことでしょうか? つまり、ドミノ効果;エリトリアがアフリカの他の国々にもたらしかねない影響?」

 “勿論そうです”と彼は答える。“アフリカは世界の天然資源の50%を持っています。・・・そこで、エリトリアの指導者たちのことを考えて下さい。――彼らは盗みません。彼らは普通の生活、つまり、普通一般の人々と同じ生活をしています。アフリカの他の如何なる国の指導者たちも、この国の指導者のようには生活していません。隣の国に行ってごらんなさい。エチオピアの首相がついこの間亡くなりましたが、80億米ドルの遺産を家族に残しています。”

 つまり、要点はこうだ。:エリトリアに汚職がないことは‘大変危険だ’と考えられということだ。ずっと以前に、ジョン・パーキンズが私に、米欧がこの地球を支配するにあたって、汚職腐敗は最も効果的な道具の一つだ、と言ったことがある。それはエリート達に権力を与え、負債を抱え、分裂した国家を全く無防備にする。

“エリトリアは他国を攻撃したことはありませんが、それが持っている物の考え方は大変危険だと考えられてきました。エリトリアはそれよりもっと大きな国々に感染を広げるウィルスだと考えられているのです”とハッサン博士は話を結んだ。

 エリトリアの偉大な知識人であるエリアス・アマーレ氏も、同様の趣旨の言葉を付け加えた。:
“独立は真正の独立であるべきだとエリトリアは固執しているのです。独立独行を強く主張します、それは、例えば、エリトリアが外国の直接投資を拒絶することを意味しません。しかし、直接投資が入ってきたら、エリトリアは公平な条件を求めます。エリトリアは巨大な天然資源を持っています。金、銅、亜鉛、は、ほんの僅かな例です。しかし、エリトリアはコンゴやジンバブエで起こったことを繰り返したくないのです、エリトリアは平等の提携関係を持ちたいのです。多くの西側諸国はこれが全然気に入らない。それが、エリトリアが直面している敵意の主要な理由です。”

 「でも、エリアスさん、西側は、エリトリアがこの辺り全体でテロリスト運動を支持しているという非難を絶えず使っているではありませんか」
 エリアスさんは、激しい語調で答えた。:
 “それは全然根拠がなく、虚偽です。第一、エリトリアがその独立を勝ち取ったやり方の本質から、この国は如何なる宗教的過激主義にたいしても全く反対です。実際、これまで多年にわたって、この国はイスラム教過激派グループの目標とされて来ました。エリトリアは世俗国家であり、宗教と政治は分離されています。アスマラ政府からは、イスラム過激派グループに対しても、キリスト教過激派グループに対しても、何の支持もなされていない、ということは、多数の信頼できるジャーナリストたちによって証明されています。
 強大諸国はアフリカでエリトリアの例が複製されては困るのです。もう一度申しましょう。アフリカは巨大な天然資源を持っています。強大諸国はこれらの資源を鷲掴みしようとしています。もし、アフリカの他の政府がエリトリアの例に従おうと試みたらどうなるでしょうか?それは、決定的に、強大諸国のために有益ではありますまい。”

********************

<訳注>翻訳はもうあと一回です。このエリトリアについての記事を翻訳しながら、私の思いは度々北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に飛びます。エリトリアは「アフリカのキューバ」と呼ばれるよりも遥かにしばしば「アフリカの北鮮」と呼ばれています。

藤永 茂 (2015年1月14日)
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1 コメント

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Unknown (グッキー)
2015-01-15 20:44:57
知らないことをいろいろ教えていただきありがとうございます。
ご健康をお祈りします

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