私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

アメリカの医療、キューバの医療

2010-11-17 11:00:00 | 日記・エッセイ・コラム
 Ronald Dworkin(1931年生まれ)という米国と英国をまたにかける高名な法律、政治哲学者が居ます。進歩的大学人と看做されています。私のカナダ時代にはいつも熱心に購読したアメリカの書評誌 New York Review of Books の最近号に、去る11月2日のアメリカ下院上院選挙に関するDworkinの評論『Americans Against Themselves』が掲載されています。その出だしを少し:
■ The results of Tuesday’s election are savagely depressing, wholly expected, yet deeply puzzling. Why do so many Americans insist on voting against their own best interests? Why do they shout hatred for a health care plan that gives them better protection against calamity than they have ever had? Or stimulus spending that has prevented a bad economic climate from being much worse for them? ・・・(火曜日の選挙の結果はたまらなく気の滅入る、完全に予測された通りのものであったとは言え、深刻なまでに不可解だ。何故こんなに多数のアメリカ人たちが彼ら自身の利益に反して投票することに固執するのか?病気の災難に対して今まで持ったことのないほど良い保障を与える医療保険制度に向かって嫌悪の怒声を浴びせるのは何故なのか?あるいは、経済環境が彼らにとってもっとひどく悪化するのを経済刺激支出で阻止したというのに、何故反対票を投じたのか?・・・)■
オバマ大統領が、困難な状況の下で、アメリカ人大衆のために為になることを色々やってくれているのに、何故それが分からないのか、といった高所から大衆を叱るようなこの論評の調子に反発するコメントが沢山寄せられましたが、New York Review of Booksの読者層が一般大衆層とはとても言えないことを考えると、この書評誌にしばしば寄稿するアメリカの有名知識人、それもいわゆる進歩的知識人たちの占める社会的地位、それに当てがわれている社会的機能が問題化しているように思われます。しかし、その問題は後回しにして、アメリカの医療保険制度を先ず俎上にあげましょう。
 アメリカの医療制度の構造は大変複雑です。その根幹は私企業による医療保険ですが、貧困者、高齢者、子供を対象にするMedicare, Medicaid,などの公的保険制度もありますし、そうした公的制度の実際の運営は各州の権限の下にあります。この複雑な制度全体、そして今後に下院での討議を待っているオバマ政府提出の法案“America’s Affordable Health Choices Act ” の詳しい解説を今ここでするのは私の任ではありません。しかし、アメリカの医療制度の特色を少し指摘することは出来ます。まず、金に糸目をつける必要がない人々にとって、アメリカは世界最高の医療を享受できる場所でしょう。臓器移植手術は勿論、殆どあらゆる分野で最高の医療技術を誇っていると思われます。しかし一方で、予防医学的な発想の政策は手薄で、例えば、貧困下層の若者たちが、非健康的なジャンク・フードを食べることで肥満状態に陥りやすい社会状況が放置されています。国民全体の健康状態を改善して全体的に医療関係の消費を低下させることに、医療保険企業、医薬産業が積極的になる筈が原理的にあり得ないからです。医薬品業界の成功の最重要の鍵は健康な人々に出来るだけ多くの薬を消費させることだと明言した業界の重鎮さえ居ます。2006年の統計では、医療保険企業の総純益は1兆円を超え、その一方で、5千万人が医療保険を持たず、保険に加入している人のうち3千万人は保険のカバーが十分でないと見積もられています。そうした状況のため、アメリカでは、毎年2万人の人が、十分の医療が受けられないという理由で死んでいるとされています。2009年に報じられたところによると、アメリカ人の10人中6人は受けるべき治療を、お金がかかり過ぎるという理由で、遅らせたり、諦めたりしているそうです。また、個人的に破産する人のうちの62%は、過大な医療出費が破産宣告の理由で、しかも、その内の78%は医療保険に加入しては居たのです。保険のカバーが足らなかったわけです。こうした「裏口から覗いた」様子からも、アメリカの医療制度が、中低所得層の人々にとって、とりわけ、貧困層の黒人にとって、惨憺たる状態にあることが察せられます。
 カストロのキューバの医療体制は、アメリカのそれと全く対照的です。1959年の革命の頃、アフリカ系黒人は人口の40%を占めていましたが、医療施設は都会に集中し、その恩恵を受けていたのは主に有産階級の白人と半白人たちでした。革命政府が直ちにとった全国民無差別医療制度は、田舎に住む黒人と半黒人人口にとって、特に有難いもので、農村地域にはほぼ皆無であった病院の数は1984年には54を数えるまでに増加し、現在では、庶民が受けられる医療サービスについて、都市と地方で殆どまったく差が無いと言われています。キューバではポリオは絶滅され、マラリヤなど熱帯に多いウィルス性伝染病も良くコントロールされていますし、乳幼児や妊産婦死亡率は先進国並み、エイズウィルス感染率はアメリカの十分の一、平均寿命78歳はアメリカと同じです。キューバの医療体制のすばらしさについてはインターネット上に有り余るほどの情報がありますのでご覧下さい。大多数のキューバ国民にとって、医療費はほとんど無料に近い安さに保たれています。
 最も驚くべきことは、この成果が、革命直後から始まったアメリカの厳しい経済制裁にも関わらず、成し遂げられたということです。経済封鎖は今でも続いているため、キューバの経済は発展途上の小国なみの規模に過ぎません。医療関係費はキューバの国家支出の最大額を占めると何処かで読んだ記憶がありますが、医療費を低く抑えるために、キューバでは予防医学的な面に重点が置かれ,幼児、高齢者、生活習慣病的なありふれた疾病の取り扱いが行き届き、公衆衛生、飲料水の質、予防接種などに力が注がれています。軍事費が支出の半額を超えるアメリカと何という発想の違いでしょう。これも記憶からですが、アメリカのある医学雑誌で、キューバを訪れたアメリカの大学の医学部の先生が、キューバの医療技術の水準は概して大変低く、困難な手術は行なえない場合が多い、という感想を述べているのを読んだことがあります。「お金がなければ死ななければならないが、お金があれば死なずにすむ」という社会と「難病は救ってもらえないかも知れないが、そうでなければ費用に心配なく救ってもらえる」という社会のどちらを良しとすべきか、難しい問題です。
 ウィキソースにある『世界人権宣言』の日本語訳から第19条と第25条をコピーします:
第19条「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。」
第25条「1. すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は、保障を受ける権利を有する。2. 母と子とは、特別の保護及び援助を受ける権利を有する。すべての児童は、嫡出であると否とを問わず、同じ社会的保護を受ける。」
今のアメリカは、第19条は尊重するが第25条は蔑ろにし、一方、キューバは、第19条を満たさない代わりに第25条を十分尊重していると言えましょう。一体、どちらの基本人権が先に守られるべきでしょうか?
 ここで、冒頭で取り上げたRonald Dworkinに戻ります。この高名な学者評論家個人について意味のある批評をする能力も資格も私にはありませんが、この人にしても、アンジェラ・デイヴィス教授にしても、生活環境、収入、一流の医療施設と名医へのコネクションといった点で、低所得層の人々の生活感覚から全くほど遠いところで日々の快適な生活をしているのだろうと想像します。これは我々にとって意味のない想像ではありません。キューバ革命の1959年は、私がシカゴ大学の物理学教室からの招聘でアメリカ生活を始めた年です。当時の私が政治的なことに関心の薄かったこともありますが、私を受け入れてくれたアメリカは物質的な生活水準は勿論、美術館とか音楽演奏会とか、図書館とか、分かりやすい形での文化水準でも、私を魅了してやまぬものがありました。大学での毎日の研究生活はもったいないほど自由で充実していましたし、人々も開放的で親切で、アメリカという国と社会についての自信に溢れていました。これでアメリカという国に惚れ込まなかったとしたら、その人は余程の眼力と見識を備えた日本人であったに違いありません。しかし、歴史的事実としては、丁度その頃、中南米でアメリカは実に非情残酷な圧制行為を続けていたのでした。その二つの例として、当時のキューバとグアテマラに焦点を合わせて歴史をお調べになれば、すぐに分かります。1959年前後、私は情けない盲目状態にあったことを、遅ればせながら、告白し、懺悔しなければなりません。私がアルベンス(Jacobo Arbenz Guzmán)のことを知ったのはつい先頃のことでした。
 今の私が危惧するのは、あの戦後アメリカの黄金時代から今日に至るまで、アメリカの社会の恵まれた社会層に受け入れられて快く生活する渡米日本人の方々が、依然として、かつての私のように、アメリカの歴史に暗いままで日々を過ごしておられるのではないか、ということです。

藤永 茂 (2010年11月17日)


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私は80年代中期にアメリカに流れ着いたのですが... (ejnews)
2010-11-17 15:42:26
私は80年代中期にアメリカに流れ着いたのですが当時はNPRとPBSは未だ右翼資本層の支配下に完全に屈していない時代で(スペイン内乱にエイブラハム リンカーン、ジョージ ワシントン ブリゲードの義勇軍として参加した多くの米共産党員についてのドキュメンタリーやFDRに対するクーデター陰謀についてのドキュメンタリー、etc,)興味深い番組が多く見られたものでしたがレーガン時代が終わる頃には政治的社会的に意義のある番組は制作できなくなってしまったようです。
処で“アメリカの低所得層(私自身も低所得層に属し、分類すると“肉体労働者”です)が如何して彼等の利益に反する様な投票をするのか?”と言う問ですが、貴方の様なhighly educated individual(適当な日本語が思い浮かばなかったのでスミマセン)な方は下記の様なメモが存在するのを御存知だと思いますが、彼等右翼資本層は未遂に終わったFDRに対する“The Business Plot”の目的を70年代から始まったThe powell memo を現実化させたcounterrevolution(反革命?)で遂に成し遂げ、現在のアメリカはその結果だと言う事ではないのでしょうか?
如何思われますか?

参照:
http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-269.html
ejnews 様 (藤永 茂)
2010-11-19 15:51:35
ejnews 様

『英語日本語ニュース』のサイト、大変興味深く読ませていただきました。日本の多くの人々が貴ブログを読み、英語記事に広く接する習慣を身につけてほしいものです。
 コメントにありますPBS, 私なども大いに感心し,信頼し、結構寄付もしたものですが、この頃は昔日の面影はなく、すっかり駄目になってしまったようですね。残念でなりません。

藤永 茂

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