私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロジャバ革命の命運(3)

2017-09-25 21:57:58 | 日記・エッセイ・コラム
 前回、バルザニとペシュメルガは全くの食わせ物だが、欧米と日本のマスコミは、それについてほぼ完全な黙りを決め込んでいると申しました。詳しいことは(あまり詳しいとは言えませんが)3月末にアップした二つのブログ記事『シンジャルのヤズディ教徒に何が起きているか』(1)、(2)(2017年3月25日、31日)を見てください。(1)の一部を以下にコピーします:
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現在、IS(イスラム國)勢力撲滅作戦と称する主要な戦闘が二箇所で行われています。一つはシリア北部のラッカ、もう一つはイラク北部のモスル。モスルの西方に位置するシンジャルはクルド語を話す少数民族ヤズディ教徒の居住地域でした。2014年8月、IS軍はシンジャル一帯に侵攻し、シンジャルの町やあたりの村落を襲撃占領し、千人を超える住民が殺害され、国連はジェノサイドと認定しました。多数の女性の拉致、奴隷化など、ISが犯した蛮行は広く知られるところとなりました。
 なぜISは、特に力を入れてヤズディ教徒に襲いかかったのか? ヤズディ教はイスラム教徒が悪魔とみなす異神を信仰するから、というような説明に惑わされていけません。モスルはイラク第二の大都市ですが、2014年6月、わずか1500人のIS武装集団は、その十数倍の重装備のイラク正規軍をあっという間に蹴散らしてモスルを占領し、大量の武器弾薬と市内の銀行が所有していた莫大な資産を手に入れたとされています。しかも、その2ヶ月後には特にシンジャルのヤズディ教徒に襲いかかったのは何故か? これはしっかりと考えてみる必要があります。
 まず、2014年8月はじめにISがシンジャル市に侵攻占拠した時に、ISの残虐行為を逃れるために、多数のヤズディ教徒が市の西側でシリアのロジャバ地域の東部に続くシンジャル山系の山の中に逃げ込みました。その数万人をシリアのロジャバ地域(Cizire Canton)に脱出させて救ったのはロジャバの人民防衛隊とKPPのゲリラ部隊であったのです。
 ところで、その時シンジャル一帯を守っていたはずのイラクのクルド自治地域の“国軍”ペシュメルガ(Peshmerga, 「死に立ち向かう者」の意味)はどう行動したか? 通説では、「モスルをいとも簡単に攻略したIS軍はイラクの首都バグダードに向けて南下すると見せかけつつ、一転北進に転じ、不意を突かれたペシュメルガは次々と敗北退却を続け、ISにヤズディ教徒のジェノサイドを許してしまった」ということになっています。公式の説明はさらに加えて「この状況を見るに見かねたオバマ政権は、一旦米軍を引き上げた筈のイラクに再び米軍兵力を投入し、その援護のもとに、クルドの自治地区のペシュメルガは再び何とかシンジャル市からISを排除した」ということになっているようです。
 しかし、この通説は真実ではありません。中東の専門家たちはこの虚偽を先刻承知のはずですが、我々衆愚に真実を告げてはくれません。はっきりしていることの第一は、ペシュメルガがISから作戦的に不意打ちを食らったのではなく、どこからかの命令で自主撤退をしたのです。第二に、ISをシンジャル一帯の大部分から排除したのは、ロジャバの人民防衛隊とPKKゲリラの長い時間をかけた戦闘努力の結果です。
 こうした真実の背後関係は、シンジャルをめぐる事態の最近の展開で白日のもとに曝されることになりました。この3月3日、イラクのクルド自治地域の大統領マスウード・バルザニ統率下のペシュメルガ勢力がヤズディ教徒とその自衛隊に攻撃をかけてきたのです。現地での状況は混乱しているように見えますし、現場にいるヤズディ教徒を含むクルド人たちの間でも混乱が広がっていますが、その最も重要な背後事件は、2月26−27日にトルコの首都アンカラで行われたエルドアン大統領とバルザニ大統領の会談です。そこでの合意と取引に基づいて、イラクのクルド自治地域のクルド人とシリアのロジャバのクルド人との間の内紛を本格化し、ISの力も援用して、出来ればロジャバ革命とPKKを壊滅させようというエルドアン大統領の企ての現れです。
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これだけ読んでも、バルザニとペシュメルガがまるっきりの食わせ物(者)であるかをお分りいただけると思います。
 ロジャバの人民防衛隊(YPG)とPKKゲリラによって救われたシンジャル一帯のヤズディ系クルド人の多数が、今はオジャラン(ロジャバ革命)の思想に共鳴し、バルザニが大声で呼びかけてきたクルド人自治区の独立の賛否を問う住民投票に参加しないこと、投票しないことを呼びかけていたことを、次の記事は報じています:

https://anfenglish.com/kurdistan/call-for-Ezidis-not-to-vote-in-independence-referendum-22328

今回の住民投票は米国、イスラエル、トルコ(エルドアン大統領)が首謀する大芝居です。目的はイラン、イラク、シリア地域の政治的、地政学的不安定化にあります。米国が反対しているのは、相変わらずの大ウソの最新版です。しかし、やがて嘘がバレて、首謀者達が窮地に追い込まれるなどと安易に期待してはなりません。バルザニのクルド自治区のクルド人とロジャバ革命のクルド人との間の亀裂も米国によって残酷に利用されることでしょう。米国の国家戦略の悪魔的な冷酷非情さには驚くべきものがあります。以下に引用させていただくのはウェブサイト『マスコミに載らない海外記事』に昨日掲載された記事「アフガニスタン国民は欧米帝国主義者の蛮行にうんざり」からですが、ここでアンドレ・ヴルチェクがアメリカについて述べていることはその的確さ簡潔さにおいて稀有の至言です:
********************
<アンドレ・ヴルチェク>・・・・・概して欧米、とりわけアメリカ合州国は、自分たちが何をしているのか十分承知しているのはほぼ確実だと思います。アメリカには最も邪悪な植民地大国、特にイギリスが顧問として、ついているのです。
アメリカは、必死に戦わずに没落することは決してなく、ヨーロッパとて同じです。世界の中の、この二カ所は、世界をひどく略奪することによって、築かれてきたのです。連中は今もそうです。彼らは自分の智恵と努力だけで自らを維持することはできません。連中は永遠の盗人です。アメリカは決してヨーロッパから別れられません。アメリカは、ヨーロッパの植民地主義、帝国主義と人種差別という木の恐るべき幹から別れ生えた、巨大な枝に過ぎません。
アメリカ、ヨーロッパとNATOが現在行っていることが何であれ、見事に計画されています。決して連中を見くびってはいけません! 全て残虐で陰険で凶悪な計画ですが、戦略的視点から見れば、実に素晴らしいものです!
しかも連中は決して自ら立ち去ることはありません! 連中とは戦って、打ち負かすしかありません。そうでない限り、連中はずっとい続けます。アフガニスタンであれ、シリアであれ、どこであれ。
********************
そうです。ロジャバ革命の犠牲において、米国はシリアにずっとい続けようとしています。我が「ロジャバ革命」はまさに風前の灯です。(次回に続く)

藤永茂(2017年9月25日)
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Unknown (グッキー)
2017-09-26 14:03:43
アンドレ・ヴェルチェクが同じ記事で、住民は誰が敵で誰が味方か良く知って居ると述べて居ましたが、クルド人は誰が敵か分からないのでしょうか?

トルコと対立関係に有るのでトルコを引き込みたいロシアはクルド人と協力出来ないという状況は分かりますが、アメリカと組むのはシリア人の敵と組むようなもの、利用されいずれ棄てられます。

トルコはコウモリ、アメリカ側に付くのか、ロシア側に付くのか未だはっきり分かりません。
トルコ経由のテロリスト集団への補給がどう成ったか分かればはっきりするのですが、何故かその肝心な点の報道が見当たらない。
ネットリテラシーは (オコジョ)
2017-09-28 13:15:20
 こんな記事があります。

Kurdish PKK and YPG’s Hidden Notorious Crimes: Kidnapping, Murder, and Narcotics Trafficking
https://www.globalresearch.ca/kurdish-pkk-and-ypgs-hidden-notorious-crimes-kidnapping-murder-and-narcotics-trafficking/5610540

 冒頭に続く一節を引用してみますと、こんな具合いです。

One of their most productive marketing tools has been to use young, attractive female fighters as the face of the guerrillas. During their fight against Daesh, the PKK has saturated the media with images of these young female “freedom fighters,” using them as a marketing tool to take their cause from obscurity to fame. Some of these female fighters in the YPJ are fighting alongside their male counterparts under the direction of the U.S. in the SDF.

 ちなみに、YPGはイスラエルと大の仲よしで(twitterをみると双方の旗がともに打ち振られている画像がいくらでも出てきます)、最近ではISISとも協力関係にあるようですね。
クルドの声を聞く (Hitoshi Yokoo)
2017-09-28 20:20:36
今回の独立住民投票の結果は、イラククルド人の独立への意志が、いかに強いかを物語っています。このイベントを仕切ったのはバルザニ議長ですが、賛成票を投じたクルド人が、そのままバルザニ支持者であるわけではありません。このイベントは、クルドの独立意志を問うものであり、バルザニ支持を問うものでないことは、明確に押さえておく必要があります。たぶん、誰が仕切っても同じ結果をもたらしたことでしょう。けれども、このイベントを取り仕切ったおかげで、バルザニは自己の影響力をクルド世界に拡大したことは確かなようです。

このイベントに対して、イラクとトルコは合同軍事演習を行い、イランも軍事演習を行って、軍事的対応もあり得るとの意思表示をしました。トルコのエルドアンは、「石油パイプラインのバルブを閉めれば、それで終わり。トラックの通行を禁止すれば彼らは飢える。イスラエルがどこから何を彼らに送るというのか」と恫喝しています。

この周囲の状況に対して、シリアのクルド民主統一党(PYD)サレフ・ムスリムは次のように述べています。(シリア・アラブの春顛末記の青山弘之氏の翻訳もありますので、そのブログから引用)

[党内の複数の幹部が、住民投票を「土地を得るが大義を失う」行為とみなして、疑義を呈していることについても、「意見の対立があるが、それは我々どうしの内輪の問題だ。クルド自民がいかなる問題に直面しようと、我々は彼らとともにある。YPGは、イラク・クルディスタンが攻撃を受けたらクルド人民の側につくだろう」と強調した。]

シリアクルドは、イラククルドへの武力攻撃に対して、イラククルドと共に断固戦うと明言しました。また、興味深いのは、住民投票に関してPYDの内部で「土地か大義」を巡って論争が交わされたことです。私は、彼らのなかで、自治運動の理念をいかに生きるのかという鮮烈な問題意識が絶えず問われていることに感動を覚えました。

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先日、古い記事(2013年)をトルコのクルド人に読んでもらいたくて投稿しました。
https://mronline.org/2013/01/23/ahmad230113-html/

この記事は「コバニ包囲戦」以前のものです。当時、シリア自治運動がいかに孤立無援の状況にあったかが良く解ります。当時の米国はトルコと連携して、アサド政権とシリア自治運動の掃討を目論んでいました。YPGは、米国との交戦の準備に入っていたのです。
「たぶん、この時の北方シリア自治運動の孤立無援の戦いは、人々の心を揺さぶったと思う。私は、北方シリア自治運動が大国に引きずられることなく、独立した運動であり続けることを願う。」と見出しを付けて投稿したら、いつもの倍くらいの共感を呼びました。
オジャランの思想に共鳴するトルコのクルド人は、誰だって米国との連携を好ましいものだとは思っていません。自治運動の理念は、グローバル資本主義の対極に位置します。もうひとつ付け加えておきますと、スンニ派の土壌に育ったトルコのクルド人は、心の底でパレスチナ人への共感を持っています。時々彼らは、シオニズムに対する怒りを込めた記事を投稿してきます。その事は理解しておくべきだと思います。

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真実は、神の如く天空から鳥瞰的に地上を見下ろす眼差しによってのみ、顕かにされるのかも知れませんが、そのような視線だけでは、地上をのたうち回る人々の息遣いを聞き取ることはできないと感じます。私が「国際問題批評家」に違和感を持つ理由はそこにあります。仮に、自治運動が敗北して、クルド人は、可哀想にも、結果的に金融資本家や軍産複合対体に操られた愚民集団に過ぎなかったと結論付けるなら、犠牲になったクルド人は、あなたはどの様な動機で何を目的に我々を観察したんだ、と沈黙の内に我々のモラルの根源を問うでしょう。

シリア政府が北方シリア自治運動との自治をめぐる交渉の用意がある、との記事が出ています。
http://mobile.reuters.com/article/amp/idUSKCN1C10TJ
クルドの声を聞く (Hitoshi Yokoo)
2017-09-28 23:10:25
北方シリア自治運動もシリア政府に対して、交渉の準備ができているとの書簡を送ったそうです。

https://anfenglish.com/rojava/northern-syria-answers-damascus-we-are-ready-for-negotiations-22376
ようやく交渉の準備 (特命希望)
2017-10-01 08:55:10
>シリア政府が北方シリア自治運動との自治をめぐる交渉の用意がある、との記事が出ています。
>北方シリア自治運動もシリア政府に対して、交渉の準備ができているとの書簡を送ったそうです。
やっと本当の敵に気づけた(実感した)ということでしょうか。一まずは良いことです。
独立は必要か (オコジョ)
2017-10-01 18:04:49
 Hitoshi Yokooさん、こんにちは。
 どうも気になってならないので、書き込みをさせてもらいます。

 Hitoshi Yokooさんは、「アルメニア人虐殺」をご存じでしょうか。19世紀末、20世紀の初めに起きたatrocityで、特に1915年から始まった方は、計画的・組織的に行われた「ジェノサイド」であるとの認識が広く共有されています。
 一般に暴虐の主体としてオスマン帝国が言及されますが、その実行にはクルド人の関与があったのですね。彼らは帝国の臣民でしたから、クルド人のやったことはオスマン帝国のやったことでもあるわけです。

 このジェノサイドの犠牲者は150万人くらいだったという説が有力です。多くの地域で、アルメニア人が完全に消滅してしまいました、決して些末な一こまの史実とは言えません。
 ちなみに、クルドと同じく山岳の民ですが、アルメニアは紀元前の古くから自らの国を築いた歴史を持ち、言語的にも文化的にも確かなアイデンティティを維持し続けてきました。それが故と言えるかどうかは置くとして、すさまじい大虐殺を経験した後の現在、アルメニア共和国を存在させているのが彼らです。
 要するに、クルド人が大変醜い残虐行為をはたらいたのは歴史的事実であり、彼らは世界中から支持され応援されるべき特別な資格を持った人達ではないと思われます。
(誤解のなきよう付け加えるならば、特に排斥されるべき人達でもありません)

 以上は、別にクルド人を「断罪」しようとして書いているのではありません。
 以前、『砂のクロニクル』を読んで熱くなっていた私はクルド嫌いでもなんでもないと申し上げておきましょう。

 私が大いに疑問視するのは、クルドの人達ではなく、彼らに安易な「肩入れ」をする人達に対してです。
 常に、抑圧する者たちが「悪」で、「無辜」な被抑圧者が「善」であるとするような姿勢には、なんとも言えない違和感を感じます。さらに言うなら、被抑圧者への支持を表明さえすれば、たちまち正義の味方を標榜する資格ができてしまうのか、という疑問もあるのです。

 現時点の被抑圧者は、その昔には抑圧者だったかもしれない。それなら、その時は悪で現在たまたま善であるわけでしょうか。それはあまりにも安易な考え方です。
 単純な話、被抑圧者はすなわち「弱者」ですから、他者に対して「悪」をはたらけるようなチカラを、ともかくその時点においては保持していない。それだけのことです。この被抑圧者がチカラを貯えて一定の「強者」になったとき、果してひたすら善のみを行う勢力でありつづけるでしょうか。それを私は言いたいのです。

 現に、西クルディスタンの実効支配地域では、学校でのクルド語使用が強制され、それに対して生徒たちが抗議のデモを行った、という情報がネットで見つかります。
 私が先日のコメントで紹介したものを含め複数の記事が、YPGによる「民族浄化」を伝えているのも事実です。

 これらは、そのまま信じてしまっていい情報なのかどうか、信憑性のチェックが欠かせないのは言うまでもありません。私は、事実としてではなく、あり得る事実として書いています。

 イラクのクルド自治区について言えば、独立に賛成しているイスラエルは、クルド系ユダヤ人の大量移住を示唆していますね。自分たちは、国内でクルド人を差別しているくせして、アラブ領域でのクルド人には秋波を送り、ついでに自国のクルド人のやっかいばらいもやってしまおうというわけです。
 そうやって、アラブの国の内部分裂を進め、不安定化させることがイスラエルにとっての国益になるのですね。

 しかし、西クルディスタンでもイラクでも同じことですが、今まで住んでいなかった人達が入ってくれば、既にそこに居住している人達にとっては大きな圧迫になるのが当然ながら予想されます。
 イスラエルが建国されるやいなや、60万から80万人の難民が出てしまったのが歴史的事実なのです。

 また、ロジャバに寄せられる支持が、彼らのプロパガンダにころりとやられてしまった結果でないか、という可能性があります。
 平等や共生や平和、それにフェミニズムなどという如何にも西欧的な価値観満載のスローガンにどれだけの実があるのか、立ち止まって一度考えてみる必要があるのではないかと私は思います。口にするだけならタダで、いくらでもおいしいことは言えるのです。

 スンナ派とシーア派がそう簡単に共生できるはずがないでしょうし、YPG自体はマルクス・レーニン主義系の無神論であるのに対して、クルド人全体としては圧倒的にムスリムが多い現実があります。

 また、中東の紛争の地で「フェミニズム」を高らかに宣言するのには、私は大いに違和感があります。
 単純に考えてみればいいでしょう。たとえば、今の日本で「フェミニズム」の旗を掲げる勢力がどれだけの支持を得られるでしょうか。シリアやイラクでなら可能だという理屈が分かりません。それどころか、逆に、イスラム圏というのは、とことん家父長制的な社会です。

 西欧のフェミニズム団体が、西クルディスタンの自治政府に「FGM」の禁止徹底を要請したところ、全然とりあってもらえなかった、という情報が(ネットに)ありました。

 さて、
 二つのことを書きたいと思っていました。
 既に充分長すぎるコメントになってしまったので、あと一点については、ごく簡単にふれるにとどめます。

 あらゆる、とは言わないまでも、希望する人達のすべてが、彼ら自身の「国民国家」を持つことが、果して望ましいことなのかどうか――これは、決して自明ではないと私は考えます。
 国民国家(nation state)などというものからして、歴史の浅い単なるフィクションに過ぎず、その実態は少数による多数の支配です。しかもこの国家を超える権威が何も存在しないというのは恐ろしい状態ではありませんか。
 
 パキスタンとインドが出来たときは、100万人規模の犠牲者が出ました。その挙句に、同じ宗教を信仰していても、必ずしも同胞ではないということで同邦ではなくなってしまったのでした。
 民衆は別に国家など求めておらず、また国家は民衆のためにつくられるのではないからこその惨事だったと考えるのが自然でしょう。

 ムスリムの義務とされる「カリフ制再興」は、私の考える限りでは実現性が低く、また仮りに実現したとしても理想的な社会ができるかどうか甚だ疑問です。ただ、国民国家の本質について考える際に、その理念は大いに参照するに値すると私は思います。
クルドの声を聞く (Hitoshi Yokoo)
2017-10-01 20:02:35
クルド側から見たシリア政権論は、探せばいくらでもあるでしょうが、クルド国民会議KNK( Kurdistan National Congress – Kongreya Neteweyî ya Kurdistanê )のサイトに次のような記事( Western/Syria Briefly History of Syria and Rojava)が掲載されていますので、よければ参照して下さい。シリアバース党政権から、クルド人はどの様な扱いを受けてきたかが、クルド側の視点で述べられています。

http://www.kongrakurdistan.org

「西洋」対「西洋に植民地化された中東」という対立軸次元で観れば、クルド人もアラブ人も西洋から植民地的収奪を被った中東内の諸民族です。その対立軸に立てば、中東諸民族にとって「本当の敵」は西洋であったことになります。しかし、シリアという狭い枠内の次元に限れば、クルド人にとっての「本当の敵」は、クルド人を弾圧し続けたらバース党政権に他なりません。彼らは、国籍を奪われ、言葉を奪われ、同化政策のもと民族的表出を禁じられてきた苦難の歴史を持っています。この記事には書かれていませんでしたが、クルド人の集会自体も禁じられていたと他で読んだ記憶があります。先の住民投票で、孫に抱き抱えられて投票所に現れたクルドの老人が、「人生のなかで最も嬉しいことだ、生きていて良かった」と語っていましたが、シリアのクルドの老人も同じだと思います。
シリア自治運動とアサド政権の交渉が行われるにしても、それは交渉という形態を取った「戦い」である、と理解した方が良いと思います。それから、これほどまで深く米国に取り込まれたシリア自治運動が、理念的に反グローバル資本主義の立場に立つといえども、アサド政権と共同戦線を張って米国に対するという事態は考えられません。彼らは、理念的に矛盾を強いられている現状のなかで、それでも、何とか自治内に自らの理念を実現しようとする道を歩むのだろうと思います。

それからもうひとつ、シリア自治運動の未来に悲観的な青山弘之氏の見解がありますので、掲載しておきます。ニューズウィークに連載されている少し古い記事ですが説得力はあります。(読まれた方も多いと思いますが参考に)
http://m.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/08/post-8251.php
オジョコさんへ (Hitoshi Yokoo)
2017-10-01 20:51:32
初めまして。 あなたの論点は多岐にわたるので、お答えするのに、いま少し時間を頂けたらと思います。今から、夜勤の仕事に出掛けます。
文明は進歩するのか? (グッキー)
2017-10-02 00:11:29
『そして、何度も何度も言いたくないけど、やっぱ経済なんですよ、経済!』
http://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/

経済に足の付いて居ない理想だの革命なんて酔っ払いの戯言みたいなものです。
政治のほとんどは経済に由来します。戦争も経済から起きる。
社会から貧困が無く成りみんながゆとりが出来れば、民族だの国境だのと関係なくみんなが仲良く暮らせます。
文明の一段上のステージへの進歩です。

しかしあまりにも長い歴史、貧困が存在したので貧困を根絶する何て考えて見ることも出来ない。歴史の重みが有る思い込みです。

でも思い込みを取り払って考えて見れば、現代の生産性を持ってすれば貧困など簡単に無くせます。

貧困を無くす方法を知り、人類が一段高い文明に成るのか、それともこのままの文明で戦争により滅びてしまうのか、核兵器が出来た現在その分かれ道のように思います。
オコジョさんへの応答 (Hitoshi Yokoo)
2017-10-03 11:41:58
過去の行為と今
(アルメニア虐殺問題からはじめて)

アルメニア人虐殺問題は、クルド人もよく取り上げます。その目的は、クルド自治運動を弾圧している現トルコ政権を別の視角から批判するためでしょうか。国際的非難を浴びているトルコ政権のアルメニア人虐殺不承認問題に対して、内側からその非難に呼応し現トルコ政権を揺さぶろうとする戦術のひとつなのでしょうか。しかし、戦術か否か、という表層的判断に止まれば、安易な了解に終わるだけだと思います。私どもの過去の行為が現在の私どもに何を問いかけ何を促しているのかと自らに問うて生きる時のみ、過去の行為は私の現在に内包され、次第にその意味を開いていくような気がします。私はまだ、クルド人の投稿のなかで、虐殺に加担したクルド自らの歴史的負性を切開して見せた記事に出会ったことはありませんが、自治運動を実践しているクルド人には、その実践を通じて、先祖の犯した虐殺加担という歴史的犯罪行為に向き合わざるを得ないという自覚があるような感触は受けます。
昔、我々のじいさん達が犯した南京虐殺など、我々に何の関係があるのだという日本での議論がありましたが、この立場に立てば、あなたとの意見交換そのものが成立しません。ここでは、あなたの立場に立って、ひとつの民族の歴史をひとりの人間の人生の如くなぞらえて話を進めたいと思います。

あなたの主張されたい論点は次の文章にあると、私は判断します。

 <要するに、クルド人が大変醜い残虐行為をはたらいたのは歴史的事実であり、彼らは世界中から支持され応援されるべき特別な資格を持った人達ではないと思われます。(誤解のなきよう付け加えるならば、特に排斥されるべき人達でもありません)>

クルド人が、トルコ人によるアルメニア人やギリシャ人、アッシリア人の虐殺行為に加担したことは歴史的事実です。当時の実際の虐殺を行ったクルド人は当然非難されるべきでしょうし、そのクルド人の残虐行為を、今を生きる子孫達が隠蔽しようとするなら、彼らもまた非難されて然るべきだと思います。
あなたは、クルド人は彼らの犯した残虐行為の歴史的事実ゆえに、何も支持されるべき特別な資格を持った人達ではない、といわれます。この辺りは、私には分かりにくいのですが、私とはまるで違うかな、という印象です。私は何も、クルド人が支持されるべき特別な資格を持っていると考えて、支持しているわけではありませんし、また、彼らの先祖が犯した虐殺行為が、現在のクルド人が実践する状況変革運動の妨げになるとも思いません、むしろ逆です。原則的には、現代クルドの自治運動と過去のクルドの犯罪行為は、全く次元の違う問題です。私は、クルド人が支持されるべき特別な資格を有していると考えて、クルド自治運動を支持しているわけではなく、クルド自治運動の達成によって、お互いの尊厳を認めあえる新たな人間関係の構築が可能になるかもしれないとの思いで、彼らの実践行為を応援しているのです。クルド人を支持するというよりも、クルド人の自治運動の思想そしてその実践を支持する、との表現の方がより正確です。
クルド自治運動の民族共存の思想は、他者の民族の尊厳性を絶対擁護し、侵す侵される、殺す殺されるという人間関係を超克しようとする意志を内包しています。そして、この思想とその実践こそが、彼ら活動家の先祖が加担したかもしれない他者虐殺という罪悪行為を先祖に代わり自ら持って償うという行為に、いつの間にか相互変換されていると私には思われるのです。他者の尊厳性の絶対的擁護という自治運動の思想を生きることは、過去の罪を償う行為であり、過去の罪を懺悔する行為とは、他者の尊厳性の絶対的擁護という自治運動の思想を生きるということなのです。
一人の人間に例えますと、過去に殺人を犯した人間が、自らの過去の行為を徹底懺悔しながら、他者の生命の絶対性のもとに今ここを生きて行こうとするなら、その姿に、私はむしろ崇高性を観てとるでしょう。生きていく人間にとって、過ちを犯さざるを得なかった自らの過去と、その過去を引きずりながら生きていくしかない現在との、その本質的連続性は、ここにあるのだと私には思われるのです。他者の尊厳性の絶対的擁護は、他者批判からではなく自己批判から生まれて、他者に呼び掛ける性質のものだと思います。

「クルド人は過去に残虐行為を犯したがゆえに、支持されるべき特別な資格はない」、それは、それでよいでしょう。しかし私は、自治運動に参加するクルド人のなかに、虐殺加担の民族的負性を他者の尊厳性の絶対的擁護という思想で償いながら超克しようと生きる人は必ず存在すると思うし、その思想とその実践こそが、我々の未来を決するだろうと思うわけです。他者の尊厳性の絶対的擁護という思想が私どもに突き付けられる時、私どもの過去の人生は色彩を変え、私の対人間観は変わり、過去とは異なる他者との関係構築を迫られます。しかし、それは苦痛ではなく、むしろ苦痛に満ちた過去から新たな世界へと誘われる喜びさえ伴うものではないでしょうか。私がクルド人を支持応援するのではなく、実はクルド人の自治運動の思想と実践が、私どもの人生を応援し励ましてくれているようにさえ思えます。

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