私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

アフリンで何が起こっているか(1)

2018-02-21 22:47:50 | 日記・エッセイ・コラム
 これは近未来の予言の試みというよりも、私の強い希望的観測ですが、トルコ軍の侵略に対するアフリンの防御をめぐる最近の動きに私は大いに励まされています。
 ロジャバ革命が進行中の地域には、シリアの北部、トルコとの国境沿いに西から東へ、アフリン、コバネ、ジャジレの三つのカントンがあります。この地域にはクルド人を主とした二百万前後の人々が住んでいると思われます。革命の出発時にはこの三つの地域は分かれていましたが、現在では、コバネとジャジレは一体化し、西のアフリン地域とコバネ・ジャジレ地域の間のトルコとシリアの国境近傍はトルコと反アサド政権勢力が支配していて、クルドのロジャバ革命勢力がトルコとシリアの国境全域を支配することを阻止しています。実は、この国境の開口地域はトルコと米国の傭兵勢力であるIS(イスラム國)にとっての生命線であったのであり、このルートを通じて、ISがトルコを通じてシリアとイラクで産出されている石油を売り払って巨大な軍資金を得ていたこと、その石油の輸送に1000台を超える(数千台とも報じられています)タンカートラックが列をなしてシリアとトルコの間を行き来していたことは、このブログの記事(2015年12月1日)にも書いた通りです。さすがに現在ではこのとんでもない商売こそ行われていませんが、アフリンとコバネの間の“ロジャバ革命地域”の切れ目は、トルコが支援するシリア国内の反アサド勢力の重要な“出入り口”をなしていることには変わりはありません。
 現在のシリア騒乱の初期、2012年の中頃、アフリン地域からシリア政府は撤退し、反政府の立場のクルド人勢力がこれに代わりましたが、両者の間に深刻な軍事的軋轢は一度も生じませんでした。コバネ、ジャジレでも事情は同じです。2014年1月にはアフリン、コバネ、ジャジレの三つのカントンでロジャバ革命の憲法に従ってシリアのクルド人を中心とする自治形態が形成されて、2018年を迎えました。この4年間に、アサド政権の要請によるロシア軍のシリア戦争介入、イスラム国(IS)勢力の退潮、コバネ、ジャジレのクルド人勢力(YPG, YPJ) の米国傭兵化という重要な事態が生起しました。シリア問題、あるいは中東問題さらにはいわゆる「テロとの戦い」問題を考える場合に、イスラム国(IS)勢力なるものの最も肝要な様相は、それが米国の傭兵として操作されているということを抑えなければなりません。「シリアやイラク、また世界中で米国は懸命にISと戦っているではないか」と考える一般の方々には、イスラム国(IS)勢力が米国の傭兵地上軍であるという私の断定をなかなか受け入れてくださらないでしょうが、これが動かぬ事実であることは、以前にこのブログで論じた通りです。シリア北部に置かれていたイスラム国の“首都”ラッカで何が起こったかを、そこで行われたクルド人軍隊YPG, YPJとイスラム国(IS)軍との凄惨な“死闘”と伝えられたものがなんであったかを少し注意深く調べれば、米国が効果的な傭兵地上軍としてISをYPG,YPJに切り替えたプロセスがはっきり見えてきます。興味のある方は2017年10月30日付の記事『ロジャバ革命の命運(7)』を読んでください。過去3ヶ月の間に、ロジャバ革命を推進しているクルド人勢力(軍事的にはYPG,YPJ)とそれを傭兵地上軍として操作する米国は、コバネとジャジレのトルコ国境地域と、その南、ユーフラテス川の東に広がる油田地帯を含む広大な面積を支配下に収め、一方、それに続くシリア・イラク国境地帯など数カ所には依然としてIS勢力を温存してアサド政権軍に激しい抵抗を行わせています。シリア国内のIS勢力は残存という表現からまるで程遠い、むしろ、alive and kickingの状態にあります。
 こうした状況の中、本年1月22日、トルコ国軍は、シリア北西部のクルド人地域アフリンに対して、“Olive Branch”と呼び名の軍事行動を開始しました。「オリーブの枝」とは、ふざけるにも程があろうと言いたくなる呼称ですが、これはトルコ政府が発表した正式の呼称です。隣国シリアの国土に対する公然たる侵略行為です。トルコのエルドアン大統領によるその侵略行為の正当化、ロシア、米国の立場、アサド政権の反応については次回に考えてみます。

藤永茂(2018年2月21日)
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