私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

リビアとハイチで何が見えるか(3)

2011-06-15 11:06:32 | 日記・エッセイ・コラム
 ハイチ大震災による死者数や震災から17ヶ月たった現在のホームレス人口などの統計数字が、突如、驚くほど大幅に縮小されました。この裏にある政治的経済的計算については、やがて別に論じたいと思いますが、ここで注目すべきは、変わらない数字があることです。ハイチの復興に携わっているNGO の数が1万を超えているという事実です。13,000 という数字がしきりに伝えられています。大変な数とは思いませんか?
 報道のほとんどすべてが偏向している現在、われわれ庶民にとって、動かせない事実を掬い上げる一つの方法があります。それは体制側の報道機関(簡単に言えばマスコミのほぼすべて)のニュースまたは論説さえがしぶしぶ事実として認める事柄を探すことです。これから書くことはSalt Lake Tribune, Washington Post, New York Times, BBCなどをソースにしています。
 上記の新しいハイチ災害統計数字は前回紹介した米国の独立政府機関USAIDが民間の調査請負会社に委託して得られたものですが、年間予算180億ドルの強力なUSAIDそのものが、ハイチにおける運営の杜撰さを責められています。2010年度の対ハイチ予算は約10億ドル、世界各国からの義援金ですでに集まった分が約20億ドル、さらにアメリカ民間人からの寄付が約20億ドルにのぼるというのに、災害からほぼ一年半経った今も、瓦礫の除去はせいぜい2割程度しか進まず、新しい数字を取るにしても、少なくとも数万人が未だに悲惨なホームレス生活を続けています。屋根のある収容施設に収容されているのではありません。
 これには幾つかの理由があるようですが、多数の被災した貧困層の人々が救われていないという事実が、彼らの福祉のためにお金が使われていないということを端的に意味していることは動かぬところで、別様の解釈の余地はありません。米国の下院の外交小委員会でユタ出身の共和党議員Chaffetz がUSAIDの長官Rajiv Shah を厳しく追及論難していたのは、USAIDのハイチでの援助資金の使途に透明性がなく、USAIDの支配力が大きく及ぶと考えられる一万をこえるNGOの活動に対する統制が殆ど全く取れずに野放し状態にあるということです。これは大マスメディアで何度か目にした数字ですが、USAIDなどを通じてアメリカ政府がハイチ復興の事業契約向けに支出した100ドルの内の98ドルはアメリカの会社が受け取っているそうです。ハイチ復興資金の大部分がアメリカの会社の懐にはいるという事実は大変興味深く注目に値します。東日本大震災の場合には、国外からの民間義援金も外国政府からの援助金(こちらは国民の税金です)も、日本政府、あるいは地方自治体の管理のもとで復興事業の出費に充てられている筈です。しかし、現在のハイチではハイチ政府はまるで無力で、復興資金の運用に関しては“蚊帳の外”にあります。大震災後はもちろん、この数年間、ハイチはほぼ完全にアメリカ政府のコントロール下にあり、復興についても、IHRC( Interim Haiti Recovery Commission, 暫定ハイチ復興委員会) なるものを立ち上げて、その委員長(Presidents)としてハイチ政府の首相とビル・クリントンが任命されています。アメリカの国務省の公式声明には、
#The Interim Haichi Recovery Commission (IHRC) is the planning body for the Haitian recovery. To ensure that the reconstruction is Haitian-led, the U. S. Government coordinates all its recovery assistance through the IHRC.
(IHRC はハイチ復興計画組織である。その復興が ハイチ人主導であることを確実にするために、合衆国政府はそのすべての復興援助をIHRC経由で調整する)#
と、復興事業がハイチ人主導で行なわれることが強調されているのですが、ワシントン・ポスト(2011年2月1日)には、
#The 12 Haitian members of the IHRC sent its co-chairman Bill Clinton a letter in December protesting that they were “completely disconnected” from the decision- making process that helps shape how more than $4 billion in recovery aid is spent.
(IHRCの12のハイチ人委員は去る12月に共同委員長ビル・クリントンに手紙を送り、彼らが、40億ドルを超える復興援助の使い方の施策決定プロセスから“完全に閉め出されている”ことを抗議した。)#
とありました。何かにつけてアメリカ政府支持のワシントン・ポストがこう言うのですから事実に間違いありません。
 ハイチ復興の最大の問題はビル・クリントンです。彼は大統領時代からアメリカによるハイチの支配に深く関わって来ましたが、大震災直後、義援金の受け皿として Clinton Bush Haiti Fund というNGOをつくり、二人で災害現地に乗り込んで被災者と握手して回りました。大統領をやめて直ぐにクリントンはWilliam J. Clinton Foundation(クリントン財団)という大掛かりなNGOを設立し、その枠内でまたClinton Global Initiativeという組織をつくってハイチ義援金を集めて復興事業に参与していますが、公職としてはIHRCの委員長となり、これに加えて、国連のハイチ特使にも任命されています。したがって、UNを通しての復興援助資金も掌握していることになります。
 ところが、一方では、大小1万を超えるNGOが参画しているハイチ復興事業の成果が遅々として上がらず、義援金の使途は勿論、活動状況が乱脈でコントロールが取れていないことに対する批判の声がマスメディアからも聞こえて来ます。先述のソルト・レーク・トリビューンの記事もその一例です。義援金がハイチ政府に渡されず、したがって実際の復興事業が無数のNGOの手に任されています。この状態を「ハイチはNGO Republic(NGO共和国)だ」とクリントン自身が呼んだことは周知の事実です。
 いったいハイチや世界の災害地域にすぐ乗り込んでくるNGO とは何でしょうか? 何もかもが偏向している現代世界で公正中立な情報や研究報告を求める方が愚かかもしれませんが、ハイチのみならず、世界的な視野に立ったNGO論を、誰か適当な方に、是非ともお願いしたいものです。人口比にして最多のNGOがハイチに群がるのは、ハイチの被災住民たちを救いたいという熱意に燃える人々が圧倒的な数にのぼることを示しているとは、私には、どうしても考えられません。“人のためになることをする満足感を味わえて、しかも結構よい収益収入もある”ということの方が本当の理由ではありますまいか。
 ネット上で得られるNGOのハイチでの活動状況について反体制派ジャーナリズムが提供している情報には信じられないような事柄もあります。YouTubeはその生々しいイメージを提供しています。屍に群がる禿鷹そのものです。それらが偏向したモンタージュであるのは十分考えられることです。パソコンに齧りつく以外に方途のない私のような市井の民には、保守と進歩を選ばず、可能な限り幅広い情報源をあさり歩いて、自分の勘を研ぎすまして真実を掬い上げること以外に選択肢はありません。
 物理学ではよく第一近似という考えを使います。ある物理量なり現象の本質を理解しようと試みる場合、一番おもだった量なり性格なりを押さえて第一近似と呼ぶのです。真実に近づくためには第二、第三と補正を加えなければなりません。私は、大災害の地に集まってくるNGOを、第一近似として、「災害産業」の一種として理解しようと思います。「被災者を救おうという熱意」は第二次の補正項と考えます。東日本大震災では第一近似と補正項の順が逆転している可能性が充分あります。
 災害産業とは、英語で言えば、Disaster Industry, これはNaomi KleinのDisaster Capitalismを真似た私の造語です。ナオミ・クラインの『The Shock Doctrine, The Rise of Disaster Capitalism 』(2007年)は彼女の前著『NO LOGO』と同じく彼女らしい着眼点の卓抜さが素晴らしく、その故に、「大災害資本主義」という言葉が一般的用語として通用されるようになっています。軽卒の咎めを受けることを承知で極端に要約すれば、戦乱を含めた大災害につけ込んで資本主義的利益をあげる国や人たちがあるということです。私はフィンケルシュタインの「ホロコースト産業」という造語からもヒントを得て、「災害産業」という言葉を使ってみます。そして、次回には、クラインの『ショック主義、大災害資本主義の台頭』に頼りながら、NGOの本質は災害産業の一形態であるという私の捉え方を説明します。
 蛇足ですが、念のため繰り返します。:前にも論じたUSAID(United States Agency for International Development, アメリカ国際開発庁、ユー・エス・エー・アイ・ディー)は米国の独立政府機関で、これを字面からアメリカの援助団体などと取り違えないで下さい。アメリカの政治的、経済的、外交的施策を担っている政府機関で、NGOsにも強い支配力を持っています。

藤永 茂 (2011年6月15日)


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