私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

Idle No More (5)

2013-02-01 13:51:24 | 日記・エッセイ・コラム
 第二次世界大戦後、醜いアメリカ人(Ugly Americans)という言葉が世界的に流布したことがありました。続いては醜い日本人、これも世界的にはやりました。最近、少なくとも北米と中米では、醜いカナダ人(Ugly Canadians)という言葉が飛び交うようになっています。この言葉の発祥の中心はスティーブン・ハーパー首相(Stephen Joseph Harper, 1959~ )です。私はカナダの住民として、この人の政治家としての登場を初期の頃から見守っています。北のテキサスと呼ばれるアルバータ州の北米の石油資本の占有的拠点であるカルガリー市のカルガリー大学で経済学を修め、石油資本の恵みの中にどっぷりと漬かってその強力な代弁者になっている人物です。彼が代表を務めたことのある政治的圧力団体全国市民連合(NCC, National Citizens Coalition )はカナダの一般市民がほぼ平等に享受している健康医療制度を“社会主義的医療制度”として猛烈に攻撃している団体で、その保守性の度合いはアメリカの共和党の中道派と重なるでしょう。勿論、NCC はハーパー首相の強力な支持団体です。私としては「市民連合というのは詐称ではないか」と言いたいのですが、2011年5月の総選挙ではハーパー首相の率いる保守党はカナダ下院(定数308)の議席166を確保したのですから、カナダの市民の多くはかつて私が知っていたカナダ市民ではなくなってしまったのでしょう。カナダは、いわゆるネオリベラル経済政策を全面的に実行しようとしている国家に成り果てました。
 ハーパー首相の経済政策は簡単と言えば簡単です。カナダの地下資源を極力開発して世界(特にアメリカ)に売りまくり、また、その鉱業資本と鉱業ノウハウを持って海外に進出して、そこでも掘りまくると言う政策です。日本カナダ学会の「メイプル豆辞典」からカナダの鉱物資源の記述を見てみましょう。:
「 カナダは,金属生産において世界第2位の地位を占める鉱業国。現在生産されている鉱物の種類は60を越す。とくに,ニッケル,亜鉛,銀の生産高において世界に比肩するものがなく(とくにニッケルは世界の生産高の半分近い),カリ,モリブデン,硫黄,ウランの生産は世界第2位,銅と金の生産は世界第3位など世界有数の鉱物資源に恵まれた国である。錫,マンガン,クロム,ボーキサイトなど輸入した方が安価な少数の鉱物を除いて,ほとんどの鉱物資源を自給し,かつ海外に輸出している。このようにカナダが鉱物資源に恵まれているのは,国土の広い面積を先カンブリア時代の岩石からなるカナダ楯状地が占めていることによる。その中には,オンタリオ州サドベリーのように隕石の衝突によって生成したとされる特異な鉱床も含まれる。また,それらの基盤岩類を被覆する中・古生層や北極海・太平洋の広い大陸棚地域の堆積層中には石油や天然ガスも埋蔵される。」
この記事で少し不十分なのは、アルバータ州の北部の地下に埋蔵されている膨大な量の石油資源(オイルサンド、あるいは、タールサンド)があげられていないことです。同じ「メイプル豆辞典」には、
「主として南米ベネズエラとカナダのアルバータ州に豊富な,砂・粘土・ビチューメンからなるタール状の混合物。タールサンドともいう。アルバータ州では3地域(アサバスカ,コールド・レーク,ピース・リバー)で開発が進められており,これらのオイルサンド層から回収可能な石油埋蔵量は3千億バレルと推定されている。オイルサンドの採取には,表土を取り除いて比較的浅い鉱床のオイルサンドを採掘し,熱湯によってビチューメンを分離する露天採掘法と,深部に蒸気などを注入して地下を温め,ビチューメンを汲み上げる地下採取(in-situ)法がある。ビチューメンには,ガソリンや石油化学品の原料になるナフテンとアスファルトに使われるアスファルチンのほか,硫黄や少量の重金属などが含まれており,特殊な方法によって合成石油に精製する。現在,カナダの原油生産量のおよそ13パーセントが,ビチューメンから精製した合成原油である。地下鉱床からいかに効率的かつ低コストでビチューメンの回収率を高めるかが大きな課題。開発には,日本企業も参加している。」
とあります。砂、粘土、ビチューメン(bitumen)からなるタール状の混合物というのは、黒くネチネチした砂の塊のような代物です。私がカナダのアルバータ州に移住した頃には「タールサンド」という呼び方が普通でしたが、石油産業が耳障りの少しましな「オイルサンド」という呼び名に変えて行ったという話があります。上記の13%というのは古い数字で、現在では、おそらく50%に近づいていると思われます。なにしろアルバータ州に票田を持つハーパー首相がオイルサンド事業を全面的に推進していますから。
 ところがここに大問題があります。タールサンドから普通に使用される石油を取り出す工程は恐るべき産業公害を生み出しているのです。上の豆辞典にある露天掘り法と地下採取法の両方とも大量の熱湯や高温蒸気の生成のために大量の水と燃料が消費され、大量の産業汚水とCO2が結果します。その汚染水は鉛などの有害重金属や発癌物質を含み、既に、そして、主に、原住民たちの健康に重大な影響を明確にあたえています。この原住民の受難は次回に取り上げますが、CO2の生成については、タールサンド事業が単一的にはカナダ最大の生成源で、この事業をますます推進する意図を持つカナダ政府が、はじめは熱心に支持した京都議定書から、今や、躊躇無く脱退した理由はここにあります。

藤永 茂 (2013年2月1日)